4ープロローグー
母親がいわゆる魔女であったと父上から告げられ、俺はなんと父上に返事していいか分からず黙り込んでしまった。
別に母親が魔女であろうがなんであろうが構わない。
この世界で魔女は特に忌避される存在ではないのだ。
もちろん魔法を使う存在というのは恐ろしいし、施政者達にとっては脅威以外の何者でもないだろう。
ただそもそもいるかどうか分からないような存在なのだ。
絵本にもなっており、子供たちにとっては憧れの存在といってもいいくらいだ。
「…それが母上が亡くなった理由ですか?」
俺が絞り出すように返事をすると、父上は深く頷いた。
「そうだ。魔女は長い寿命を得るかわりに基本的に結婚、出産などはしない。魔女と呼ばれているように女しかいないのだ。わしたちのような人間の男と結ばれても寿命のせいで自分だけが生きながらえてしまう。それを嫌うのだろう」
なるほど、そう言われると納得できた。
愛する人が死んでいくのを自分は若いまま看取るのは辛いことだと思う。
いつまでも若いままだと、家族だけではなく周りの目も気になることだろう。
だが、それでも一人孤独に生きるよりはマシじゃないだろうか?
そのへんの感覚までも俺たちと魔女は違うのか?
俺が不思議そうな顔をしていたのだろう。父上はまたも軽く頷きながら言葉を続けた。
「魔女もみんながみんな孤独に生き、孤独に死ぬわけではない。もともとは普通の人間の両親から生まれるのだ。そして魔女として自覚する頃には、先輩の魔女にさらわれるように連れ去られるらしい。おまえの母親もそうであったと話していた」
初めて聞く話にすっかり夢中になってしまっている。
こんな状況なのにだ。
外ではまだ戦いが続いているのだろう。時折呻き声のようなものや、なにかが破壊される音も聞こえる。
だが、今はどうでもいいとすら思える。
初めて聞く母親の話、そして自分自身の出生の話なのだ。
「おまえの母親もそうやって魔女として生きていく中でわしと出会った。前例がないわけではない。人間と添い遂げようとする魔女も数は少ないがいるらしい。
ただ、子を産むと魔女自身は必ず死ぬと言い伝えられていたそうだ。それなのにおまえの母親はおまえを産むことを選んだ…。魔女として生きるより、妻として、母親として死ぬことを選んだのだ。」
「なっ!死ぬと分かっていて私を産んだのですか?」
俺は驚き父上の顔をみつめる。
産まないことを選べば自分はここにいなかったとはいえ、死と引き換えに産んだときくと驚かざるをえない。
「そうだ。そしてそのおかげでここにおまえがいる。わしに息子と過ごすかけがえのない時間をくれた。最期のときもおまえを抱きながらそれは幸せそうであった。」
去りし日を思い出しているのだろう、父上の頬にはいつからか涙が幾筋も伝っていた。
だが、表情は悲しそうというより満足げに微笑んでいるようだ。
「それは…父上も納得のうえだったのですか?」
もしかしたら父上にとって俺は望まなかった子なのかもしれない。そう考えると正直聞くことは怖かったが聞かずにはいられなかった。
「当たり前だ。わしはおまえの母親にベタ惚れだった。なんでも望みを叶えてやると、大きな事を言って妻にきてもらった手前断ることなんてできるものか。まさかその愛する妻自身が死ぬことが条件の望みだとは思いもしなかったがな。そしておまえが産まれた。そのことにわしも、そして死んだ妻も後悔は一欠片もない」
まさかこんな緊迫した状況で、父親の口から両親ののろけ話を聞かされるとは思ってもみなかった。
なんだか俺の方が恥ずかしくなってきた。
よかった、父上と二人きりで。
「これがおまえの出生の秘密だ。おまえには魔女の血が流れている。もしかしたらおまえも魔法が使えるかもしれない。まぁ前例がほぼゼロだから正直分からんが。
ただ、世界のどこかに魔女は必ず生きておる。知りたければ魔女を探り当て聞いてみろ」
父上は今まで黙っていた秘密を話せてすっきりしたのだろう。晴れ晴れとした表情をしている。
まったく勝手なものだ。その変わった人生を生きていくのは俺だというのに。
その人生も風前の灯だが…。
「さて、いよいよ時間は無いようだ。残りの話は手短に済ませよう」
そうだった。父上は話しておかなければならないことが、いくつかあると言っていた。現在の状況で母親の話と並ぶほど価値のある話などあるのか?
