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セカーニュの街に着いた俺達は、早速街の奥にある領主の館を目指して街を歩いていた。
ここ、セカーニュはファイスよりは少し規模は小さく、人口は5000人といったところだろうか。街の中央を通る道沿いには様々な商店が軒を連ね、今まで見たこともないような商品の並んでいる店もある。
「へぇー。初めて来たけどなかなか感じのいい街ね」
「えぇ。ここは北のダポン共和国が近いですから、その影響を少なからず受けているのでしょう」
ここから北に3日も歩けばダポン共和国との国境がある。ダポンは今の時代には珍しい共和制の国だ。議会があり、そこで国の方針を決定しているらしい。ここ十数年は戦争があったという話は聞かない平和な国だ。
セカーニュとも文化や物資での交流があるのだろう。
何軒かの店に寄り道した後、俺達は領主の館に辿り着いた。
門番に用件を告げると、あっけなく応接室に通された。やはり俺がハートランド国王を名乗ったからだろうか?
「いやー。なんか緊張するな」
「久しぶりですからね。フラーと会うのも」
応接室のソファーで、フラーを待つ俺はそんな会話をウィルと交わしていた。隣に座るラミィは、珍しくじっと座ったまま固まっている。緊張しているのだろうか?
と、応接室の扉がゆっくり開かれ、年配の男性とフラーが室内に入ってきた。
年の頃50程と思われる男性は俺達の姿を認めると、丁寧に挨拶をしてくれた。
「お初にお目にかかりますジャッジ国王。私はここセカーニュの領主を務めておりますケイレブと申します。一応伯爵を名乗っておりますが、気軽にケイレブとお呼びください」
「突然訪れた我々を歓迎してくれてありがとうございます伯爵。私がハートランド国王ジャッジ、そして隣にいるのが従者のウィル、もう一人は伯爵もご存じかと思いますが、魔女のラミィです」
そう挨拶を交わし、伯爵に席に着くよう促す。一礼したあと伯爵とフラーも俺達の正面のソファーに腰を下ろした。
この間フラーは一言も言葉を発していないが、俺の顔を見た途端目に涙を浮かべていた。
ケイレブ伯爵達の前にも使用人が紅茶を運んできた後、伯爵は俺達に向かって口を開いた。
「さて、早速ですが、今回はフラーを迎えに来たということでよろしいですか?」
「はい。私達の生活も大分安定してきましたし、そろそろフラー達を迎える時期かと考えました。それにフラーの顔も懐かしくなってきていましたので。……フラー。元気そうで安心したよ」
伯爵の言葉に返答し、フラーにも声をかける俺。
それを聞いたフラーは瞳に浮かぶ涙はそのままに、満面の笑顔になった。
「ジャッジ様!ご立派になられましたね。私もジャッジ様の噂を人伝に聞くたびに、いつ迎えに来てくれるものかと待ち焦がれていましたよ」
「噂?」
フラーの言葉に俺が疑問を浮かべていると、
「あぁ。先日のアルフレッド王脅迫事件のお話ならこの街にも伝わっております。というか、私も兵を率いてあの場所におりましたので。私もこの街の人間も戦争など望んでおりません。本当にありがとうございました」
「……あ、あぁ。そういうことですか…」
どうやら俺達の悪名?はイーストエンド王国に広く伝わっているらしい。物騒な名前までついて。
覚悟の上とはいえ、生きづらい世の中になってしまった。
「そ、それで?フラーはどうする?このままこの街で暮らすのもいいと思うが…。ハートランド王国に戻ってくるのか?」
俺が気を取り直してフラーにそう尋ねると、フラーは少し困ったような顔になった。
「……今すぐにでもジャッジ様と一緒にハートランド王国に帰りたい気持ちなんですが。今のお役目を中途半端で放り出す訳にもいかず…」
と、フラーも悩んでいる様子だ。
「フラーはどうですか?お役にたてているでしょうか?」
と俺はフラーの悩みの役目について、遠回しにケイレブ伯爵に質問する。
「それはもちろん!フラーがいなければもうこの館は回りませんよ。今も先日急遽雇うことになった、多数の新人の教育を任せています」
「それはよかった。急遽とはなにかあったのですか?」
ケイレブ伯爵の言葉に引っ掛かりを覚えた俺は、伯爵に尋ねた。
すると、伯爵は少し話そうか迷ったような仕草をみせたが、重そうにその口を開いた。
「……実は、最近ダポン共和国からこの街に流れ込んでくる難民が後を絶たないのです。先日もその一部をこの館で受け入れることを決めたくらいです」
「難民ですか?ダポン共和国は戦争でもしているのですか?」
ダポンが戦争をしかけるとは思えない。あるとしたら侵攻に対する防衛戦争だろう。しかし、それにしても全く噂も聞かないが…?
