49
作戦決行前日。俺達は準備を終わらせて館を転移石で出発した。一度ラミィの家を経由してファイスの街に到着した後、街の南門から街道にでる。
そして、人気の無くなった辺りで魔車の出番だ。
「やっぱり街はいつもより活気が無い感じがしたな」
「えぇ。閉まっている店も多かったわ。私はクッキーが買えたから満足だけどね」
魔車に乗りながら、俺がさっき通ったファイスの街の印象を語ると、ラミィがそう返事した。
ラミィの左手には買ったばかりのクッキーが握られている。そして反対の右手は魔車を運転中だ。
器用なやつめ。
俺の考えた作戦決行日は明日だが、今日の内にイーストエンド軍の場所を把握している必要がある為、一日早い出発になった。
ちなみに作戦名は、アルフレッド王に戦争を起こす気を無くさせることが目的だった事もあり、「バターブレッド作戦」とラミィが名付けた。
……由来は、言わずもがなだろう。
「それで?軍が見えたら離れないようにくっついとけば良いのよね?」
「あぁ、そうしてくれ。大人数だから早めに夜営の準備を始めるはずだ。そしたら俺達も向こうにバレないくらいの位置にテントを張ろう」
運転しながら聞いてきたラミィに俺は答える。
イーストエンド軍の大まかな進路は、この前ロック兵長に確認してある。どれだけ急いで進軍していたとしても、まだ国境は越えていないはずだ。
魔車のスピードならそうかからず追い付くだろう。
そんな事を考えていたらラミィが俺に向かって左手を差し出してきた。俺はその手に袋からクッキーを出して乗せる。ラミィの右手は魔車の運転でふさがっているから仕方がないのだが。なんかなぁ。
……俺って確か一昨日国王になったよな?
魔車を止めてお昼休憩を済ませ、再度走り出してどれくらいたっただろうか。やや太陽が傾いてきた頃、前方を見つめていたウィルが声をあげた。
「いました!前方約2キロに多数の人影があります。おそらくイーストエンド軍でしょう」
ウィルの言葉に前方に目を凝らすが全く見えない。相変わらずとんでもなく目が良いな。
ウィルの言葉を信じ、今までより速度を落として走っていると、確かにイーストエンド軍が見えてきた。離れているここから見ても分かるかなりの大人数だ。
「いたわ!それにしても多いわね。あれで何人位なの?」
「ロック兵長の話だと今回は2万の兵を集めたらしいな」
「2万!?そんなに人が集まってる所見るのは初めてだわ」
イーストエンド軍の多さにラミィは驚いているようだ。それもそうだろう。ラミィのよく行くファイスの街の総人口より多いのだから。俺だってあんな沢山の人を一度に見るのは初めてだ。
「それじゃ、離れた所から並走するわね」
そのラミィの発言の後、魔車は今までより更にゆっくりとしたスピードで走り始めた。俺の目にははっきりと1番近い兵士が見えているが、向こうからは見えていない為安心して並走することができる。
そろそろ夕方になるという頃、イーストエンド軍は夜営の準備を始めたようだ。
多くの兵士達が泊まる簡易テントとは違う、明らかに豪華なテントが奥に見える。あれがアルフレッド王の今夜の宿であろう。
このような遠征を、国王自らが率いる事は異例と言っていい。おそらく今回の侵攻戦争の勝利を確信しているのだろう。
…まったく。前回マフーン軍を殲滅することが出来たのはウィルのおかげだというのに、いい気なものだ。
俺達はイーストエンド軍の夜営地から離れた場所にテントを張った。ここなら向こうからは見えないだろう。
「それでは、行ってきます」
「頼んだ。くれぐれも見つからないようにな」
「はい」
すっかり夜も更け、辺りが暗闇に支配された後、ウィルはそう言って出掛けていった。
今からウィルはイーストエンド軍の夜営地に向かい、あらかじめ打ち合わせておいた場所で、ロック兵長と合流する事になっている。
もう時間的に見張りの兵ぐらいしか起きていないだろう。ロック兵長は抜け出したりして大丈夫なのだろうか?心配だ。
それからしばらくして、ウィルが帰ってきた。
「ただいま戻りました。無事ロック兵長と合流し、明日の最終確認も行ってきました」
「ありがとう、ウィル。なんか変わったこととか言ってなかった?」
俺はウィルが無事帰ってきたことに安心しながらも、明日の作戦に変更を及ぼすようなことがなかったか確認する。
「いえ。特にございません。イーストエンド軍も予定通りの進路をとっているとロック兵長も話していました。…ただ、1つだけ気になることも聞きました」
「気になること?」
俺が聞くと、ウィルは少し困ったような顔をして答える。
「はい。実はアルフレッド王が私とジャッジ様を、特に私のことを探しているようなのです。今回の行軍中も、似顔絵のような物まで準備して、部下に他の街の者に聞いて回らせているそうです」
「ウィルのことを?まさか、まだ諦めてなかったのか!?」
あれだけはっきり断ったのにしつこい王様だ。使者から報告を受けてないのだろうか?
