50
作戦決行日の早朝。俺達は朝日が昇る前には身支度を済ませ、外で朝日が昇るのを待っていた。
「よし!それじゃ行こうか」
辺りが明るくなってきた頃、俺は2人に向かって口を開く。
「はい」「行きましょう」
そう返事を返した2人と共に、俺はイーストエンド軍がテントなどの設備の片付けをしている、夜営地に向かって歩き出した。
イーストエンド王国、国王アルフレッドはいつもより少し質素な朝食を済ませ、自分用のテントで出発の準備が整うのを待っていた。
すると、そこに今回軍の総指揮を任せている将軍が飛び込むように入ってきた。
「へ、陛下!」
「なんだ?挨拶もなしに入ってくるとは無礼者め!」
「も、申し訳ございません。し、しかし、至急陛下にお伝えせねばならないことが出来致しました故、急遽参上致しました」
そう言う将軍は長い距離を駆けてきたのだろう。息が荒く、顔も紅潮している。
その辺りをアルフレッド王が斟酌したかは疑問だが、王は若干態度を軟化させて将軍に向けて口を開く。
「まぁよい。それで、その用とはなんだ?」
「はっ。先ほど我が軍の夜営地に、陛下がお探しになっていたウィルと名乗るものが姿を見せました」
将軍の言葉を聞いたアルフレッド王は、興奮したように座っていた椅子から立ち上がった。
「ま、まことか!まさかここにきて見つかるとは!どこかで余が探していたのを聞いたのかもしれんな。それで?余に仕えるために姿をみせたのであろう?何故連れてこないのだ?」
アルフレッド王の言葉を跪きながら聞いていた将軍であったが、王の言葉が終わると言いにくそうに口を開いた。
「そ、それが…。ウィル1人ではなく若者と少女と共に現れまして、陛下を自分達の所まで呼んでこいなどと戯れ言を申しております。私たちもウィルの強さは聞き及んでいるため、うかつに手も出せず…。いかが致しましょう?」
アルフレッド王は将軍の話を聞き、初めはしかめっ面をしていたが、やがて声をあげて笑い出した。
「ハハハハ。面白いやつよ。国王自らに足を運べとは…。よほど自らの強さに自信があるのであろう。いささか増上慢ではあるがな。仕方ない、余が赴こうではないか!さぁ、案内せい」
と、言い出し側近の制止も聞かず歩き出してしまった。普段のアルフレッド王では考えられない行動だが、よほどウィルが見つかったことに機嫌をよくしていたのだろう。
将軍もすぐに立ち上がり王の後を追う。
「ウィルとその一行は、ここより真っ直ぐ行った出口付近に待っているはずです」
「うむ。分かった。しかし、わざわざ余に足を運ばせる位だ。召し抱えるのに法外な要求をしてきそうだな。どうしたものか」
などと、将軍の案内で歩きながら、気の早いことにもうウィルの報酬などについて考えていると、すぐにウィル一行が待つという出口が見えてきた。
確かに、出口のすぐ外に3つの人影が見える。
これで今回の侵攻の成功は磐石なものになった、と笑みを浮かべながらアルフレッド王は歩みを早めた。
俺達はアルフレッド王をここに呼んでこいと、ウィルの剣をちらつかせて半ば脅迫の様に要求したあと、夜営地の外で待っていた。
「ねえ。本当にバターブレッド王は来るの?」
ラミィはもう待ちくたびれたのか、足をブラブラさせながら俺達に尋ねる。
「来ると思うぞ。ウィルの強さは知ってるはずだし、今回の遠征にも是非連れて行きたいはずだ。勝利を確実なものにする為にな」
俺はラミィにそう答える。
ウィルは強力な戦力だ。このタイミングで現れたウィルを、なんとしても自分の陣営に引き込もうとするだろう。その為なら少しくらい折れるはずだ。
俺がそう確信を持ってアルフレッド王を待っていると、なにやら夜営地の中がざわめき始めた。おそらく、アルフレッド王を見かけた兵士たちが騒いでいるのだろう。