そんな俺の疑問に構うことなく父上は話し始めた。
「話とはウィルのことだ。あいつは強い。というか世界中探しても、個の強さでウィルに並ぶものなどいないかもしれない」
「確かにウィルは強いと思います。ですが、それはさすがには言い過ぎではないですか?」
さすがに世界最強は言い過ぎだろう。まだ見ぬ世界には強い者などいくらもいるだろう。
「それがそうでもないのだ。ウィルがこの国に初めて来たとき、あいつはひとりの老人に連れられていた。わしはその老人とは古い知り合いでな、名をウィリアムと言う。世間では剣聖ウィリアムと呼ばれることが多いな」
「剣聖ウィリアム!?あの伝説の剣聖ですか?」
俺はまた驚いて聞き返した。さっきから驚いてばかりだ。
剣聖ウィリアム。
剣を志す者なら皆が目指す、剣の深淵にたどり着いたとされる者だ。
その一振は海を割き、雷をも切ったという。
最も得意としたのは長剣だが、武器を選ばず槍や斧、弓矢などありとあらゆる武器を使いこなしたと言われている。
特定の国に所属することはなく、世界中を旅しながら各地で数々の逸話を残している。
ある紛争地帯では侵略軍に単身立ち向かい、一万の兵を打ち倒し敗走させただとか。
またある国では迫害されていた少数民族に味方し、またも単身戦い結果的に少数民族の自治権を勝ち取っただとか。
とにかく剣聖ウィリアムに関する逸話には事欠かない。
特に少数派に与することが多く、権力には屈しない姿勢が大衆の人気も獲得している。
生きていたとしたらかなりの高齢なはずだが、まさかこの国を訪れていたとは…。
「そうだ。そのウィリアムだ。一時期縁あって共に旅したことがあってな。その縁もあってかウィルを預かってほしいとこの国にやってきたのだ。」
父上が剣聖ウィリアムと知り合いとは…。
王位を継ぐまでは世界中を旅していたとは聞いたことがあるが、父上はいったいどんな旅をしていたんだ?
もっと詳しく聞いておくべきだったなと、今さらながら強く思う。
「ウィリアム曰く、ウィルには剣聖であるウィリアムを凌ぐほどの剣の才能があるらしい。血の繋がりは無いが孤児であったウィルを一目見た途端分かったらしい。その後はウィルを養子とし、自分の全てを教えながら旅をしてきたと話していた。名前もウィリアムからとって与えたそうだ」
「ということは、ウィルは剣聖ウィリアムの剣技を受け継いでいるということですか?」
「そうだ。わしが預かった時点で自分とほぼ互角の実力があるとウィリアムは太鼓判を押していた」
それが本当だとしたらとんでもないことだ。
しかもウィルはここ数年武者修行の旅に出ていて、ほんの10日程前に帰ってきたばかりだ。
さらに実力は増しているだろう。
つまり今のウィルはかつての剣聖を凌ぐ程の強さを身に付けているということになる。
それならば、先程みたあの強さも納得できる。
あの限定された場所ならば、多数の敵の数であろうと館を守ることは不可能ではないだろう。
「なぜ剣聖は父上にウィルを預けることにしたのですか?そして剣聖は?また旅に出られたのですか?」
ウィルとはまだじっくり話をしたことはないし、育ての親の話など過去のことは聞いたことはない。
「人間いくら強くても老いには勝てないのだ。寿命にもな。ウィリアムは死期を悟ってわしのことを思い出したんだろう。争いの無いこの国のこともな。今はこの国を見下ろせる静かな場所に眠っておる。もし機会があればウィルに尋ねて訪れてみるといい」
そこまで話すと父上は肩の荷が降りたかのような穏やかな表情になり、俺を見つめ直した。
そして手を伸ばし、ふたたび机の上の緑茶で唇を湿らす。
「これでもうおまえに話しておくことはない。長々と話をしてすまなかった。もっと早くに話しておくべきだったのかもしれん。だがこうやっておまえと話をする機会が最後にあったのも意味があるのだろう。おまえの母親がこの時間を作ってくれたのかもしれんな」
きっとそうだろう。顔は覚えていないが俺をこの世に生み出してくれた母上の強い気持ちは、父上の話から十分に伝わってきた。
どうやら俺は両親から深く愛されていたらしい。