5ープロローグー
「さて、話は終わった。そろそろわしは行かなくては。いつまでもここにか隠れているわけにはいかん。いくらウィルでもいつかは限界がくる」
そう言うと父上は兜を脇に抱え上げ、椅子から立ち上がった。その表情は俺と話していたさっきまでの穏やかな表情とは変わり、戦士の引き締まった表情をしている。
「私も行きます。皆で戦えばなんとか追い返すこともできるかもしれません!」
さっきまでは負けることが確定している絶望的な状況だったが、父上の話を聞いた今は違う。
ウィルがいればなんとかなるかもしれない、という気になっている。
「いや、おまえは逃げろ。少しでも多くの民を逃がせ。それもまた王族の責務のひとつだ」
父上は厳しい表情でそう言った。
「なぜです!ウィルはあの剣聖ウィリアムの後継者だと仰ったのは父上ではないですか!きっと勝てるはずです。それにかつて剣聖が戦ったときのように1人ではなく、今は私たちもいます!」
ウィル1人で食い止めることができているなら、きっと俺たちが加勢にいけば攻勢にでれるはずだ。
そのまま追い返すこともできるかもしれない。
すると父上は悲しそうな表情をみせながら、俺に諭すように言った。
「だからおまえは逃げるんだ。かつての剣聖ウィリアムのように、ウィルにとって技量の劣る者は足手まといにしかならないんだ。守りながら戦うことは剣に戸惑いを生む。剣聖もそれがわかっていたからこそ、常に1人で戦っていたのだ」
俺は愕然とした。ウィルにとって俺は足手まといにしかならない?
確かにそうだろう、今日の訓練でもコテンパンにやられ手も足もでなかった。
だが、今は今だけは共に戦わせてほしい。
自分の国が蹂躙されているのだ、許せるはずがない!
現状を再認識し、再び激しい怒りが頭の中を埋め尽くす。
そんな俺をみて父上は俺の肩に軽く手を置いた。
「ジャッジ、国の為戦って散るのも王の仕事のうちだ。そして恥をさらしてでも落ち延び、逃げて国の再興を図ることは次代の王の仕事。…おまえのことだ。」
「そんな……、しかし…」
自分だけ逃げるなど嫌だ!残された国民のことはもちろん心配だがここで逃げることは俺にはできない。
「それになジャッジ、おまえには生きてほしいと思う。これは王としてではなく、父親としての願いだ。
……おまえには辛い役目を押し付けてしまうことになったな。すまん」
そうなにか迷うように言い終えると、俺の肩に置いた父上の右手が素早く動いた。…ような気がする。
なぜなら俺の意識はそこで途切れてしまったからだ。
「こうするしかなかった。おまえは素直に逃げることはないだろうからな。全く変なとこはわしに似ておる」
そう言いながら意識を失った息子を、父親である国王はゆっくりと床に寝かせる。
そして部屋の扉の前で待機していた騎士団長を呼ぶ。
「もう入ってもいいぞ。」
ゆっくりと扉を開ける騎士団長。床に横たわる王子をみても眉ひとつ動かさず、国王の前に跪く。
「聞こえていただろう。恥ずかしいところみせてしまったな。…ジャッジと残った国民の避難はウィルに任せようと思う。だが、わしひとりではウィルと代わっても大した時間は稼げないだろう。手伝ってくれるか?」
「最期までお供いたします。」
申し訳なさそうに騎士団長に話しかける国王に対し、跪いたまま視線はまっすぐ国王を見据えて騎士団長は返答する。
その表情はまさに命を賭け戦いに挑む男の、なんとも雄々しいものだった。
「うむ。これからのこの国のため、ハートランド王国を担う若者のため、わしたち年寄りは派手に散ろうではないか!そう簡単にやられるつもりもないしな」
そう話す国王の表情も死を恐れるというよりは、遊びに行く前の少年のような表情をしていた。
国王は最後に息子の頬を一度触り、騎士団長とともに部屋をあとにする。
意識を失った王子のいる部屋には、外で行われている激しい戦いの音が響く。
一瞬その音が静かになったかと思うと、大音声でなにかを話す男の声が聞こえ、次の瞬間にはさきほどより激しい戦いの音が響いてくる。
そんなことも知らず俺は夢をみていた。
幸せな内容の夢だったと思う。もしかしたら記憶にない母親も出てきたのかもしれない。
心が満たされるような夢だった。