35
敵と思わしき軍から使者が戻ってきたのは、そろそろ夜になろうとする時刻だった。
その報告を伝令兵から受けたロック兵長は、俺達の所にもわざわざ伝えにきてくれた。
「……やはり、敵はこの街を攻める事が目的でした。隣国のマフーン王国から遠征してきたようですね。部隊はジャフ将軍が率い、その数6000。降伏の期限は明日の朝です。それを過ぎると攻撃を開始すると宣告してきました」
……マフーン王国か。確かこのイーストエンド王国の南にある国だったはずだ。国の規模は、まぁ似たり寄ったりか。ファイスの街はこの国でも一番南にあるから、最初に狙われたんだろう。
……はぁ。やっぱり戦争になるのか。仕方ない、そうと決まればさっさと終わらせよう。
そう諦めながらも戦う決意をした俺は、ウィルに話しかける。
「ウィル。少し相談があるんだがいいか?」
「はい?相談ですか?」
「あぁ。明日のことなんだが………」
戦争になることを教えに来てくれたロック兵長が去った後、俺はウィルと明日のことについて話し合った。
その夜、警戒のためかがり火を絶やさない街を、こっそりと抜け出す2つの影があった。
そして、決戦の朝日が昇り朝靄が晴れようとする頃、俺達は城壁の上からマフーン軍を眺めていた。
結局領主は降伏をせず戦うことを選んだ。国軍を要請する早馬が王都に向かっているが、援軍がくるのは早くて1週間後だろう。つまり、それまではたった400で6000の敵から街を守らなければならないのだ。
古来より、城を落とすには10倍の兵が必要だと言われるように、籠城する側が有利だ。だか、今回は敵の数が10倍より少し多い。かなりまずい状況だ。
朝靄が晴れ、視界を遮るものがなくたった時。
プォォー!
という進軍ラッパの音が響き渡り、マフーン軍が夜営していた地から進軍を始めた。ファイスの街からの距離は2キロというところだろう。俺の目でも全貌がはっきりと見える。
「……来たな。それじゃ作戦通りに。頼んだぞウィル」
「お任せください。ジャッジ様も無理をなさらない様」
そう言い合い俺達は別れた。ウィルは城壁を降り、門に向かう。俺は城壁に立ったままだ。
「さぁ。上手く行くかな?なんとか上手くやらないとラミィとのデートが待ってるからな」
そう独り言を呟きながら、マフーン軍を眺める。
その動きは厳しく訓練されているのだろう。綺麗に陣形を保ったまま少しずつこちらに近付いてくる。
進軍するマフーン軍の後方で、ジャフ将軍は不機嫌だった。
「まったく!こんな小さな街の分際で!さっさと降伏すれば良いものを」
「報告します!街の門から敵兵が1名こちらに向かい駆けてきます!いかが致しましょう」
「1名?使者か?……ふんっ!今さら命乞いに降伏を受け入れたのか?もう遅いわ!斬れ。斬ってしまえ!」
昨日の降伏勧告を受け入れなかったことにジャフ将軍は腹を立てていた。今回の遠征では計3つの街を落とすことを目的としており、まず手始めにファイスの街を標的としたのだ。
ジャフ将軍としては、少しでも早くこの遠征を終わらせ手柄を持ってマフーン王国に帰りたかった。
現在マフーン王国では後継者争いの真っ最中であり、第3王子でもあるジャフ将軍も有力な候補者だ。少しでも有利にレースを運ぶためにこの遠征を提案したが、その為に長く国を空けることになるのは避けたかった。
「……まぁいい。俺が短時間で抵抗する街を落とした、というのも手柄になるだろう」
そうほくそ笑むジャフ将軍の元に再び伝令兵が駆けつけてきた。
「報告します!右前方に巨大な大岩が、今朝になり現れています!」
「岩?昨日はなかったのか?」
「はっ。到着したときには確かになかったものです!」
……岩が急に現れることなんてあるのか?そんなこと聞いたことがない。
