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俺達が街の整備に着手してから1ヶ月が経とうとしていた。暦の上ではもうすぐ今年も終わる事になる。
コツコツと3人で進めた作業は、合間に食料の調達や休日なども挟みながら少しずつ進んでいた。今では全体の半分程終わっている。
そんなある日の夕食時の事だった。昼からファイスの街まで、転移石を使って買い出しに行っていたラミィが気になる事を話し出した。
「そういえば今日気になる事を聞いたのよ」
「気になる事?なんだ?」
そう俺は魚の煮込みを口にしながらラミィに聞いた。
この料理は魚の臭みがなくてとてもおいしい。
「食材を買った後、いつもの菓子店に寄ったんだけどね。そこの店員がもうすぐ男達が徴兵されて戦争に行かないといけないから、大変になるって言ってたの」
「戦争ですか?」
ラミィの言葉にウィルが反応する。マフーン軍を撃退したことでも思い出したのだろうか。
ラミィはウィルの方をチラッと見ると話を続けた。
「えぇ。どうやら今度はイーストエンド王国の方からマフーン王国に攻め入るみたいよ。バカよねー。この前の戦争だってウィルがいたから勝てたんでしょ?」
「なに!?今度は自分から戦争を仕掛けに行くのか?アルフレッド王は一体なにを考えているんだ?」
驚いた。この前の戦いからまだ一月しか経っていないのに。そんなに戦争がしたいのか?
俺がそんなことを考えていると、隣でじっと何かを考えていた様子のウィルが口を開いた。
「……おそらくですが、マフーン軍の戦力が落ちている今が好機だと思ったんじゃないでしょうか?」
「戦力?」
「はい。この前の戦いで6000もの兵力と、将も失ったわけですから。マフーン軍にとってはかなり痛手だったはずです」
…なるほど。この前ウィルが1人で6000人ものマフーン兵を皆殺しにしたせいで、マフーン軍の力が弱まってしまったのか。……まぁ、俺も1000人位は手伝ったけど。
そこをついてアルフレッド王はマフーン王国に攻め入ろうとしているって事だな。あわよくば、領土でも奪おうって腹だろう。
「……俺には全く分からんな」
俺がそうポツリと呟くと、ラミィが俺に言った。
「アンタは分からなくていいのよ。むしろ分かってもらったら困るわ。もし、アンタがそんなバカ王達の真似をし出したら、私とウィルが真っ先に止めてあげるわ。ねぇ、ウィル」
「えぇ。ジャッジ様は己の信じる王道をお進みください。万が一、億が一、間違った道をお進みになっていることが明らかならば、私とラミィ殿がお諌め致します故ご安心下さい」
「ハハハ。ウィルとラミィに止められたら、俺じゃどうしようもないだろうな。なんたって剣聖と魔女だからな」
2人の気持ちがうれしくて、俺は思わず冗談めいた返事をしてしまう。
その時、ふとあることが頭に浮かんだ。
「もし戦争になればロック兵長達も戦うんだろうか?」
俺がそう疑問を口にすると、ウィルとラミィもロック兵長のことを思い出したようだ。
「……おそらく。最低限、街の守備に兵は残すでしょうが、多くの兵は戦場に向かうでしょう」
「だよなぁ」
きっと責任感の強いロック兵長なら、自ら進んで戦場に向かうだろう。ただ、今度は街を守るためではなく、敵の国に攻め入るのだ。その気持ちはいかほどだろう。
「一度ファイスの街の様子を見に行ってみようか?2人はどう思う?」
俺がそう問いかけると、2人は少し考えた後俺の考えに賛成してくれた。ただし、俺とウィルは顔が売れているので変装していく事になった。
「いやー、たった1ヶ月しか経ってないとはいえ、なんか懐かしい感じがするな」
「そうですね。剣術道場のその後も気になります」
「私はこの前も来たから別に懐かしくもないわ」
俺達は約1ヶ月ぶりのファイスの街を歩いていた。
ラミィはいつもの格好だが、俺とウィルは変装済みだ。
