6ープロローグー
ハートランド王国には周りの山々を抜ける抜け道が4つある。大まかではあるが東西南北に一つずつだ。
特に隠してもいないのでロンベル国もにげだす国民対策のため、その4つの抜け道には前もって兵を配置していた。
「なんでこんな小さな国にここまでしなくちゃいけないんだ?別にただの住民くらい逃がしてもよくないか?」
抜け道に配置された兵士がかたわらにいる同僚に声をかける。自分も敵兵と戦いたかったというわけではなく、ただただ暇だから声をかけたというところだろう。
「あぁそれはな、なんでも要塞のようなこの場所が欲しかったみたいだぞ」
声をかけられた兵士も暇をもて余していたのだろう、気だるげに返事を返す。
「我がロンベル国は北の大陸からこの西の大陸に侵攻してきたわけだ。当然支援物資も時間をかけないと届かない。だからこの自然の要塞に籠ってその時間を稼ごうってわけだ」
ロンベル国はここ十数年間に数度の戦に勝ち、国力を増していた。北の大陸でも有名になってきている。だが、残る国々はロンベル国と同規模かそれ以上の規模であり、なかなか侵攻はうまくいかなかった。
そんなとき国王は思い付いたのだ。
この大陸がだめなら隣の大陸を侵略すればいいじゃないかと。そして将軍に命じこの侵攻が行われた。
「俺たちがここにいることを他の国々に知られたくないんだろ。だから国民はみんな仲良く皆殺しってわけさ」
「なるほどなぁ。ここみたいな抜け道にだけ気を付けときゃいいんだもんな。まぁおれたちがここを抜けてきたときは誰ひとりいなかったかがな」
「この国のやつらも間抜けだな。まぁ事前の情報で戦争とは無縁と聞いていたが、まさかここまで無警戒だとは思わなかったな」
ハートランド王国はもう数十年も戦争をしていない。歴代の王も国民も野心というものには無縁であり、領土を広げようと言う話は会議の議題にも上ったことはなかった。今回のような惨劇が起きた背景には、平和すぎる国民性があった。
そのすぐ後、抜け道を守る兵士達に伝令兵から勝利が伝えられた。国王の住む館は陥落し、その際国王も戦死。なんと最期まで逃げずに先頭にたって戦ったそうだ。
国民もほとんどが虐殺された。現在は生き残りを探している最中だと言う。
こうしてハートランド王国は国としての長い歴史にいったん幕を下ろした。
――5年後――
俺の名前はジャッジ。ただのジャッジだ。
イーストエンド王国の都市ファイスに剣の師でもあるウィルと二人で住んでいる。
あの惨劇の後、目を覚ましたのは2日後。場所はイーストエンド王国の領土内にある粗末な小屋だった。側にいたのはウィルをはじめとするハートランド王国の生き残り20人程。その中にはフラーもいた。
当然目を覚ましてすぐ父上やハートランド王国のことをウィルに問いただしたが、結果は残念なものだった。
万が一の為に秘密にされていた、5つ目の抜け道から上手く脱出できたウィルたちはここまでなんとか辿り着いたらしい。
その後、俺が眠っている間にウィルは一人で王国まで戻ったらしいが、既に敵の手に落ちたあとだった。
父上や騎士団長の安否は分からないが、生きている可能性は限りなく低いだろう。
俺は泣いた。一日中、人目も憚らず泣いた。
そして決心した。再びあの地に戻ろうと。いつまでかかるか分からないが、あの皆で暮らしたハートランド王国を再興させようと。
その後、逃げのびることのできた元国民達とは別れることにした。もしかしたら俺が生きていることを知ったロンベル国が、俺を探しているかもしれない。
それに彼らには彼らの人生がある。俺に付き合わせるわけにはいかないと思ったからだ。
幸い、ここファイスに辿り着くまでに立ち寄った街や村で、少人数ずつではあるが受け入れてくれた。なんとか生計がたつように支援してくれるそうだ。近くに住む彼らにはハートランド王国に対する悪感情はないみたいだ。むしろ、理不尽な侵攻を受けた我々に対して同情してくれた。戦争とは無縁だったハートランド王国はこんなところでも国民を守ってくれているかのようだ。
フラーは最後まで一緒に行くと言って聞かなかったが、ある街の領主の館で雇ってもらえることになり、泣く泣く別れた。小国とはいえ王子の乳母だったのだ。領主からも是非にと言われ、俺やウィルも説得しなんとか納得してもらった。
その代わり、ハートランド王国が再興し俺が王位に着くときには必ず迎えに行くという約束をさせられた。
その頃にはフラーもおばあちゃんになっているかもしれないが、約束は約束だ。迎えにいこうと思う。
そんなこんなで今はウィルと二人、ファイスでただのジャッジとして生活している。
「ただいま帰りました、ジャッジ様。お体の具合はいかがですか?」
「あぁ、おかえりウィル。大丈夫だよ、もう元気ピンピンさ」
そうベッドの上で上半身を起こし、力こぶをつくってみせる。
「またそんなことを言って、顔色は良くなってませんね。ちゃんと寝てましたか?」
あれから5年、俺は20才になっていた。
ウィルはなんと40だという。剣術で鍛えられているせいか年齢をまったく感じさせない容姿をしている。どうみても20代にしかみえない。それなのに俺のことは相変わらず子供扱いだ。なんなら体の調子を崩すようになってからは、過保護気味だともいえる。
正直外でされるとはずかしい。今度釘を刺しておかなければ。
「お薬は…飲んでいますね。その調子だとどうやら今回もハズレのようですね」
枕元のサイドテーブルに置かれた、空の薬の袋を見ながらウィルは少し残念そうだ。
俺が体調を崩すようになったのは2年前、ちょうど18になった頃からだった。最初はただの風邪かなんかだと思っていたのだが、あまりにも頻繁に体調が悪くなり、しまいには寝込む日のほうが多くなってしまった。
いろんな医者にかかり、治療を受けたが、どの医者もはっきりと原因を特定することはできなかった。
今回もどうやらだめだったみたいだ。
「いつもごめんなウィル。俺がこんなせいで苦労ばっかりかけて」
「なにを仰います。ハートランド王国を再興させる為にも、早くお元気になってくださらないと。ささ、今はゆっくりとお休みになってください」
そう言ってウィルは部屋を出ていく。夕食の準備をするのだろう。
ほんとにウィルには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
何度もハートランド王国や俺のことなど忘れ、自由に暮らすよう勧めたが頑として聞いてくれなかった。
俺としてはとてもありがたいが、ウィルにはウィルの人生があるのに…とも思う。
それにしても俺の体はいったいどうしてしまったのか。18になるまでは風邪ひとつひいたことはなかった。ウィルが剣の稽古をつけてくれていたせいもあって、体つきも立派になっていた。まぁ剣の才能はどうやら俺にはなかったみたいだか…。
「はぁ、こんなことでは国を再興させるなんて夢のまた夢だな」
思わずそう呟いてしまう。……と、
「そんなことはありません!必ずハートランド王国を取り戻せます!具合が悪いときは弱気になるものです。今はゆっくりお休みになってください!」
台所からウィルが叫ぶように話しかけてくる。
……今の呟きが聞こえていたのか。まったくあいつの耳はどうなってるんだ。
なんだかおかしくなりフフッと吐息がもれる。
そうだな、先のことで憂いても仕方がない。なるようになるさ!と自分に言い聞かせ、夕食まで一眠りしようと布団を頭まで被る。
ちょっと寝すぎたみたいで次に起きたのは朝だったが。