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一度口を開くと思いが溢れるかのように、今まで押し込めていた気持ちが口をついて出てくるのだろう。
「私は20年程前にこの自治区を訪れたことがあります。そして友人も出来、ジャッド族、ンダ族の温かい人柄も知った。今回の法律を知ったとき私は絶望しました。…そして更に私をどん底に叩き落としたのは、今回の軍の総司令に任命されたときです」
そう語るトルス司令官は泣いているようだった。
実際その瞳から涙は流れていないのだが、彼の優しい心は十分に俺には伝わってきた。
「……あなたの思いは十分わかりました。辛い立場にも関わらずよく話してくれました。俺達はジャッド族、ンダ族に安住の地を用意することができます。今回は軍を引いて頂けませんか?」
俺がそう話すと、トルス司令官はしばらく迷っていたようだったが、表情を引き締めて口を開いた。
「そうしたいところですが私も軍人です。上官の命令に背くわけにはいきません。例えそれが非道と呼ばれる行為でも!あなた方に危害は加えたくありません。どうか、このまま自治区を去ってください」
……どうやら交渉は決裂のようだ。なぜ、お互いにジャッド族、ンダ族のことを傷つけたくないと思う両者が争わなければならないのだろう。何かいい方法はなかったのか…。
俺がトルス司令官の言葉を受け、非情ともいえる結末に終わりそうなこの交渉について考えていると、
「アンタバカね。なんでそんなろくでもない法律しか作らない議員の言うことなんか聞いてるわけ?そんなやつらさっさと辞めさせてアンタが議員になればいいじゃない」
と、今まで黙って話を聞いていたラミィが口を挟んできた。
ラミィの言う通りなんだけどそう簡単にはいかないだろ。選挙とかあるだろうし、他の国民の支持を得ないとそもそも議員にはなれないはずだ。
……あれ?でも、このトルス司令官は、司令官という立場で人気はあるだろうし、今回の兵達の中にも奴隷化の法律に反対の兵も多いってウィルが言ってたな。
他のリゴート族にもジャッド族、ンダ族の友人もいるだろうし。…これは、もしかしたら案外実現可能な意見なのでは?
俺がそんなことを考えていると、どうやらトルス司令官も同じようなことを考えていたらしい。
「……た、確かに。ただ上官に従うだけが軍人ではないかもしれない。真に国を想うのなら、時には自ら道を切り開くことも重要か…」
などと、ぶつぶつ独り言を漏らしている。
この人も真面目な人なんだろう。
……おそらく馬鹿がつくほどの。
「トルス総司令官。俺の供の者が失礼な口を聞いて申し訳ありません。しかし、案外まともな意見にも思われます。どうでしょう?今回は軍を引いて、今後は国を良い方向に導く議員を目指されては?」
俺の言葉を聞いたトルス司令官は、バッと顔を上げると先ほどまでとは全く違った、希望に満ちた表情で俺にこう言った。
「ありがとうございます!あなた方のおかげで私の進むべき道に気付きました。今回の軍事行動の失敗の責任は免れないでしょう。しかし!私には軍の中にも、その他の国民の中にも、多くの志を共にする味方がいるはずです!これからはこの国を正しい方向に導けるように励もうと思います!」
「そ、そうですか。それはよかった。俺達に出来ることがあれば何でも言ってください。俺はしがない小国の王ですが、仲間には恵まれています。きっとお力になれるはずです。……それに、もしダポン共和国を追い出されるようなことがあれば、仲間と一緒に我が国に移住されてください。歓迎します」
急に元気になったトルス司令官にやや圧倒されながらも、しっかりハートランド王国の宣伝も忘れない。
えらいぞ、俺。
俺達との話し合いが終わるや否や、すぐに部下に指示を出し撤退の準備を始めるトルス総司令官。
その指揮能力は本物なのだろう。あっという間に全体まで意図が伝わり、ダポン共和国軍は進む方向を変え首都に向かい出発した。
俺達の希望通りの結果になったとはいえ、あまりにもあっけなく話し合いが終わってしまい、なんか肩透かしをくらったような気分だ。
まぁ、これで両軍ともに被害が出なかったのだから良いだろう。トルス司令官も懲罰覚悟のうえだろうし。上手く議員になれたら、これからダポン共和国も変わるのかもしれない。
なんて事を思いながら撤退していくダポン共和国軍を見送っていると、ちょうどトルス総司令官のいるであろう、軍の真ん中あたりでなにやら大声が聞こえた。
その騒ぎは収まらず、遂には十名程の兵士が俺達のいるところに向かい歩いてきた。その後ろには焦った様子で馬に乗りついてくるトルス総司令官がいる。
「ん?なんだ?」
「わかりません。撤退に納得していない兵士でしょうか?」
俺とウィルがそう予想しながらも、万が一に備えて油断せずにその一団を待ち構えていると、
「た、大変申し訳ありません!どうやらゲール議長が密偵を紛れ込ませていたらしく、あなた方を捕らえるつもりです。急いでお逃げください!」
「俺達を?ジャッド族やンダ族ではなく?」
そうトルス司令官が馬で密偵の一団を追い越して忠告してくれたが、なぜ俺達なんだ?
もう本来の目的である、少数民族を捕らえて奴隷にするのは難しいだろう。なんせ指揮官であるトルス司令官にその気がないのだから。だからってなんで俺達なんだ?
俺が疑問を浮かべていると、トルス司令官に追い越された密偵の一団も走り出していたのか、すぐ俺達の目前まで迫ってきていた。
「おい!貴様らが少数民族を誘拐しようとしている王族か?」
「誘拐って…。人聞きがわるいな。お前の親分の作った非道な法律に反対しているだけだ」
密偵のリーダーらしき男にそう言い返す。
そうだ。ついでになんで俺達を捕らえるつもりなのかも聞いてみよう。
「誘拐が犯罪だから俺達を捕らえるのか?」
「そうだ!いくら王族だろうと、ダポン共和国内ではこの国の法に従って貰う。おい。さっさとこいつらに縄をうて」
そう答えると、部下に指示を出した。
部下は長い縄をバッグから取り出して、俺達の方に歩み寄ってくる。このままだとあの縄に両手を縛られて、首都までの長い道のりを、3人で仲良く連なって歩くことになるだろう。
……うーん。こいつらは少数民族奴隷化に賛成のようだから、むしろいない方がいいかな?
そう思い、俺は短くウィルに指示を出す。
「ウィル。頼んでもいいか?」
「はい。お任せください。ジャッジ様をあのような粗末な縄で捕らえようとした時点で、こいつらの命運は尽きました」
そう言うと、ウィルは腰から剣を抜き、無造作に歩き始めた。密偵たちも警戒して戦闘態勢に入るが、そんなことはお構い無しだ。
先頭で縄を持つ密偵まで辿り着いたウィルは、何気ない動作で、右手に提げた剣をそのまま左上に振り抜いた。それだけで縄を持つ密偵は、体を斜めに二つにされ息絶える。
その光景をみた残りの密偵たちに動揺が走るがもう遅い。剣に抜くより速く到達したウィルに、ある者は首を飛ばされ、またある者は唐竹割りで体を真っ二つにされと、あっという間に10の死体が出来上がった。
いつも思うが、ウィルは俺に無礼を働いた者に対して容赦がない。ほぼ全員斬り殺してしまう。それは相手が一人であっても一万人であっても同じだろう。
俺としては頼もしい限りだが、他の人から見たら俺が普段からそういうふうに命令してるって思われないかな?
……あそこで固まってこっちを見ているトルス総司令官みたいに。