そう思ったジャフ将軍は自らもその方向を見ると、確かに大岩がある。しかし、昨日もあったかと聞かれると覚えていなかった。ここに陣を敷いたのはもう暗い時間だった。きっと見落としていたのだろう。
「そんなバカなことがあるはずがないではないか!貴様らが見落としていたのだ!報告はそれだけか!?」
怒鳴られた伝令兵は怒鳴られ慣れているのか、表情を一切変えず更に報告を続けた。
「この先の地形がやや下がっております!以前川が流れていた場所のようです!川幅も広く、進軍するには……」
そこまで聞いたジャフ将軍は、伝令兵の言葉を遮るように怒鳴った。
「そんなこといちいち報告してくるな!地面が凹んでいるくらい、何の問題もないだろ!さっさと街に向かって進軍しろ!」
「はっ!」
怒鳴られた伝令兵はジャフ将軍のもとを去り、指示を伝えに前方に向かって駆けていった。
あるいは、この時ジャフ将軍がしっかり状況を把握していれば、結果は違ったのかもしれない。
門を1人飛び出したウィルは、マフーン軍に向け馬で駆けていた。
「……しかし、昨夜のジャッジ様の魔法には驚かされた。あれが魔法というものか…」
昨夜ジャッジとともに街を抜け出したウィルは、マフーン軍が夜営をしている場所とファイスの街の中間あたりで、今日の戦いの準備をしていた。
そして今、ウィルはジャッジと打ち合わせた場所に辿り着いた。
「さて、やるか」
そう呟くと、マフーン軍の動きを観察する。
マフーン軍の進行方向には川が枯れた後のように、深さ1メートル、幅30メートル程の溝がほってある。これは昨夜ジャッジが土魔法で作ったものだ。
さらにその溝を辿っていくと、マフーン軍からみて右側にある大きな岩まで繋がっている。もちろんこの岩もジャッジが魔法で作ったものだ。さらに反対側を辿っていくと、マフーン軍に気付かれないよう大きく迂回し、マフーン軍を取り囲むようにぐるっと後方に回り、最後は岩に繋がっている。
つまり、マフーン軍は溝に取り囲まれた状態だ。
マフーン軍の先頭が溝を下り始めた。1メートルとは言え、装備をつけている兵には大変だろう。時間がかかることを察した前線の将が、広がって下りるように指示を出す。
その為、整然としていた列が乱れた。
それからしばらくの間、ウィルはマフーン軍の動きをじっと観察していたが、マフーン軍1000人程が溝に入ったと判断すると馬から下りる。
そして、手にしていた槍を大きく振りかぶると、まだ300メートルは離れた場所にある大岩に向かい、全力で投げた!
ウィルの強力で投擲された槍は、唸りを上げながら一直線に大岩に向かっていく。ビューッという音が周りに響きわたり、マフーン軍にも当然聞こえているのだろう。多くの兵が槍に目を奪われている。
ドッ!
鈍い音をたてて大岩に突き刺さった槍。ウィルの強力のおかげで根本まですっぽりと刺さっている。
すると、槍が刺さった部分を中心に、氷が割れるときのように放射状に亀裂が入っていく。……そして、その亀裂が大岩の大部分を覆った瞬間、
ドドドドッ!!
という音ともに岩が割れ大量の水が流れ出した。
「う、うわぁー!!」
「に、逃げろ!は、早く!早く!」
「お前どけよ!う、うわっ…!」
マフーン軍は我先にと溝から這い上がろうとするが、多くの兵が溝に入ってしまっているため、押し合い倒れる者もいた。そんな兵達に容赦なく激流が襲いかかる。
溝の中の兵は悉くが激流の餌食となり、悲鳴をあげながら流れの中に消えていった。
大岩から流れ出た水は、残されたマフーン軍全体を取り囲むように、溝に沿って流れ続ける。そして、溝を1周して大岩をも巻き込みグルグルと周り始めた。残されたマフーン軍は、まさに激流の中洲に取り残された状態となっていた。