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城壁の上から様子を見ていた俺は、無事岩が崩れ水が流れ出す様をみてほっと安心していた。
「よかった。上手くいったみたいだ」
昨夜、ウィルとともに街を抜け出し、溝をほり大岩を作ったのだ。溝を掘る作業はマフーン軍に気付かれないよう慎重に行ったため、時間はかかったが難しくはなかった。
問題は大岩だった。中が空洞になっている岩を土魔法で作ったはいいが、その中に水を入れるのを忘れていたのだ。仕方がないのでウィルに岩の上まで抱き抱えて跳んでもらったのだが、これが怖かった。
足が震えるのを堪えながら、岩の上部に穴を空けそこから水魔法で岩の内部をいっぱいにした。俺が手加減せずに水を出したのに、一杯になるまで結構時間がかかったから、かなりの量の水が入ったはずだ。
あとはウィルが槍を投げる予定の岩の表面を、水が漏れる限界まで薄くし作業は完了した。
作業にかなり時間が掛かったため今日は寝不足だ。
「あとはウィルの出番だな。頼むぞウィル」
無事水がマフーン軍を押し流したのを確認したウィルは、腰の剣を抜きゆっくりと溝に向かって歩いていた。
激流に流されたマフーン軍は1000名程であり、もう戦闘不能だろう。武装した人間を溺れさせるには、1メートルの深さの激流があれば十分すぎる。オーバーキルだろう。
「さて、残りは5000か。……問題ないな」
そう物騒なことを呟きながら、溝まで辿り着いたウィルは、少し助走をとり30メートルはある溝を飛び越えた。
ウィルが着地した地点にも多数のマフーン軍がいたが、突然溝を越えて現れた男に動揺を隠せない。
「な、なんだお前は!?」
「ちっ!て、敵だ!やれっ!」
と、ウィルを敵と認識し切りかかってきたが、ウィルの剣の一凪ぎであっさりとその命を散らせた。
そこからのウィルは凄まじかった。
手にした剣の一振で10名程の敵兵を斬り殺し、剣が駄目になれば足元に転がっている敵の武器を使い、敵兵の足を持ち振り回したりと、鬼神のように暴れまわった。それはまさに阿鼻叫喚の光景だった。
「な、なんだ!?なにがどうなってる!?」
マフーン軍後方にいた為、直接激流には流されずにすんだジャフ将軍は、狼狽しながら周りの兵に聞く。
「わ、わかりません!ただ、前方の兵は突然現れた激流に流されたようです!」
「げ、激流だと!?そんなもん一体どこから現れたんだ!?川とは大分離れてるはずだぞ!」
兵の話ではなく、直接自分の目で確かめようと馬を走らせようとしたその時、伝令兵が前方から走ってきた。
「ほ、報告します!突撃してきた敵兵1名が、我が軍中央で暴れまわっています!損害多数!」
「なに!?い、1名だと!?」
聞き間違いかと、再度聞き直すジャフ将軍。
「は!確かに1名です!」
……なんだと?そんなばかな!?たった1人に俺の軍がやられるはずがない!
などとジャフ将軍が考えていると、
「う、うわぁー!?」
「た、たすけ………」
と言う兵達の声がすぐ前方から聞こえてきた。
「なっ!?まさか、もうそこまで来ているのか?」
と、言いながら馬を降り剣を抜く。そして傍らに控える兵へ指示を出そうとした瞬間、
「貴様が将軍か…。ジャッジ様にたてついたことを後悔するんだな…」
と言う声を聞いた途端、意識が暗闇に落ちていった。
マフーン軍は、ジャフ将軍の首が胴から離れた後も、その数をすごい勢いで減らしていった。逃げようとしても、後ろには激流の川が未だ勢いを失わずに流れ続けている。
逃げられないなら戦うしかないのだが、相手はあのウィルだ。5000の数を相手にしても一切退くことなく、むしろ常に押し込んで戦っている。
もう勝てないと悟った兵が、
「こ、降参する!」
と、剣を投げ捨て両手を上げながら、地面に膝をついても、
ザシュッ!
