52
俺が赤面しながら放出した魔力は、既に炎に包まれて勢いよく燃えている大木に到達し、そこに巨大な竜巻を巻き起こした。
それは地獄絵図と言ってもいいような光景だった。
ただでさえ大木をすっぽりと包むように燃え盛っていた火柱に、更に巨大な竜巻が加わることによって、炎はその勢いを増した。
竜巻に沿ってさっきまでよりもずっと空高く、渦を描くように真っ赤な炎が巻き上げられていく。
その中心部の大木数本は、既に燃え尽き消し炭となっている。しかし、炎の竜巻は勢いを弱めるどころか更に勢いを増している。
大分離れた場所にいる俺にも、じりじりとその熱は感じられた。
「……よし。もういいかな?」
と、俺がやっと魔力の放出を止めたとき、大木はもちろん大木の周囲50メートル程は草木も全て燃え尽き、一面真っ黒になっていた。仮にそれが人であったとしても、同じ結果になるだろう。その炎は竜巻によって酸素を十分に送り込まれて、超高温となっていたはずだ。
反応はどうかな?と、元大木のあった場所から目を離し、アルフレッド王を見ると、どうやら完全に腰を抜かしてしまったらしい。アルフレッド王と、将軍、更には近衛兵の半分ほどは座り込んでしまっている。
まだウィルの番が残っているけど必要あるかな?もう十分なんじゃないか?
と、アルフレッド王達の様子を見て考えていると、
「ジャッジ様。次は私の番です。例の物をお願いしてもよろしいですか?」
と、ウィルが剣を右手に下げながら話しかけてきた。
どうやらウィルもやる気のようだ。…まぁ、俺達だけってわけにもいかないか。ウィルの力を見せつけるのも今後のためには必要なはずだ。
「わかった。……と、その前に。アルフレッド王。どうでしたか?貴方がバカにした弱小国の王の魔法は」
と、アルフレッド王に向かって煽りを入れるのもちゃんと忘れない。俺だって国をバカにされてイラッとしたんだからこれくらいいいだろう。
俺の言葉にもアルフレッド王の反応はない。もしかして気絶してる?と思い、俺が一歩足を踏み出すと、
「ま、まて!待つのだ!寄るでない!」
と、座り込んだまま後ずさりをしながら命令してきた。
こんな場面でも偉そうな態度がとれるのか。というかそういう接し方しかできないのかもしれないな。かわいそうに。
まぁちゃんと聞いてるみたいだから良かった。と、俺はアルフレッド王に止めを刺すべくウィルの紹介を始めた。
「最後はウィルだ。ウィルについては貴方も知っているだろう。マフーン軍6000をたった1人で殲滅するその実力は天下無双と言っていいだろう。更に、このウィルには師がいてな。その師から己を超えたと言わしめた実力があるのだ。その師の名は、………剣聖ウィリアムだ」
俺がそう言い放つと、アルフレッド王より先に将軍が驚愕の表情を浮かべ、座り込んだまま口を開いた。
「なっ!?剣聖ウィリアムだと!ま、まさか!?……しかし、1人で戦う戦い方といい、その強さといい確かに弟子ならなっとくできる…」
と、ウィルの方を見ながら勝手に納得してしまった様だ。アルフレッド王はと言うと、こちらもウィルの方を見ながら驚きの顔を浮かべている。
「そうだ。かの剣聖ウィリアムだ。そしてその弟子であるウィルは師も認めた通り、剣聖を超えた剣の腕を持っている。その実力を今から見せてやろう」
と、言いながら俺は右手から魔力を放出し、真っ黒になった大地にさっきの大木程の高さを持つ、巨大な岩を2つ出現させた。
「まずは1つ目」
と、俺が言うと、ウィルは手前にある大岩に向かい凄い速さで駆け出した。
あっという間に大岩まで辿り着いたウィルは剣を構える。そして、おそらく剣を振るっているのだろうが、速すぎて俺にはウィルの姿すら霞んで見える。
最初に真っ二つに切られた大岩は、そのあとも4つ、8つと徐々に一つ一つの大きさを小さくしていく。
ウィルが剣を納めた時、大岩のあったあたりには人の頭位の岩が無数に転がっていた。
それを確認した俺は更にアルフレッド王に向かい口を開く。
「そして、2つ目だ」
その声が聞こえたかどうかは分からないが、ウィルは奥にある大岩に向かうと、今度は剣を抜かず、なんとその大岩を持ち上げる。そして、信じられない怪力で大岩を真上に放り投げた。
ウィルの頭上10メートル程まで放り投げられた大岩は、当然頂点を迎えると後は落下してくる。その落下してくる大岩に向かい、ウィルは全身の力を集約させた右拳を突き上げる。
ドゴーン!!
