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イーストエンド王国、王都にある城の執務室でアルフレッド王は大臣からの報告を受けていた。
「うむ。それでそのウィルとやらはなにをしている男なのだ?」
「ファイスの街で剣術道場を営んでいるようでございます」
「……そうか、わかった。すぐに城に呼び寄せるよう馬を走らせよ。その強さ、他国に取られるわけにはいかん」
「はっ。直ちに」
先程大臣から、ファイスの街での戦の様子の報告を受けたアルフレッド王は、1人の男の活躍に驚かされた。なんと、たった1人で6000ものマフーン軍を蹴散らしたと言うではないか。もし、それが本当なら是非我が軍に欲しい。いや、なんとしてでも引き入れなくてはならない。その力があれば周辺の国々を攻め落とし、イーストエンド王国が大国となる日がくるかもしれない。
アルフレッド王はその日を夢見てニヤリと笑う。
「ジャッジ様。それでは少し出てきます。遅くなるようなら先にお休みください」
「あぁ。ウィルも大変だな。俺は家にいるから安心して行ってこい。気を付けてな」
俺はラミィとの訓練、ウィルは剣術道場での指導を終え、家で夕食を取り終えた直後。ロック兵長がウィルに話があると訪ねてきたのだ。
別に家で話をしてもよかったのだが、話が長くなり俺がゆっくり休めないのでは?と、いつもの過保護ぶりが出たウィルは、ロック兵長と連れだって外に出ていった。きっと、お酒の飲める店にでも行くのだろう。たまにはウィルにも息抜きが必要だ。
俺はゆっくりしようと、リビングでラミィの家から借りてきた小説を広げる。ラミィが「オススメよ!」と言っていたから借りてきたのだが、中身はなかなか過激な恋愛小説だった。ラミィが時折変なことを言うのは、こういう本ばかり読んでいるからだろう。
しばらく小説を読んでいた俺が、そろそろ寝ようかと席を立とうとしたとき、扉の開く音がしてウィルが帰ってきた。
「おかえり。思ったより早かったな」
扉から入ってくるウィルを見ながら俺は声をかけた。しかし、珍しいことにウィルは俺に返事をすることなく、上着も着たままでリビングの椅子に腰かけた。その表情は暗く、沈んでいると言っていいだろう。
そんないつもとは違うウィルを見て不安になった俺は、再度声をかけた。
「……ウィル?どうしたんだ?何かあったのか?」
そこで、やっと俺がいることに気付いた様にハッと俺の方を見たウィルは、重たい口を開いた。
「……ジャッジ様。まだ起きておられたのですね。てっきり、もうお休みになっているかと」
「あぁ。本を読んでた。…って、そんなことはいいんだ。何かあったのか?」
やはり、ウィルの様子がおかしいと感じた俺が再度同じ質問をすると、ウィルはやっと答えてくれた。
「…実は、先日のマフーン軍撃退の件で、イーストエンド王国のアルフレッド王に王都に呼び出されました」
「アルフレッド王に?褒美か何かか?」
イーストエンド王国のアルフレッド王の噂は聞いたことがない。悪い噂も聞かないが、賢王だという話も聞かないから、まぁそういうことだろう。よくいる血筋だけの平凡な王というやつだ。平和な時代ならいいのだが、この乱世では一番危険なタイプだとも言える。
ウィルは俺の質問に首を1度振った後、再び重そうに口を開いた。
「違います。この話はロック兵長がこっそり教えてくれたのですが。……アルフレッド王は、私を召し抱えたいようなのです」
「なっ!?ウィルを?」
ウィルの話に驚き、思わず椅子から腰を浮かせてしまう。
「落ち着いてください。私がジャッジ様の元を離れることはありません!……しかし、断ると私どころかジャッジ様も目をつけられてしまうかも知れません。私はそれが心配で…」
ウィルの言葉にホッと息を漏らし、俺は椅子に再び腰を下ろした。
ウィルがいなくなるなんて考えたくもない。だが、この国の王からの誘いを断れば、ファイスの街に住み続けることは難しくなるだろう。
……まぁそのときは街を出ればいいだけだ。そう考えた俺は明るくウィルに声をかける。
「なんだ。そんなことか。俺のことは気にするな。それより、急いで街を出た方がよさそうだな。その呼び出しはいつなんだ?」
俺が気にしていないことが分かったのだろう。先程よりは顔色はよくなったが、まだ沈んだ声でウィルが返事する。
「明日、王の使者が私のもとを訪れるそうです。そして、その足で王都に向かう予定だとか。ジャッジ様、どう致しましょう?」
「明日!?また急な話だな」
明日とは驚いたが、まだ前日に分かっただけ対策がたてられる。おそらくロック兵長は、ウィルが王の申し出を断ると分かっていたから事前に教えてくれたのだろう。ロック兵長には感謝しなくてはいけないな。
「うーん…。俺はいますぐに街をでても構わないんだが、ウィルは道場があるからそうもいかないだろう?前言ってた引き継ぎはすぐにでもできるのか?」
俺が剣術道場のことを案じてそう質問する。すると、ウィルは少し考えたあと答えた。
「…明日1日でなんとかします。しかし、そうなると明日の使者はどう致しましょう?はっきり断ってもよろしいですか?」
「そうだな。どうせこの街、いや、イーストエンド王国を出ていく事は決まったんだ。はっきり断った方がいいだろう」
「わかりました。ジャッジ様がそう仰るなら」
そうして、俺達の間で話はまとまった。
ウィルは今夜のうちに出来る事をしておくと言い残し、また出掛けていった。俺は5年暮らした家の中の荷物を整理していたが、持っていく荷物が想像異常に多くなってしまった。
どうしたものか…。と、悩んだ後ラミィの魔法の袋を思い出した。明日街を出る事が決まった事を伝えるついでに貸してもらおうと決めた。
ついでに魔車も使わせてくれないかな?あれなら3日も走り続ければハートランド王国に着くだろう。
次の朝、俺が目を覚ますとウィルはもう出掛ける準備を済ませていた。俺が寝たあとに帰ってきたはずだが、寝る時間はあったんだろうか?
そんな俺にウィルは朝食の皿を差し出しながら話し始めた。
「おはようございます。昨夜は遅くなりましたが、なんとか今日中にこの街を発てる目処がたちました。あとは、道場に行けばなんとかなると思います。早ければ夕方には出発できそうですが、ジャッジ様はどうなさいますか?」
「俺か?俺はラミィに旅立つことを伝えてくるよ。あいつも準備があるだろうしな」
俺も、昨夜考えていたことをウィルに話す。
そうして俺達は、それぞれこの街でやるべき最後の事を成すために家を出た。次に帰ってくるのは街を発つ予定の夕方だ。