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「きたわね。さぁ行きましょうか」
俺達の待つハヤト村に、ダポン共和国軍が見える位置にまでやってきた。それを確認したラミィは自分も話し合いに行く気のようだ。
「まてまて。お前は留守番だ。話し合いには俺とウィルで行くってことだったろうが」
「イヤよ!私も行くわ。もう待つのは飽きたの!」
どうやらここ数日待つばかりだったので飽きたようだ。自分から偵察を買ってでたのも同じ理由だろう。
……まったく、子供みたいなやつだ。
「……はぁ、仕方ない。ウィル。ラミィも一緒で大丈夫か?」
「はい。問題ありません」
ウィルもそう言ってくれたことだしと、俺達は3人で敵陣に向かうことにした。
「あぁ、ちょっと待って」
村を出ようとした俺とウィルに向かい、ラミィがそう言って引き留める。そして、魔力を込めて俺とウィルに何か魔法をかけたようだ。
俺はまだ見たことのない魔法だと思う。
「ん?今のは何の魔法だ?」
「今のは体全体に風を纏う魔法よ。これで矢なら何本かは防いでくれるはずよ。まぁ、そんな長くは持たないんだけどね」
ほぉ。風魔法にそんな使い方もあるのか。さすがラミィだ。俺は試しに少し動いてみると、それに合わせて風の障壁も一緒に動くようだ。
魔力の繊細なコントロールはラミィの十八番だからな。もし、俺が同じことをしたらみんな竜巻に巻き込まれるだけだろう。
「さすがラミィだな。よし!それじゃ、行こう!」
いつものポーズでドヤ顔のラミィと、腰の剣に手を掛けて警戒しているウィルを連れて、俺はダポン共和国軍に向かって歩き始めた。
「司令官!ハヤト村から訪問中の他国の王族と思われる3名が、こちらに向け歩いてきます」
トルスは自らも軍の先頭に近い位置にいた為、その光景はしっかり確認できていた。そして、あらかじめ上官である議員より自治区のジャッド族、ンダ族を自国に勧誘しに、他国の王族が訪れているとの情報を伝えられていた。
トルスは心のどこかで、その王族がジャッド族とンダ族をもうどこかに連れ去ってしまっていれば。と願っていたのかもしれない。
こちらに向かってくる王族らしき3人を見て、腹立たしさすら覚えた。
「なんの用だ?まさか、自分達だけ保護してほしいなどと言い出すんじゃないだろうな」
トルスは苛立たしげにそう呟く。
今はまだダポン共和国民であり、今後はダポン共和国所有の奴隷となるジャッド族、ンダ族を、勝手に自国に勧誘する行為は、ある意味ダポン共和国に対する侵略と同じだ。それが、いざ軍隊を前にしたら自分達だけ命乞いをするというのか。
それは、実直を旨とするトルスにはとても許せる行為ではなかった。
「……手は出すな。どこの国かは分からんが王族には違いない。下手に手を出して、国同士の問題になると厄介だ。話がしたいと言うのなら私が話そう。準備をしておけ」
そう部下に伝え、トルスは馬を降りて最前列に向かい歩きだした。
俺達3人がダポン共和国軍の最前列に並ぶ、歩兵の顔をハッキリと確認できる距離まで近づいたとき、その歩兵を割って2人の軍人が前に出てきた。
2人は真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる。そのうちの1人は、服装からして士官のようだ。
「私はダポン共和国軍総司令官トルス。あなた方が自治区を訪問しているという王族の方々で間違いないか?」
俺達からやや距離を取った位置から、士官らしき軍人が声を張り上げて誰何してきた。
俺はそれに答えるために、大きく息を吸うと負けじと声を張り上げる。
「間違いない。俺はハートランド王国国王ジャッジ。一緒にいるのは供の者だ。ジャッド族、ンダ族に替わり貴殿たちと話し合いに来た。どうか話し合いに応じてほしい」