俺は帽子を目元まで深く被り、ウィルはつけ髭にカツラまで被っている。
「こ、ここまでするんですか?」
と、ウィルは困惑していたが、この街の英雄とも言えるウィルにはこの位必要だろう。
「さて、来たはいいがどうしようか?」
と、相談した結果、とりあえずウィルの経営していた剣術道場の様子を見に行くことにした。
俺達がちょうど噴水広場を歩いていると、
「………失礼、もしかして、ウィル殿ではありませんか?」
と、背後から声を掛けられた。
まさかバレるとは思っていなかった俺達は、3人してビクッと反応してしまい、声のした方を振り向いてしまう。
「あー、やはりウィル殿だ。お久しぶりです」
と、なぜかいつもの装備を纏ったロック兵長が、確信を持ったように挨拶してきた。
しかもウィルだけに。
これはもう仕方ないと変装を取ったウィルは会話に応じる。
「……お久しぶりです、兵長。しかし、なんで私だと分かったんですか?結構この変装には自信があったのですが…」
ウィルの言葉を聞いたロック兵長は、少し怪訝な顔をしながら返答する。
「変装……ですか?すみません。あまりお顔の辺りまでは
見ていませんでした。しかし、ウィル殿のその見事な筋肉は隠せていませんでしたので、すぐ分かりました」
「き、筋肉ですか?」
「えぇ。ウィル殿の引き締まった中にも力強いその肉体は見間違えようがありませんから。ハッハッハ」
などど笑っている。
どうやらロック兵長は人を筋肉で識別しているらしい。俺から見ると、服を着ているときのウィルは細身でもあり、その辺の人と特に変わりはないと思うんだが…?
そこまで考えた時、この街に来た主旨を思い出した俺はロック兵長に声をかけた。
「ロック兵長お久しぶりです。実はまた戦争があるとの噂を聞いたんですが…。本当ですか?」
俺が声をかけるとロック兵長は少しビックリした様子で俺の方を見て、前とは違った言葉遣いで返事する。
「おおっ!ジャッジ様もいらしていたのですね。今日もラミィ殿と仲睦まじいご様子でなによりです」
「…………ロック兵長?言葉遣いは以前のままでいいですからね。別にロック兵長の国の王ってわけでもないんですから。それより、どうなんです?やはり戦争に行かれるんですか?」
おそらくこの街を去る際、俺が王子だと教えたせいで妙な言葉遣いをしているのだろう。
「そ、そうですか?他国の王であろうと王は王なんですが…。まぁジャッジ様がそう仰るなら。あぁ、それと戦争の件ですが、事実です。マフーン国侵攻が決定しもう徴兵も済んでいます。実は私も参加することになりまして、出発は明日なんですよ」
やはりラミィの聞いてきた話は本当だったようだ。
しかも出発は明日だという。このままロック兵長を戦争に行かせるのもなんか落ち着かない。どうしたものか…。
と、俺がロック兵長の言葉を受け悩んでいると、
「ところで、ジャッジ様達はどのようなご用件でこの街に来られたのですか?まさか戦争に参加しに来られた訳ではないでしょうし…」
「ハハハ、まさかそんなわけ………」
と、ロック兵長の言葉に向かってそこまで話したとき、俺はあることを思い付いた。
「ウィル。ラミィちょっといいか?」
と2人を呼び寄せ、俺はロック兵長には聞こえない位の声量で話し始める。
「これから俺が話すことは、ただの思い付きだ。……いや、きっとわがままだろう。それを念頭に置いて話を聞いて欲しい。そして無理なら無理とはっきり言ってくれ」
俺がそう前置きを話すと、2人は怪訝な顔をしながらも頷いてくれた。
それをしっかり確認して俺は本題に入った。
「この国がマフーン王国に侵攻をしかけるのはもう避けられない。そして、ロック兵長達がそれに参加する事も」
俺の話を聞きながら、2人は何を分かりきったことを話しているのか?という感じで頷いていた。
「そこでだ。………俺はそれを止めたいと思ってる」