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その後も俺とラミィの卒業試験は続いた。
風魔法では巨大な竜巻を作り、大量の海水や魚を巻き上げてしまった俺は、ラミィとともにびしょ濡れになった。落ちてきた魚で海に返すのが間に合わなかった分は、持って帰って食べることにした。
だが、本当に大変だったのはその後だ。
火魔法の威力が今までのものより強く、砂浜から100メートル程までの海水が蒸発してしまったのだ。
突然あらわになった海底に、奥から勢いよく流れ込む海水。それは高い津波となって俺達のいる砂浜までも襲ってきた。
「うわっ!?ら、ラミィ逃げろ!早く!」
「ちょっ!逃げても間に合わないわよ!…そ、そうよ!氷よ!氷の魔法で凍らせなさい!」
「こ、氷!?こんなでかいのが凍るわけ…。くそっ!やってみる!」
俺が無理だと思いながらも、全力で使った氷魔法は見事に津波を凍らせた。
「……な、なんとかなった」
目の前にまで迫っていた凍った津波は、俺達を覆うように海岸にそびえ立っている。見上げると悠に10メートルはある。ずっとこのままなら有名な観光名所になるだろう。
呆然と座り込むラミィ。俺も座り込みたいが今はそれよりもしなければいけないことがある。
「ラミィ!これが溶ける前に急いで帰るぞ!これだけの高さだ。溶けたらこの辺りは水浸しだ」
「……え?えぇ。もう濡れるのはイヤ!帰りましょう!」
俺とラミィは急いで魔車に乗りその場を後にした。さすがにあの高さの津波と言えども、ラミィの家までは届かないはずだ。それにしてもビックリした。ラミィにも後で謝っておこう。
ラミィの家まで帰った俺達はぐったり疲れはてて、リビングのソファで延びていた。
「…はぁ。疲れたな」
「えぇ。もうだめ。なにもしたくないわ」
それもそうだろう。海から家に帰り着くまでずっと
ラミィは運転してきたのだ。しかも全速力で。
俺は海での出来事を思い返しながら、そういえばこれは試験だったと思い出した。
「なぁ、ラミィ。結局俺は試験に合格したのか?」
ソファで寝そべるラミィにそう聞くと、
「……試験?あ、あぁ。試験ね、試験。そんなのもちろん、………………ダメね。不合格!留年よ!だからずっと私が魔法を教えてあげるわ!」
……こいつ。試験って自分で言い出したのに忘れてたな。しかも話してる途中で、急になにか思い付いて不合格にしたっぽい。
でも、……………俺もその方がいい。
「そうか…。じゃあこれからもよろしく頼む。ラミィ師匠」
「えぇ。この天才美人魔女のラミィちゃんに任せなさい!」
腕を組み、例のポーズでそう言いきるラミィ。だが、ソファーに寝転んだままのため不格好だ。
「…ふふっ」
「…ハハハ」
どちらからともなく吹き出し、顔を見合わせる。
「…ハハ。そういえば海で火魔法だけ、他のものより威力があったような気がしたんだが…」
俺はふと思い付いてラミィに質問する。それぞれの魔法の性質が違うため簡単に比較することはできないが、火魔法のそれは群を抜いていた。
「あぁ、それはね。アンタの得意な性質が火だってことね。よかったわね。分かりやすいやつで」
「得意な性質?じゃあ不得意もあるってことか?」
ラミィの言い方だとその可能性もありそうだ。
「ある魔女もいるわ。でも、不得意のない魔女もいる。例えば天才である私ね!アンタの場合は、今日見た中では不得意なものはなかったわね。得意なのは火だってことは明らかだったけど」
「……なるほど。ちなみにラミィの得意な性質はなんなんだ?」
ラミィの説明に納得した俺は、ラミィに再び質問する。
「私?私はもちろん全部得意よ!…まぁ、その中でも特に得意なのは無の性質の魔法かしら?」
……無?そんなのはまだ習っていない俺が、ポカンとした顔をしていると、
「アンタにはまだ教えなかったわね。アンタに教えた以外にもまだまだいっぱい種類があるのよ。無ってのは魔力になんの性質も与えないってことよ。これが以外に難しいのよ。一般的に道具を作ったりするときによく使うわね」
と、説明してくれた。…なるほど。だから、ラミィはあんなにいっぱい魔法の道具を持っているのか。しかし、まだまだ魔法の奥は深いな…。
俺がじっと考え込んでいる間に、ソファーからやっと起き上がったラミィは、いつも食べてる好物のクッキーを取ろうと戸棚を開けている。
どうやら、あと戸棚には大量にクッキーが備蓄してあるらしい。
「そういや、甘いもの食べに行くのはいつがいいんだ?懸賞金が予想より多かったから、甘いものくらいならいくらでも奢れるぞ」
俺がそう言った途端、戸棚を開けようとしていたラミィがピタッと動きを止め、次の瞬間には俺の目の前まで飛ぶように走ってきた。
「今度の日曜にしましょう!日曜には特別メニューが出るっていう店があるの!あ、もちろん普段出してるメニューも食べるわよ!それから、パンケーキ?ってやつが今流行ってるらしいから、それも!あとは……」
と、普段の2倍以上の早口でまくしたてるラミィ。その表情は目が爛々と輝き怖いくらいだ。……しかし、一体どこでその情報を得たんだ?そんな話をするような友達はいないと思うが…。まさか!魔法の道具関連か?……有り得る、ラミィなら十分有り得る。
と、俺が底知れない恐怖を感じながら、止まらず話し続けるラミィに呆気にとられていると、
「………がいいかな?と思うの。どうかな?…って、ちょっと!聞いてる?」
「…ん?あ、あぁ!もちろん聞いてる。う、うん。それでいいんじゃないか?」
……危なかった。どうやら話は終わったようだ。途中から全く聞いていなかった。
「…そ、それじゃいいのね?ほ、ほんとにいいのね?当日になって急にダメっていうのはナシよ?」
そんな俺の言葉を聞いたラミィは、もじもじしながら俺に念を押してくる。…ん?甘いもの食べに行くって話だよな?…ははぁ。さては初めてそういう店に行くから緊張してるな?
俺も初めてだが、こういうときは男である俺がどっしり構えておかないとな。と、考えた俺は、
「男に二言はない!その日はご褒美みたいなもんだろ?ラミィのしたいようにしよう」
と、言いきった。
俺の言葉を聞いたラミィはよっぽど嬉しかったのだろう。満面の笑みになりスキップしながらどこかに行ってしまった。
ラミィが喜んでくれたならよかった。当日も出来るだけラミィの言うことを聞いてあげよう。と、俺は思った。