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偵察に向かったラミィとウィルは夜になっても戻らず、俺はイーサン家族とともに食卓を囲んでいた。
「ラミィ達も今日中には戻ってくるだろうし、明日にはジャッド族も集まる予定だ。なんとか間に合いそうだな」
「はい。これも全てジャッジ様方のおかげです。奴隷にされると聞いたときは絶望したものです。しかし、このタイミングで、ジャッジ様が私達の前に現れたのも運命なのでしょう」
イーサンは真剣な表情でそう話す。本心なのだろう。
そして、エマの方を向くと今度は笑顔でこう言った。
「エマ。よくジャッジ様を自治区までお連れになってくれたな。よくやった!」
「ありがとう。パパ」
エマも笑顔だ。父親であるイーサンから誉められてうれしそうだ。その隣に座るエイミーもみんなが笑顔でうれしいのか、ニコニコして座っている。
よかった。この分ならハートランド王国への移住も嫌々ではなさそうだ。皆で無事にハートランド王国まで帰れるようにがんばらないとな。
俺が改めて決意を固めていると、イーサンは更にエマに話しかけた。
「あとは、我々の新しい故郷となるハートランド王国に無事着いて、ジャッジ様の元気なお子を産むだけだな。頼んだぞ、エマ」
「も、もう!ジャッジ様もいらっしゃるのに、パパったら…」
「何を恥ずかしがってるんだ?ハッハッハッ」
ブッ!!!
俺はイーサンとエマのやり取りを聞いた途端、勢いよく食事を吐き出してしまった。
「なっ!?なんだって?いつのまにそんなことになってるんだ!?」
俺が驚いてイーサンとエマに問いかけると、イーサンは怪訝な表情で返事をした。
「エマからはそう聞いていますが…?正妻はラミィ様ですが、側室としてエマを取り立てて下さると…。私もジャッド族として、ジャッジ様のような強い男性でしたら娘を嫁にやるのになんの問題もございません」
どうやら、エマはイーサンに事実と違う話をしているらしい。確かにエマからは「子供が欲しい」とは言われたが、返事はしていないんだがな。
そう思った俺がエマの方を見ると、目があった途端顔を横に向け、目をそらしてしまった。
あー。こいつ確信犯だな。さてはみんなを巻き込んで、周知の事実としてなし崩し的に事を運ぼうとしているな?
そうはさせじと、俺はエマに向かい口を開く。
「エマ。俺の知ってる話とは違うようだが、説明してもらえるか?」
「……え、えっと。私はジャッジ様のお子を産みたいんです。もちろん強いからというのもありますが。じ、ジャッジ様の事が好きなんです!…………だ、ダメですか?」
エマは体ごと俺の方に向き直り、俺の目を上目遣いに見てそう叫ぶように話した。頬はほのかに赤く染まり、目には涙を浮かべて必死に願うエマ。滅茶苦茶かわいい。
……あぁ、でも断らないと今度こそラミィに黒焦げにされてしまうかもしれない。しかし、これを断る!?そんなことが果たして俺にはできるのか?いや!できない!
