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人のいなくなった道場の床に座り、俺とウィルとロック兵長は顔を突き合わせて話をしていた。
「……なるほど。状況は分かりました。ジャッジ様!すぐにこの街を出ましょう!このままここにいては危険です!」
……やはりこうなったか。俺の思った通りの反応をしてくれるなウィルは。しかし、今回ばかりはどうしてもウィルに協力してもらわなければならない。
ロック兵長の話を聞いたウィルは、俺が思った通りこの街からの避難を勧めてきた。その腰は浮きかけ、今すぐにでも俺の手をとって走り出しそうだ。
「まぁ落ち着けウィル。頼みと言うのは、ウィルにもこの街の守備に参加してほしいということなんだ」
「しかし!ジャッジ様の安全を考えれば、この街を守るよりも私と逃げた方が確実です!」
手のひらをウィルに向け、落ち着けという風な身振りで話す俺に、ウィルはもっともな事を言う。
ウィルの言うことの方が正しいだろう。この街の住民やロック兵長には悪いが、たかだか5年程暮らした街を守る為に、命を懸けて戦うほどの義理はない。
しかし、今回はどうしても守ってもらわないといけない。ラミィの笑顔を守るために!しかも明日中に!
再度決意を固めた俺は立ち上がり、ウィルを見据えながらできるだけ威厳のある声でこう言った。
「ウィル!俺はどうしてもどうしてもこの街を守りたいんだ!この街に住む人々(特にカフェや菓子店)を見捨てて、自分だけのうのうと逃げるのは忍びない。それが将来玉座に就く者のすることだろうか?いや、違う!民(特にラミィ)の笑顔を守ることこそが、王たる者の役目だと俺は思う!」
そこでひとつ息を整えた俺は、低く、重い印象を与えるような声で言葉を続ける。
「ウィル!この街を守れ!この街に住む民(カフェや菓子店、それとラミィ)の為に、お前の力を使うのだ。いや、守るだけではない。敵の軍団を殲滅せよ!明日中に必ず!
これは……王命だ!」
俺の王命という言葉を聞いた途端、ウィルはバッと俺の前に跪き頭を垂れる。そして、俺の言葉が終わっても、しばらくなにやら肩を震わせていたが、
「……かしこまりました。このウィル!必ずやジャッジ様の為、この街に住む民の為に敵を討ち滅ぼしてきましょう!………うっ。ジャッジ様もご立派になられて。……ううっ」
と、声を震わせながら返事した後泣き出してしまった。
ちょっと王命って言うのはずるかったかな?でもウィルもなんか感動してくれたみたいだし、結果オーライってことでいいか!とにかく今回は明後日のラミィとの約束を守ることが重要だ。ウィルには頑張ってもらおう。
俺とウィルがそんなやり取りをしているなか、隣のロック兵長は、なにがなにやら分からないという顔をしている。
「……王命?……玉座に就く?ジャッジ殿は王子?いや、しかし家はあそこだし。……?」
そんなロック兵長と、
「まぁまぁ。細かいことは気にしないで。ほら!ウィルも街の防衛に協力することになったし、それでいいじゃないですか」
「そ、そうですか?…わ、わかりました。ウィル殿、よろしくお願いします」
そんなやり取りをして、なんとか話がまとまった。
俺も魔法を使うわけにはいかないが、できることはしようと思う。……いや。もしかしたら、あの魔法なら俺と気付かれずに使えるかもしれないな…。
俺達はロック兵長と共に街の南門に来ていた。このあたりは俺の家から距離があり、あまり訪れたことはない。
門のまわりには20名ほどの領兵が集まっている。
「ご覧いただけたら分かるでしょうが、1つの門に約20名ずつ領兵が配置されています。これに駐屯している国軍、有事に徴兵される男達を合わせても1門あたり、100名といったところでしょうか。これがこの街の全戦力です」
そう説明してくれるロック兵長。