と、人が起こしたものとは思えない、まるで破城槌で城門を叩き壊す時のような音が響き、大岩全体に亀裂が走る。そして次の瞬間、大岩は粉々に砕け散った。その真下で残心をとるウィルはもちろん無事だ。
これには俺も驚いた。あらかじめウィルからは大岩を2つ用意して欲しいと頼まれていたものの。剣で斬るのかな?と思っていた俺の予想は裏切られた。
剣の腕だけでなく、どうやら素の身体能力でもウィルは飛び抜けているようだ。いや、飛び抜けているどころじゃなく異常だろう。
……やはり、ウィルを怒らせるのはやめたほうがいいな。
「さて、どうかな?これで俺達に戦争を止める力があると分かってもらえたかな?」
と、アルフレッド王に向かって話しかける俺。
すると、アルフレッド王は近衛兵に支えられながらなんとか立ち上がり、俺達に向かってまさかの発言をしてきた。
「……す、すばらしい力ではないか。ウィルは元より、ジャッジ王と、ラミィと言ったか?そこの魔女の魔法も素晴らしかった!どうだ?余と共に大陸統一を目指さぬか?褒美も領地も望みのまま与えよう!どうだ?」
目を輝かせてそう語るアルフレッド王を見て、俺達は3人で顔を見合わせ大きなため息をつく。
……ダメだ。全然このバカ王は分かってないみたいだ。初めに俺が話した内容をもう忘れたのだろうか?
「……アルフレッド王。俺達はこの力を戦争のためには使わない。むしろ、戦争を止めるための抑止力として使おうと思っている。その為ならどこの誰であろうと手加減せずこの力を行使する。……それは相手がイーストエンド王国であっても例外ではない」
俺が冷たくそう言い放つと、言葉の意味が分かったのか、アルフレッド王の顔色が見て分かるくらい青くなっていく。
「わかったか?わかったなら今すぐ軍をまとめてさっさと引き返せ!徴兵した国民も全て家に返すんだ!……あぁそれと、今後もし戦争を仕掛けようとしていることが分かったら、まずお前の住む城を消し炭にしに行くからな。わかったな?…わかったら返事をしろ!」
そう俺が怒鳴り付けると、アルフレッド王は震える声で、
「は、はい!」
と、返事した後、近衛兵を振りきって夜営地に逃げるように走り去っていった。
残された将軍は、走り去る国王の姿を目で追っていたが、やがて俺達に一礼すると自らも夜営地に戻っていった。
遠巻きに俺達と国王とのやり取りを見守っていた兵達からは、歓声のようなものも聞こえる。
それはそうだろう。ろくでもない戦争で死ななくてもよくなったのだから。
「最後のはスカッとしたわね!アンタもやるじゃない!」
と、国王達が夜営地に去った後、さっさと片付けを済ませたイーストエンド軍が帰国の途につく光景を眺めながらラミィが俺に言った。
「そうか?まぁこれでアルフレッド王もさすがに分かってくれただろう」
「ですね。これでもまだ戦争がしたいと言うのなら私がお相手します」
俺がアルフレッド王なら、さっきのを見た後ウィルに逆らおうとは決して思わない。
………俺とラミィにもかな?
我がハートランド王国は、たった3人だけしかいない世界最小の国だが、戦力だけならそこらの国にもひけをとらないだろうな。
俺はそんなことを思いながら、帰国するイーストエンド軍をぼんやり眺めていた。