しかし、ラミィを怒らせるのもイヤだし…。
などと、俺が心のなかで壮絶な葛藤を繰り広げているとも知らないイーサン一家は、
「ほほう。エマもなかなか思いきりよく言うもんだな。男に生まれていれば、いい戦士になっただろうに」
「そうね。でもあの涙を浮かべた上目遣いなんて、若い頃の私そっくりね。女の涙は武器なのよ。アナタもあれにコロッとやられたわね」
「そうだったなぁ。お前に言い寄られてすぐにエマが出来たんだった。懐かしいものだ」
「お姉ちゃん。涙が武器ってどういうこと?どっか痛いの?大丈夫?」
と、俺とエマを肴に大盛り上がりだ。
「え、エマ。俺もエマの事は憎からず思ってる。しかし、今はジャッド族とンダ族とともに、ハートランド王国に無事帰ることしか頭にないんだ。話はそれからにしないか?……そ、それに、まだラミィとも結婚とかの話はしたこともないわけだし…」
と、俺がしどろもどろになりながら、なんとかエマに返事をすると、
「え?ラミィ様とはご婚約されているわけではないんですか?それなら、まだ私にもチャンスが…」
と、違うところに食いついてしまったようだ。
もちろん、残りのイーサン一家も聞き逃すわけなどなく、
「アナタ!聞きました?エマが王妃になれるかもしれなせんよ」
「おう!となると、我が孫が国王か…。こうしてはいられん!オリビア!早速明日からエマにお前の女の武器を全て伝授するんだ!ラミィ様には申し訳ないが、これは女の決闘にも等しい。手加減する方が失礼となるだろう」
「ねぇ、ジャッジ様。ラミィお姉ちゃんまだ帰ってこないの?私あのクッキー食べたい」
などと、一段と騒ぎが大きくなってしまった。
俺はもう諦めて、エイミーを膝にのせて俺のマジックバッグに入っていた別のお菓子を与えながら、イーサン一家が楽しそうに本人である俺の前で、俺を誘惑する方法を話し合うのを見ていた。
この家族仲良しだなぁ。俺も将来はこんな家族が作れたらいいなぁ。兄弟で後継者争いとかしてほしくないけど、王族だから難しいのかな?となると俺みたいに一人っ子がいいのかな?でも、それだと寂しくないかな?
などと、しばらく現実逃避しながら考え事をしていると、
「ただいまー!」
「ただいま戻りました」
という声がして、ラミィとウィルが戻ってきた。
廊下を歩く音がしたかと思うと、ラミィはさっさと食卓に座り、
「あー、お腹空いたわ。オリビアさん。まだ食事って残ってる?」
と、ご飯を催促し始めた。
そこで盛り上がっていたイーサン一家もやっと落ち着きを取り戻し、オリビアは食事の準備に台所に向かい、イーサンとエマは何事もなかったかのような顔で、
「無事お戻りになり安心しました。話は食事の後にお聞きしますので、まずはごゆっくりなさってください」
「私もママを手伝ってきます」
といつも通りの行動をしている。
なにか感じるものがあったのか、しばらく怪訝な表情で俺達を見ていたラミィだったが、食事をオリビアとエマが運んでくると一心不乱に食べ始めた。
今の話をラミィに聞かれるわけにはいかない事は、イーサン一家も理解しているようだ。
ラミィとウィルの食事が終わり、エイミーが念願のクッキーを食べている横で、ウィルが報告を始めた。
「ダポン共和国軍は、ここから2日程の場所で夜営の準備を始めるところまで確認してきました。到着は明後日の昼頃だと思われます。数は約1万。歩兵に騎兵も確認できました」
「……なるほど。となるとなんとか自治区の全員が明日集合できれば、出発は間に合いそうだな。助かったよウィル、ラミィ。細かい打ち合わせは明日するとして、今日はゆっくり休んでくれ」
俺がそう労うと2人は、
「ありがとうごさいます」「分かったわ」
と返事して、ラミィはお風呂に向かった。
ウィルは俺にまだ話があるのかこの場に残った。
「ジャッジ様。ダポン共和国軍ですが、どうやら一枚岩ではないようです」
「ん?どういうことだ?」
俺の向かいに座ったウィルがそう話しかけてきた。
「偵察中に後方の歩兵の列に紛れ込んで、話を盗み聞いてきたのですが、ジャッド族、ンダ族を奴隷にすることに賛成の兵ばかりではないようです。この行軍に不満の声も多く聞かれました」
「そうか…。となると、その兵達まで傷つけるのはかわいそうだな」
そういえばこの話を最初に持ってきたジャッド族の若者も、友人が知らせてくれたと話していた。ダポン共和国民全員が少数民族を嫌っているわけではないのかもしれない。奴隷化を主導しているゲールや、その他の議員たちが原因なのだろう。
これは少し考えてみる価値がありそうだ。命令されるがままに戦う兵士達が傷つくのはかわいそうだ。本来責任をとるべき政治家は、安全な場所で報告を待つだけにも関わらずだ。よし、明日皆にも聞いてみよう。なんかいい案が出るかもしれない。