俺が疑問を浮かべていると、ケイレブ伯爵はその詳細を語り始めた。
「ダポン共和国内では、今の議員達に替わってから戦争ではなく少数民族への迫害が行われている様です。逃げてきた難民から聞いた話では、多数派のリゴート族出身のゲール議長が主導して、少数派のジャッド族とンダ族に対して様々な嫌がらせを行っているとの事です」
「なんですって!?自分達の方が多いからって、少ない人たちをいじめてるの?そんなの許せないわ!」
今まで黙っていたラミィだが、ケイレブ伯爵の言葉に激昂する。魔女として少数派として生きざるを得ないラミィには到底許せない行いのようだ。
そしてその想いは俺も同じだ。
「その少数民族ってのはそんなに少ないんですか?」
俺のその疑問には隣に座るウィルが答えてくれた。
「リゴート族とジャッド族、ンダ族で構成されているダポン共和国ですが、その割合はリゴート族が圧倒的に多く9割以上を占めます。ジャッジ様もご存じのように、世界中にある国々のほとんどが単民族で成り立っているのが現実です。そんな中、ダポン共和国は3つの民族が上手くやっていけていると思っていたのですが…。やはり人は自分と違う者を受け入れることは難しいのでしょう」
「……そうか。やはりこの世界はマイノリティには厳しい世界なんだな」
俺達はファイスの街で住民に温かく受け入れてもらったからあまり実感がわかなかったが、世界的にみれば俺達3人は明らかに少数派だ。
俺が戴冠式の時に語った決意のように、マイノリティの為の国作りを今後も進めて行かなければならない。
と、そこまで考えたとき、ふとあることを思い付いた。
ジャッド族とンダ族も少数派ならば、ハートランド王国に来ないかな?と。
そうすれば俺達は国民が増えてうれしいし、ジャッド族とンダ族は迫害されない安住の地を得ることができる。両者得する感じだが…。どうだろうか?
俺はこの思い付きをみんなに聞いて判断してもらおうと、ケイレブ伯爵やフラーも含めて全員に話した。
俺が話終えると皆黙ったまま何か考えている様子だ。
そして、最初に口を開いたのはケイレブ伯爵だった。
「ジャッジ様のお考えはとても素晴らしいと思います。……ですが、実現するとなるといくつか問題が出てくるかと」
「問題ですか?」
俺がそう疑問を呈すると、隣のウィルが答える。
「おそらくリゴート族や、その代表であるゲール議長。ひいてはダポン共和国と対立することになるでしょう。自分達で迫害している対象を保護する国を、目の敵にしてくる可能性があります」
「そもそもその少数民族が納得してくれるのかしら?今まで住んだ土地を捨てて、ハートランド王国民になることに。で、でも!アンタのその考えは好きよ!私は賛成!」
うーん。確かにウィルの言う通りになったらダポン共和国自体を敵に回すことになるのか…。
あんまり敵は作りたくないんだよなぁ。俺は平和な国を作りたいんだ。でもこの事実を知った以上、ジャッド族とンダ族のことを放っておくことも出来ないしなぁ。
………うーん。
と、俺が頭を悩ませていると、
「あ、アンタ!?じ、ジャッジ様のことをアンタ!?」
と、部屋中に響き渡る大声が聞こえた。
見ると、フラーが目を見開いてラミィと俺を交互に見ている。
フラーに睨まれたラミィは、「まずい!」という顔をしながら小さくなっている。
……あー。これはまずいかもしれない。




