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翌日、馬車の中にはニコニコと上機嫌で俺の隣に座るラミィがいた。
昨日とは明らかに態度の違うラミィに、エマも最初は困惑していたようだが、次第に受け入れたようだ。ウィルは昨夜なにがあったかおおよそ分かっているのだろう。特に何も言わず黙って座っている。さすがだ。
道中エマが俺に話しかけても、ラミィがニコニコと笑顔のままなので、ジャッド族について色々と知ることが出来た。
「………つまり、ジャッド族は強い男がもてるってことか?」
エマの話を聞いていた俺は、自分なりに理解したことを確認しようと質問した。
「簡単に言うとそうです。ジャッド族の女性は、昔からより強い男性に惹かれます。その結果、力の強い遺伝子が受け継がれているのでしょう」
「なるほど。ならウィルなんかはモテモテだろうな」
そう言ってウィルを見るも、当の本人はあまり興味なさそうな顔をしている。
そういえば、ウィルの浮いた話は聞いたことがない。関心がないのだろうか?ファイスの街では結構もてていたように見えたが…。
「そうですね。ウィル様なら嫁に行きたいという女性は数多いると思います。……もちろん、ジャッジ様もですが」
「ハハハ。お世辞でもうれしいよ。だけど俺は力も弱いし、剣もあまり強くないからな」
エマの言葉にそう返す。実際そうだと思うしな。
すると今まで黙って話を聞いていたウィルが口を挟んできた。
「そんなことありません。ジャッジ様の剣の腕は確実に上達してきております。それに、ジャッジ様には魔法があるではありませんか。いくら剣が強かろうと、あの力には勝てません」
ウィルはそう言って俺をかばってくれたが、俺が魔法を使ってもウィルには勝てない気がする。
ウィル以外なら………勝てるかもな。
「魔法ですか…。ラミィ様も魔女だと伺いましたが、どのようなお力なのでしょう?私には想像もつきません」
「……どうって言われても説明が難しいな。まぁ、機会があったら披露するよ。俺はあんまり加減するのが上手じゃないから、なかなかその機会はないと思うけど」
と、エマの疑問に答えておいた。
本当は戦いなんかで魔法を使う機会が来ないことが1番なんだが、もしダポン共和国と争うことになれば出番がくるかもしれない。
今はそうならないことを願うだけだ。
途中いくつかの街に寄りながら、順調に馬車はダポン共和国に向かっていた。
そして、明日には自治区に到着する予定の6日目、俺達の乗る馬車が何者かに止められた。
急停車した馬車を不思議に感じた俺は、窓から外を見る。すると、窓の外には馬に乗った数人の男達が見えた。どうやらこの男達が馬車が止まった原因のようだ。
「ジャッジ様、少々お待ちください。状況を確認して参ります」
俺が外の様子を伝えると、ウィルはそう言って馬車を降りていった。
そして、しばらくすると何者かの怒鳴り声が聞こえてきた。
「いいからさっさと金目の物を出せっていってんだよ!ぐだぐだ言ってるとぶちのめすぞ!」
あー。これはいわゆる盗賊ってやつだな。そういや、ここまで一度も盗賊には会わなかったな。やっぱりケイレブ伯爵の紋章が入ってるから襲われなかったのかな?
