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「まずこのウキをつけて、そのあと重り、最後に針だ。あぁ、ウキの上にウキ止めを付けるのも忘れるなよ」
俺はラミィに魚釣り講座を開いていた。
ラミィも真剣に聞いてくれている。危なっかしい手付きだが、俺の教えた通りに糸を結んでいる。
「……こ、これでいい?」
「あぁ。上出来だ。そして最後にこの針にエサを付けたら完成だ」
そう言いながら、さっき捕まえておいたミミズを針に付ける。それを見ていたラミィも、「こ、こうかしら?」などと言いながらおっかなびっくりミミズを針に刺している。
ラミィはミミズは平気なようだ。女の子はこういうのは苦手だと思っていたから意外だった。他の虫も平気なのだろうか?今度聞いてみよう。
何度かタナを調整しながら魚のいる場所を探る。その場所を探り当てたら、後はウキが沈むのを待つだけだ。
ラミィの竿も俺と同じ様に調整し、2人でウキが沈むのを待ちながら岩の上で日向ぼっこをしていた。
「……なぁ、ラミィ。俺と一緒に来て後悔してないか?」
俺は、ふと疑問に思っていたことをラミィに尋ねる。
ラミィはそんな俺の顔をチラッと見たが、すぐにウキに視線を戻し返事した。
「するわけないじゃない。やっと私の事を全部話してもいい人に出会ったんだから。アンタが嫌って言うまでは付いていくわよ」
ラミィにしては珍しく素直に答えてくれた気がする。きっとウキを見るのに夢中で、他の事に気を回している余裕がないんだろう。
……いつもこれならもっと可愛いんだけどなぁ。
「……そうか。俺もずっとラミィには(仲間として)側にいてほしい。頼りない俺を(仲間として)支えて欲しいと思ってるよ」
「ふーん、そうなのね。………って!?えぇ!?(恋人として)側にいてほしい?(妻として)支えてほしい?ですって!?」
ラミィは急に真っ赤な顔で慌てだし俺の方を向く。
しかしその瞬間、ラミィのウキがびくぴく動いているのが見えた!
「!?ら、ラミィ!ウキ!ウキが動いてる!合わせろ!」
俺はラミィに向けて叫ぶように声をかける。
ラミィも俺の叫び声でウキに視線を戻し、手に持った竿を頭上に掲げるようにして合わせた。
すると、しっかりと針に掛かった大きなイワナが水面から飛び出すように現れ、ラミィの座る岩に打ち上げられた。
「や、やった!!釣れたわ!見て見て!」
「すごいじゃないか!今日1番大きいぞ!」
跳び跳ねて喜ぶラミィ。近くで見ると俺が釣ったイワナの2倍はある、大イワナだ。
ニコニコと笑顔で大イワナを手に持ち、俺に自慢するように見せてくる。そんなラミィの笑顔を見て、俺はこれからもラミィと一緒にいようと心に誓った。
それからしばらくの間、滝壺にはラミィのはしゃぐ声が響いていた。
2人合わせて10匹釣ったところで今日はもう帰ることにした。これ以上釣っても食べきれないし、あまり1度に釣りすぎると数が減ってしまうからだ。これからも魚は貴重な食料になってくれるはずだから、大事にしていこう。
館への帰り道、ラミィが何かを思い出したように俺に向かって、
「……さ、さっきのは。ぷ、ぷろ。ぷろ……ぽーず?」
と、訳のわからないことを小声で聞いてきたので、
「ん?ぷ、ぷろ?ぷろ…?なんだって?……あー。プロだって言いたいのか?あれ位でプロなんて言ってたら笑われるぞ。俺だってまだ大きいイワナを釣ったことがある!」
と、しっかり教えておいた。俺以外に魚釣りのプロなんて言って、ラミィが恥をかいたらかわいそうだからな。でも、釣りを気に入ってくれたならよかった。また、一緒に行こう。
俺達が館に帰り着くと、既にウィルは猪と兎の解体を済ませていた。どうやら2頭ずつ仕留めたようだ。
「ただいま、ウィル。たくさん狩ってきたな。食べきれない分は干し肉にでもするのか?」
「はい。塩漬けと薫製にしようと思います。熊も狩りたかったのですが、まだ冬眠中のようで姿が見えませんでした」
相変わらずウィルは有能だな。と、俺が感心しているとラミィが魚自慢を始めた。
「見なさい!このイワナは私が釣ったのよ!今日1番大きいのよ。1番よ!」
と、大イワナを手に取りウィルに自慢している。
それを聞いたウィルも、
「おぉー!すごいですね。さすがラミィ殿!これは今夜のメインディッシュに決まりですね」
などと、おだてている。
……どうもウィルはラミィに甘い気がする。というより、まるで臣下のような態度をとることが多い。さてはラミィが俺の妻、つまり王妃になると踏んでいるな?