……まぁ、実際断ったのはラミィだったわけだが。
ウィルもうんざりした顔をして、俺に返事をする。
「どうやら、そのようです。私がジャッジ様以外に仕えることなど有り得ないというのに」
「まぁ、前回のマフーン戦でのウィルの働きは凄かったからな。あれだけの強さを見せられたら、どこの王様でも自分の軍に欲しくなるよ」
実際ウィル1人で一体何人分の兵の働きをするだろう?それを考えたら、アルフレッド王の気持ちもわからなくはない。
俺だって、もしウィルが敵にまわったらと考えたらゾッとするもんな。
「そういうものでしょうか?」
ウィルは自分の凄さに気づいていないのか怪訝な表情だ。
「そういうもんだよ。それより、そういうことならウィルを連れて正面から乗り込んでも大丈夫そうだな」
「……おそらくは。もし、アルフレッド王がジャッジ様に危害を加えようとしてきたら、取り巻き諸とも切り捨てますので!」
「お、おぉ…。頼むよ」
ウィルの気迫に押されつつも、これで明日の作戦決行はほぼ確実なものになったとホッとした。
その後イーストエンド軍の夜営地まで忍び込んで、疲れているであろうウィルに早く休むように伝えて、俺も魔法のテントに入った。
テントの中では、ラミィがお茶を飲みながら起きて待っていてくれた。
俺はそんなラミィに声をかける。
「起きて待っててくれたのか?先に寝ててもよかったのに」
「アンタなんか待ってないわよ。私はお茶が飲みたかっただけなの」
そんな強がりを言うが、目はとろーんとして瞼は落ちそうだ。
俺もウィルと話していたら喉が乾いた。お茶を1杯飲んでから寝ようと、コップにお茶を注ぎラミィの前に座る。
「なぁ、ラミィ。本当に魔女だとバレてもいいのか?まだ今ならなんとかなるぞ?」
眠そうなラミィにそう声をかける。
ラミィが魔女だとばらさない方法の作戦も考えてはいる。ただその場合、作戦の効果が弱くなってしまうのだが。
「あぁ、いいのいいの。前にも言ったけどアンタ達と一緒にいたら、魔女なんて大して珍しくもない気がしてきたしね。それに私になんかあったらアンタ達が守ってくれるんでしょ?」
ラミィは手をひらひら振りながらそう答える。本当にあまり気にしていないようだ。
だが、魔女だと知られたら危険な目にあう可能性は十分あると思う。ウィルのように戦力として狙われるかもしれない。そんなときは俺とウィルで守ってあげないとな。
そう決意した俺はラミィに向かって、
「もちろん。俺が、全力で守るよ。だからこれからも、安心して俺の側にいてくれ」
と、話すとコップを片付け「おやすみ」と、ラミィに言うと寝室に向かった。
寝室に向かっている途中で後ろから、
「ま、また。ぷ、ぷろ、ぷろぽー……プシュ~…」
と、何かが蒸発するような音が聞こえたが、きっとまたラミィが1人で何か勘違いして興奮しているだけだろう。
………今回のは俺も確信犯だが…。ニヤリ