なんて事を考えていたが、今度は盗賊の方が可哀想になってきた。
それにしても盗賊もついてないな。よりによってウィルの乗った馬車を襲うなんて。この馬車は世の中で最も襲ってはいけない馬車の1つだろう。
なんせ天下無双の剣士と魔女が乗ってるんだから。
……まぁ、まだなんの被害も受けてないから、少しは手加減するように言っとくか。
と、俺は思いラミィとエマに声をかけた。
「ちょっと、俺も降りてくるよ。すぐ戻るから待っててくれ」
「それなら私も行くわ。面白そうだもの」
「えっ!お二人とも行かれるんですか?それなら私もお供します」
と、結局みんな馬車を降りることになってしまった。
まぁいいか。却って一緒にいた方が安全かもしれない。
俺達3人が馬車を降りると、馬車の前方でウィルが馬に乗った5人の男達と対峙していた。
男達は皆剣を手に持ち、いつでも斬りかかれる体勢をとっている。反対にウィルは腰の剣に手も掛けていない。
それくらいの相手だと見切っているのだろう。
「おーい。ウィル。大丈夫か?」
俺がそう声をかけると、ウィルがこちらを振り向く。そして、それと同時に盗賊達も俺達の姿が目に入ったようだ。
「女もいるじゃねぇか。しかも上玉だ。おい!やっぱ金目の物だけじゃ足りねぇ。女も頂くぜ!」
と、先頭の男がウィルに対して要求してきた。
ウィルは相変わらず余裕の態度だが、俺達のことが心配になったのだろう。男達の前を離れ、俺の横に並んできた。
「なぜ降りてこられたのですか?この程度の相手ならジャッジ様のお手を煩わせることもないでしょうに」
「まぁそうなんだけどさ。あんまりウィルがやり過ぎないか心配で降りてきたんだ。無益な殺生はよくないだろ?」
そう、少しおどけて言う俺にウィルは呆れ顔だ。
俺の右隣にいるラミィはいつもと変わりない様子だが、反対側にいるエマは不安なのだろう。俺の袖を握って震えている。
「エマ。大丈夫だから安心しろ。こんなやつらじゃ、ウィルには傷ひとつつけられないから」
「だ、大丈夫です。ジャッジ様達を信じていますから」
と、気丈に答えるがやはりその表情は不安そうだ。
「おい!お前ら、なにこそこそしゃべってるんだ!さっさと女をこっちによこせ!そしたら男だけは逃がしてやる!ただし徒歩でだがな。ギャハハハ!」
「そりゃいい!ついでに服も頂いちまうか!」
俺達が無視しているのが気に入らなかったのだろう。盗賊は下品に笑いながら、馬を降りて俺達の方に歩いてくる。
まさに盗賊って感じだな。ラミィに下手なことしたら黒こげにされるとも知らないでいい気なもんだ。
……ん?そうだ!今こそ俺の魔法を見てもらういい機会なんじゃないか?そしたら族長であるエマの父親にも上手く説明できるだろう。
そう思い付いた俺は、ようやく剣に手を掛けようとしているウィルに声をかけた。
「ウィル。ここは俺にやらせてくれ。エマに魔法の力を見せておくいい機会だ。これから頼ろうって国の力がどんなもんか知りたいだろうしな」
「ジャッジ様がそう仰るなら構いませんが…。馬車は壊さないようにしてください。まだダポン共和国まではあと1日ありますので」
ウィルはそう言うと、剣から手を離しラミィとエマを守るように、その前に立った。
どうやらウィルは俺より馬車の方が心配らしい。まぁ、それだけ信頼してくれていると思うことにしよう。
俺は歩いてくる盗賊に向かい声をかけた。
「おい!そこで止まってさっさと引き返せ!そしたら大ケガしないですむぞ」
「ギャハハ!何を言うかと思えばそんなことか。おまえなんかにやられるわけないだろ!バカが!」
盗賊達は俺の言葉にも引き返す様子はない。それどころか俺の事は眼中にないとばかりの態度だ。剣を手に提げ、目をギラつかせて歩み寄ってくる。
さすがに今のは少し腹が立った。死なない程度には痛め付けてもいいだろう。
そう思った俺は抑えていた魔力を解放させながら、後ろを振り返り心配そうにこちらを見るエマに声をかけた。
「エマ。よく見とけよ。これが魔法の力だ」
と、再び盗賊達に向き直った俺は、前方に突きだした右手から魔力を放出する。
今回イメージしたのは小さい竜巻だ。
「風よ」
そう小さく言葉にすると、先頭の盗賊の足元の落ち葉が一枚舞い上がる。