1門あたり100名ということは、街の全戦力は400名と考えていいだろう。敵の数が分からないからなんとも言えないが、軍と呼んでいるくらいだから軽く1000はいるだろう。……少ないなぁ。
「ちなみに敵軍の規模は分かっているんですか?」
俺と同じことを思っていたのだろう。ウィルがそう尋ねる。
「まだ、完全に敵と決まった訳ではないのですが。偵察に出した兵の報告によると、5000はいるそうです」
「ご、5000!?」
「ほぉ。それは手強そうだ」
5000は多いな。…なんかウィルの反応が俺とは違った気もするが。少し嬉しそうな感じすらする。俺のさっきの王命ってやつで張り切っちゃったのかな?今後は控えよう。
「もうそろそろ見えてくる頃だと思います。城壁に上がってみましょうか?」
そう言うロック兵長に連れられて、城壁を登ってきた俺達。初めて上がった城壁は、下から見ていた時よりずっと高く感じた。
街のまわりは平原がずっと続いており、この前ウィルを探すために魔車で走り回った街道も見える。左のずっと向こうには高い山々がうっすら見え、あの山の更に向こうにハートランド王国があるんだよな。などと景色を眺めながら俺が考えていると、
「見えてきました!ジャッジ様。正面です!」
とのウィルの言葉で現実に引き戻された。
ウィルの指差すあたりをじっと見るが、まだなんにも見えない。
「どこだ?俺にはみえないが」
「正面です。距離は、そうですね…5キロといったあたりでしょうか?」
5キロ!?そんな遠く見えるわけない。というかウィルには見えているんだな…。相変わらず身体能力全般が飛び抜けているな。
「その手前に、馬に乗った人も見えます。合流しようとしてるのか?」
「あぁ、それならこの街の領主の送った使者ですね。相手が敵か味方か分からないと対応ができませんから。取り合えず使者を出したと聞いています」
なるほど。敵じゃなければこんな心配することもないしな。ウィルも危ない目に遭うこともないし、俺も問題なく明後日を向かえる事ができるしで万々歳だ。
などと、俺が都合のいいことばかり考えていると、
「ひとまず下の詰め所に行きましょう。そろそろ他の兵も集まってくる頃です。ウィル殿とジャッジ殿の紹介もしなくてはいけません」
「!?じ、ジャッジ様も戦われるのですか?」
「ん?あぁ。前線に出ることは無理でも、なんか手伝いできることをするよ」
ロック兵長の言葉に過敏に反応するウィル。
俺だってなんか出来ることがあるはずだ。俺が言い出した訳だし、ウィルだけに働かせるのは違うと思う。それに、いざというときは俺には魔法がある。身を守ることぐらいは出来るはずだ。
「ほら、行くぞウィル」
「は、はい」
まだ納得していない様子のウィルを連れて、詰め所に着くと、先ほどの2倍以上の男達がそこには集まっていた。
ロック兵長によって、指揮をとる部隊長クラスの兵たちに紹介された俺達だか、意外にウィルは有名だった。
「ウィル殿!一緒に戦えて光栄です!」
「……ウィル殿と言えば、例の盗賊団20人狩りの?」
「いやぁ、娘がファンでね!後でサインしてくれ!」
などと、人が群がってきた。
当の本人は少し迷惑そうだったが、一緒に戦うことになる人達だ。仲良くしといて損はないだろう。
結局俺とウィルは遊撃隊という形で、どこにも属さないことに決まった。ウィルは1人で戦うときが一番強いし、俺も魔法を使うところは見られたくない為、都合がよかった。
「ジャッジ様は街の門からは決して出ないようにしてください。外での遊撃は私がします。敵の矢も飛んでくるでしょうから城壁から頭も出さないように」
「あぁ。わかってるよ。基本的にはウィルに任せるよ。俺は邪魔しないようにおとなしくしとく」
と、心配するウィルに返事しておく。だが、敵が攻めてきた場合、どうしても明日中に撃退しないといけない。籠城などまっぴらごめんだ。
……さっさと決着をつけるためには、いくつか考えがある。ちょっと準備がいるな、ウィルに話して協力してもらおう。