「どうやら来たみたいだな。よし!それじゃ打ち合わせ通りに頼むぞ。2人とも」
「はい。お任せください」
「いよいよね。派手にやってやるわよ」
2人とも気合いは十分な様だ。本当は話し合いで済ませたいのだが、そうもいかないだろう。あとはラミィがあまり派手にやりすぎないのを祈るだけだ。
俺達がそう声を掛け合っていると、夜営地の中から近衛兵を従えて先程脅迫した将軍と、派手な衣装の太った中年が姿を見せた。
おそらくあれがアルフレッド王だろう。お腹の贅肉を揺らしながら歩く姿は、絵本に出てくる怠惰な王そのままだ。俺はああはならないよう気を付けよう。
俺達のすぐ前まで歩いてきたアルフレッド王は、少し乱れた息を整えた後、ウィルに向かって話しかけてきた。
「お主がウィルか?余がイーストエンド王国国王アルフレッド・イーストエンドだ。お主の剣の腕は聞いておるぞ。先のマフーンとの戦いでの働きも見事であった。特別にお主の望み通りの待遇を約束しよう。何が良いのだ?領地か?爵位か?」
と、一息に喋るアルフレッド王。
そんな思い込みの激しい王に向かいウィルは冷静に、
「アルフレッド王、残念ながら私は貴方に仕える気はありません。私が生涯の忠誠を誓ったのは、こちらにおられるジャッジ様だけですので」
と、言うと俺の方を向くウィル。
そんなウィルの態度を見て、アルフレッド王は戸惑いや怒りが混ざった複雑表情を見せた。
「な、なんだと!?話が違うではないか!お主が余に仕えたいと聞いたからここまで足を運んだのだ!おい!将軍!どうなっておる!」
「は、はい!どうなっておると聞かれましても、私にもさっぱり…」
予想外のウィルの態度に、将軍も困惑している様子だ。
そんなやり取りを見ていた俺だったが、そろそろいいかな?と思い、一歩前に出てアルフレッド王に向かい話しかけた。
「お初にお目にかかります、アルフレッド王。私はジャッジ・ハートランドと申します」
さすがに他国の王を相手にするのだ、俺はいつもより丁寧な言葉遣いを意識する。
突然話しかけてきた俺の方振り向いたアルフレッド王は、怒りの矛先をこちらに向けてきた。
「なんだ?お前は!そう言えばお前がウィルの主だと申していたな。ウィルを余に渡せ!渡せばお前もウィルのついでに召し抱えてやろうではないか。………ん?ハートランド?どこかで聞いたような…」
と、どうやら一国の王だけあってハートランドの名に聞き覚えがあった様だ。少し首を傾げて何かを思いだそうとしていたが、
「……!思い出した!確か少し前に滅亡した弱小国の名ではなかったか?」
と、失礼な事を言いながら、俺の事をジロジロと興味深そうに見ている。
……まったく。王様ってのはどいつもこんなに失礼なやつばっかなのか?こんなやつに丁寧に接する必要はないな。この後の事も手加減する気も無くなった。
俺の隣のラミィも明らかに不機嫌になっている様子だ。早くしないとまたラミィが暴走してしまう。
と考えた俺は、いつもの口調でアルフレッド王に話しかける。
「その通り。しかしハートランド王国は滅亡してはいない。俺が現ハートランド国王、ジャッジ・ハートランドだ。今日は話があって貴方をここに呼び出させてもらった。……あぁ。それと、ウィルは絶対に渡さないので、悪しからず」
俺の言葉を聞いたアルフレッド王は、突然態度の豹変した俺に圧倒されたようだったが、すぐに言い返してきた。
「……ふん。弱小国が滅亡しようがしまいが興味ないわ。…余に話だと?なんだ?同盟でも結びたいというのか?そうだな……。ウィルを譲るなら考えてやろう」
相変わらず偉そうな態度をやめないアルフレッド王。
そんなアルフレッド王に向かって、俺はついに今日の本題を口にする。
「俺達は貴方にこの遠征を中止してもらう為にここに来たんだ」