っという音とともに、その首が宙を舞うだけだった。
事前にジャッジから、「敵兵を今日中に殲滅しろ」と、王命を受けているウィルは、躊躇なく兵の命を奪っていく。
ウィルがマフーン軍の中に単身突撃してからどのくらい経っただろうか。当初6000人もいたマフーン軍は、文字通り全滅した。
戦いが始まったのは早朝だったため、まだ朝といってもいい時間だ。
ウィルは生き残りがいないか入念に調べながら、街側の溝へと歩いていた。
「よし、これで全部だろう。思ったより確認に時間がかかってしまった。……やはり、全員首をはねるべきだったか。しかし、そうすると余計に時間がかかりそうな気もする…」
などと、物騒なことを呟きながら溝の手前まで来たとき、
「おぉーい!ウィル!」
というジャッジの声が聞こえた。
見ると溝の向こう側からジャッジが手を振っている。その横にはロック兵長ら兵士が数人いる様だ。
きっとウィルの働きを見に来てくれたのだろう。
ウィルは主の命令を無事果たせたと、少し誇らしい気分になりながら、溝を跳んだ。
俺がウィルの戦う場についたとき、既に戦いは終わっていた。
ほんの数時間前まで6000人ものマフーン軍で埋め尽くされていた場所には、今はウィル1人だけが立っていた。
見渡す限り人の死体だらけだ。そして、その手前にある溝には、未だ激流とまでは言えないまでも、そのへんの川よりは勢いのある速さで水が流れており、多くの死体が流されている。
これを地獄だと言われたら信じてしまうかもしれない。
俺が自分とウィルが起こした惨状を目の当たりにして少し引いていると、
シタッ!
という音と同時にウィルが目の前に現れた。
「ジャッジ様!王命完了致しました」
そう言い、俺の前に跪くウィル。
これはなんか言ってやらなければならない。と、直感的に感じた俺は、再び威厳のある声で、
「よくやってくれた!ウィルのような臣下を持って俺は誇らしいぞ!」
と、そこまで話すと、今度は一転いつもの声色で、
「ありがとう、ウィル。怪我はない?」
と、友人として話を続けた。
俺の態度の変化でウィルもなにか察したのだろう。
立ち上がると、変に畏まらないいつもと態度で俺に返事をした。
「大丈夫です。ただ、殲滅に少し時間がかかってしまいました。すみません」
……いやいや。たった1人で5000の兵と戦ったんだぞ。勝っただけでも異常だ。それを「時間がかかった」なんて、相変わらずウィルは凄まじい…。
なんてことを思いながら返り血で真っ赤になったウィルを見ていると、
「う、ウィル殿……?ほ、ほんとにたったお一人で…?」
と、ロック兵長が恐る恐る会話に割り込んできた。
口が聞けるだけロック兵長はマシで、その他の兵はこの惨状に腰を抜かしている。
「えぇ。ジャッジ様のご命令でしたから」
と、にこやかにウィルが答えと、今度は皆が揃って俺の方を、なにか恐ろしいものでも見るかのような表情で見てきた。
………なんなんだ、一体!
それから領兵、国軍兵、徴兵と総出で戦場の後片付けをした。とても今日1日で終わりそうもなかったが、ロック兵長が責任を持って領兵にさせる。と約束してくれたので、夕方には街に変えることができた。
街に帰ってからも、領主の館に呼ばれたり、国軍の隊長に取り調べ紛いのことをされたりと忙しく、結局家に帰りついたのは夜中だった。
ちなみに俺の魔法で作った大岩や溝、大量の水なども、全部ウィルが準備したことにした。溝や岩はともかく、水のことは詳しく聞かれたら困るな、と思っていたのだが。ウィルの強さを見たあとでは些細な事だと思ったのか、あまり聞いてこなかったので助かった。
「……疲れたな」
「……えぇ。もう休みましょうか?」
家に帰った俺達はそう言い合い、さっさとベッドに潜り込んだ。
明日はラミィとの約束の日だ。ここまでしたんだから、寝坊しないようにしないと。と、思いながら俺はいつのまにか眠ってしまったようだ。
……起きると、もう昼前だった。