「了解した。付いてこられよ。兵に手出しはさせぬと約束しよう」
そう言うと、トルス総司令官は自軍の中へ向かい歩きだした。
俺達も手出しはさせないという言葉を信じ、後を追うように歩き出す。
ダポン共和国軍の真ん中を割るようにまっすぐ進んでいると、兵士達から好奇の視線が飛んで来るのがわかる。きっと物好きな王族とでも思われているのだろう。
……まぁ、確かにちょっと普通の王族とは毛色が違うのは否めないが。
しばらく好奇の視線に晒されながら歩き進むと、突如四方を幕にかこまれたスペースに机と椅子が用意されてあった。おそらく俺達との話し合いの為に急遽用意したのだろう。
「どうぞ、お掛けになってください」
さっきまでより丁寧な態度で、トルス司令官は俺達に椅子を勧め、自分は部下を幕の外に出し1人で席に着いた。
「ありがとうごさいます」
俺はそう言うと、躊躇いなく席に着く。ウィルとラミィも俺に並ぶように席に着いた。
「早速ですが、あなた方の目的を教えて頂きたい。ジャッド族、ンダ族を自国に勧誘しに来られたというのは本当ですか?そして、話し合いとは一体何に関する話し合いなのでしょう」
俺達の話し合いに対する準備が整ったと察したのだろう。トルス司令官は矢継ぎ早に質問してきた。
彼らダポン共和国からすれば、俺達は自国の民を浚う盗賊にも等しいだろう。話し合いに応じてくれただけ幸運なのかもしれない。
「まずは話し合いに応じてくれたことに感謝します。俺達はハートランド王国という小国の民です。とある目的で訪れた街でジャッド族の女性と出会い、自治区での境遇を聞く機会に恵まれました。あなた方の少数民族に対する非道な行いを聞き、是非我が国への移住をと話をしに滞在していたところです」
俺はトルス司令官にありのままの事実を語る。セカーニュの街やケイレブ伯爵の事は話さなくてもいいだろう。火の粉が飛んでもいけない。
俺の話を聞いたトルス司令官は、苦虫を噛み潰した様な表情だ。何を思っているのかは分からないが、見ようによっては自分達ダポン共和国のこれまでの行いを悔やんでいるようにも見える。まぁ、そんなことはないとは思うが…。
「……確かに。ジャッド族、ンダ族の女性や子供が、国外に難民として逃れているという報告は受けています。しかし、今はまだダポン共和国民です。その国民を断りもなく勝手に勧誘するという行為は誉められたものではないと思いますが?」
「それに関しては非常手段でした。早期に解決しないと自治区内の民は飢え死にしていたでしょう。……それに、我々の行為を責めるのであれば、あなた方の議会の定めたあの馬鹿げた法律は何なのですか?自国の民を国所有の奴隷にする?そんなことが許されるはずはない!」
俺がそうハッキリ言うと、トルス司令官の表情は更に歪み、言い返してくることもなかった。
もしかすると、この行軍に賛成していない中の1人はトルス司令官なのかもしれない。だとすれば、話し合いに応じてくれた事も納得できる。
そう推測した俺はさっきまでとは違い、やや柔らかめの口調で話しかける。
「トルス総司令官。あなたはジャッド族やンダ族に対するダポン共和国の行いをどう思いますか?この場には俺たちしかいない。そして俺達も決して他には漏らしません。どうか、あなたの率直な意見を聞かせて貰いたい」
俺がトルス司令官の目をみながらそう話すと、トルス司令官はじっと俺の目を見たまま、身じろぎもせず口をつぐんでいる。表情からは伺い知れないが、きっと頭の中では様々な事を考えているのだろう。
そのまま、どれほどの時間が経っただろうか。トルス司令官は、ふぅ、とひとつ息を吐き出すとゆっくりと口を開いた。
「……私は。私は、ダポン共和国民として今回の議会の行いを恥じています」
そう話すトルス司令官。その顔には、諦めとも安堵ともつかない表情が浮かんでいた。