………ま、まぁいいか。その可能性もなくはないのだし。
その日の夕食は3人で庭でバーバキューをした。材料はウィルの獲ってきた猪と俺とラミィの獲ってきたイワナだ。
どちらも獲れたてで新鮮だった為とてもおいしくて、3人とも食べ過ぎてしまった。
その夕食の際、少し高くなっている館の庭から、廃墟となった街の方を眺めていたウィルが、
「街もこのままではいけませんね。なんとかしないと」
と、言っていた。
確かに、今では廃墟となっているが、いずれはここに住民が住むことになるはずだ。残っている建物の撤去や、整地。さらに街を囲む柵の設置などやることはまだまだある。
「……そうだな。明日からは街方に手をつけようか。とりあえず俺達3人が暮らしていく目処はたったしな」
「はい。そうしましょう」
俺がかつてここから見ていた、街の灯りを取り戻せる日はくるのか?
いや、必ず取り戻して見せる!
次の日から俺達は街の状況確認と、廃墟となった建物の撤去作業を行うことにした。
まずは、残っている建物を一つ一つ確認していったのだが、使えそうな建物はなかった。どれも焼け落ちており、形を保っているのは石やレンガで出来ている部分だけだった。
「これは、全部壊してしまった方が早そうですね」
「そうだな。全部壊して1から新たに街を造り上げていくのもいいかもな」
そう決まった後、みんなで分担して作業することになった。
俺は土魔法でレンガや石を土に戻せないかな?と思い、試してみたが上手くいかなかった。ラミィにも聞いてみたが、土魔法はその名の通り、土に作用する魔法なので人工物や石、岩といったものを動かす事はできても、変化させるのは難しいということらしい。
そこで俺達が考えたのは、まずガレキを一ヶ所に集める。ある程度集まったら俺かラミィが土魔法で穴を掘る。そこにガレキを埋める。という方法だ。
すべて元は土から出来ている物だから、長い年月をかけていずれは土に還ることだろう。
この方法をとるようになって作業のスピードがグンと上がった。
その日の夜、休憩を挟みながら一日肉体労働に汗を流した俺は、ウィルと風呂に浸かり疲れをとっていた。
「あー。気持ちがいいなぁ」
「えぇ。疲れがとれていく気がしますね」
俺の独り言にも返事してくれるウィル。いいやつだ。
「しかし、1日作業してあれだけとは…。先は長いな」
今日一日3人で作業した土地は、全体の5%にも及んでいないだろう。ガレキを一ヶ所に集めるという作業に時間がかかってしまうのだ。
「仕方ありません。こういう作業は人手が多いほど効率が良いものです。それを私達は3人でやろうとしているのですから」
「そうだよなぁ。やっぱり大事なのは人か。その為にも早く住民が戻ってきやすい環境にする必要があるな」
昔のように賑やかなハートランド王国を取り戻す為には、こういった地道な努力を続けていくしかないのだろう。明日からも頑張らないとな。