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その夜、俺達はイーサン宅に泊めて貰うことになり、夕食をご馳走になっていた。
「ジャッジ様から頂いた食材があり助かりました。最近は食べるものにも不足していましたので…」
と、申し訳なさそうにオリビアが口を開く。
今夜の食事の材料は、俺達がラミィのマジックバッグに大量に入れてきたものだ。セカーニュの街を出発する前に、ケイレブ伯爵が準備してくれた。
食べるものにも困っているはず、というケイレブ伯爵の予測が当たっていたわけだ。明日にでもこの村の住民に分けようと思う。
「いやー。それにしてもジャッジ様には驚かされっぱなしです。まさか魔法までお使いになるとは…。しかもラミィ様は魔女で、ウィル殿も相当な強さなのは一目瞭然ですし」
そう話すイーサンは久しぶりの酒で上機嫌だ。やっと今までの苦悩が晴れるかもしれないのだ。少し位羽目をはずしてもいいだろう。
ちなみに俺の事を陛下と呼ぶのはやめさせた。呼ばれる度にむず痒くなるからだ。正式な場では仕方ないだろうが、それ以外は名前で呼んで貰うことにした。国民が増えてきたら、これは他の国民にも周知しよう。
「ははは。確かに珍しいかもな。それに加わるイーサン達も少数民族だし、俺はそういう運命なのかもしれないな。……そういや、ンダ族はどうするかな?イーサンに紹介してもらってもいいか?」
「はい。明日にでもご紹介しようと考えておりました。ンダ族は私達ジャッド族より更に数が少なく、この村からさほど遠くない場所にまとまって住んでおります」
そう話すイーサン。そういや、ンダ族についてはほとんど何も聞いていない。エマもあまり話したことはないと言っていたな。
そう思った俺はイーサンに質問した。
「ンダ族はどんな民族なんだ?ジャッド族みたいに体も立派なのか?」
「いえ。ンダ族は私達とは違い恵まれた体格はしていおりません。しかし、過酷な環境でも病気にならないという意味では丈夫とも言えます。なにより、ンダ族の特徴といえばその農業の知識と技です」
イーサンの話を要約すると、ンダ族とは農業全般に秀でた民族であるらしく、この自治区の痩せた土地でも、なんとか自給自足できる程度の作物を作っているらしい。
ジャッド族とは、作物を分けて貰う替わりに、狩りや力仕事などを行ってきた関係だという。
詳しくは明日会う予定の、ンダ族の族長に直接聞いてみることにした。どうやら温厚な性格らしく、争いは好まないとのことで安心した。
「しかし、農業が得意となるとなおさらハートランド王国に来て欲しくなってきたな」
「そうですね。私達は畑仕事は誰も知識がありませんでしたから」
そう話す俺とウィル。明日が楽しみだ。
そのころ、ダポン共和国議会ではひとつの法案が可決されようとしていた。
「………となり、この法案は可決されました。なお、即日公布され、施行は1週間後、国軍の自治区到着を持ってなされることとします」
その声の後、議場内は大きな拍手に包まれた。全ての議員が賛成して可決された法案のようだ。
声を発したゲール議長は満足そうにその光景を眺めていたが、やがてゆっくりと議場を後にし、自身の執務室へ戻っていった。
「やっとここまでこぎつけたか。これで、ようやくこの国を我らリゴート族のもとに取り戻せる。忌々しい少数民族など奴隷として扱えば良いのだ」
執務室の豪華なイスに深く腰掛け、感慨深げにそう独り言を漏らすゲール。
リゴート族こそがダポン共和国の唯一の支配者であるべき。と考えているゲールにとって、ジャッド族とンダ族は常に目障りな存在だった。
今回の法案はそのジャッド族、ンダ族を全てダポン共和国所有の奴隷にするという乱暴な法案だった。
だが、この法案を可決するためにゲールは長い年月をかけて根回しをし、ついに法案可決の日を迎えたのだ。
努力の方向が間違っているとはいえ、自分の達成した成果にゲールはとても満足していた。
とそこに、コンコンッという扉をノックする音が響いた。
「入れ」
ゲールがそう言うと、扉が開き若い男性が執務室に入ってきた。さきほど議場内にいた議員の一人だ。
「あぁ、お前か。どうした?何か不備でもあったか?」
「いえ。私の部下から少々不穏な報告を受けまして…。取り急ぎ報告に参りました」
ゲール子飼いの議員でもある彼は、国境警備を担当していた。その彼の部下が持ってきた報告だという。
念願の法案が可決し上機嫌であったゲールだったが、漠然とした嫌な予感が頭をかすめる。
「なんだ?」
「はい。実は3日程前に自治区を数人の訪問者が訪れたそうなのです」
「それが何か問題があるのか?」
議員の報告にゲールは聞き返す。
自治区を訪れる者がいても別におかしなことじゃない。特に出入りに制限はかけていないからだ。最近では難民として自治区を出ていく、女や子供が増えているという報告は受けていたが放置している。
あんな少数民族を受け入れる国などありはしないだろう。
「その訪問者なのですが、どうやら他国の王族のようで、自治区内のジャッド族、ンダ族を自国に勧誘しているそうです。これは自治区内での商売を許している商人からの情報なので、間違いありません」
自分の情報に絶対の自信を覗かせながらそう語る議員。
それを聞いたゲールは、明らかに不機嫌になっている。
「なんだと!?やつら少数民族はダポン共和国の奴隷とすることが決まったのだ。もはや国の所有物。他国に渡すわけにはいかん!おい!国軍の準備を急がせろ!一刻も早く出発させるのだ!」
「は、はい!」
ゲールの怒鳴り声に背中を押されるように、議員は大慌てで執務室を出ていった。
その背中を見送ったゲールは、机の上に組んだ両手をじっと見つめながらつぶやく。
「……なぜ今なのだ。ようやくやつらを奴隷とすることが決まったとこだというのに。まぁいい。わざわざ少数民族を勧誘する位だ、大した国ではないだろう。話して分からなければ脅せば良いだけだ」
そう決めたゲールは再び椅子に深く腰かけた。
「これおいしいわ!ちょっと、アンタの前の皿の料理もとって!独り占めするんじゃないわよ」
「……はいはい。まだいっぱいあるから大丈夫だって」
イーサンの案内で、ンダ族の族長であるタゴサック宅を訪れた俺達は、移住の話もそうそうに食事に招待された。
タゴサックが自分で調理したという料理がテーブル一杯に並べられ、勧められるままに食べ始めると、その美味しさに驚いた。しかも、肉を一切使っていないというではないか。ラミィなどはもう夢中で頬張り続けている状態だ。
その後お腹いっぱいになった俺達は、タゴサックに再びンダ族の今後について話をした。
「それなら、おら達もジャッジ様の国に厄介になります。どうせなら今まで一緒だったジャッド族と同じ場所で暮らしたいですから」
と、あっさり移住を決めていた。そんな簡単に決めていいのか?と思っていたら、
「皆に聞いてきます。少しだけお待ちください」
と、家を出ていってしまった。
俺達があっけにとられていると、あっという間に戻ってきたタゴサックは、
「皆も賛成してくれました。これからよろしくお願いします。ジャッジ様」
と言うと、不器用な動作だが笑顔で頭を下げた。
……まぁ、族長であるタゴサックがそう言うならいいんだろう。しかし、イーサンの言った通りだな。まさに、木訥な農民って感じで好印象だ。
さっきの料理の素材も全て畑でとれたと言っていたし、ンダ族がいればハートランド王国の農業も安泰だな。