3ープロローグー
やっとたどり着いた大広間は無人だった。
「ここではないのか!?2階か?」
2階には大きな部屋はないが父上や俺のプライベートな部屋、書斎などがある。
そう思い階段を駆け上がった途端声をかけられた。
「あぁ!ぼっちゃまご無事だったのですね。」
侍女のフラーだ。
少し口うるさいが小さい頃の俺の母親代わりの一人だ。
「フラーも無事だったんだな。よかった。父上や他の人たちはどこに?無事なのか?」
「外から逃げ込んでこられた方々は食堂に集まってもらっています。あまり多くはないのですが、他の方々はご自分で逃げれたのでしょうか?
それと陛下は真っ先に乗り込んできた賊と戦い手傷を負われて寝室で治療中です。」
息を切らしながら急いで尋ねる俺にフラーは疑問を交えながら答えてくれた。
逃げ込めた人は少ないのか…。
人々が自分で逃げ出せた可能性は低いだろう。
しかもさっき聞いた敵兵の皆殺し発言もある。
おそらく街のなかですでに……。
だが今はフラーに真実を告げる必要はない。
とにかく今は一刻も早く逃げ出すことが先決だ。
しかも父上は傷を負っているらしい。
「わかった!俺は父上に会いに行く。フラーは残った人たちを集めていてくれ。逃げるぞ。外ではウィルがなんとか敵兵を食い止めてくれているが多勢に無勢だ。時間はあまりない。」
「ウィル様が…!分かりました。」
そう話を付け、急いで父上のいる寝室に向かう。
「父上!ご無事ですか?」
部屋の扉を開けるなりそう叫ぶように問いかける。
国王はベッドに腰掛け治療が終わったのか、再度鎧を装着しようとしているときだった。
かたわらには騎士団長がいる。
「おぉ!ジャッジ無事だったか。」
「ウィルと山に登っていて無事でした。ですがいったい何が起きたのです!?」
そう問いかけると父上は鎧を身に付け終わったのかこちらに向けて座り直し、厳しい顔で話し始めた。
「ロンベル国のやつらが攻めてきたようだな」
「ロンベル?どこの国です?」
ロンベル国なんて名前は聞いたことがない。
数多ある国の名前を全て知っているかと言われると自信はないが、近くにある国ぐらいは覚えている。
少なくともこの大陸にはそんな国はないはずだ。
「おまえは知らなくても仕方ない。北の大陸にある国だ。」
「北の大陸から?なぜこんな辺鄙な場所にある国を?」
この世界は大きく4つの大陸からできている。
東西南北に分かれるように大陸があり、特に決まった名前はなく東の大陸、西の大陸、南の大陸、北の大陸と呼ばれている。
ハートランド王国は西の大陸のほぼ真ん中に位置している。
「わからん。仕留めた敵兵が死ぬ前に吐いた。わしも名前くらいしか聞いたことはない。世界を旅していたウィルならなにか知っているかもしれんが…」
「それより父上、傷は大丈夫なのですか?」
包帯を巻いてある左肩のあたりに目をやりながら聞く俺に、父上はにやりと笑い返事した。
「このくらいなんでもない。久しぶりの実戦で勘が狂っただけよ」
「陛下!やはりもうお逃げください!ジャッジ様とご一緒に」
かたわらの騎士団長は国王に避難を何度も勧めているようだが、肝心の本人が頷かないのだろう。
息子である俺が帰ってきたこのタイミングを見計らって再度避難を勧めている。
「どこに逃げるんじゃ?もう館は囲まれている。中に侵入されるのも時間の問題だろう。まだ侵入されていないのが不思議なくらいだ」
「ですが…」
騎士団長も返す言葉がない様子だ。
入り口で必死に戦っているウィルのことをもしかして二人は知らないんじゃないか?
そう思った俺は二人に現状を伝えようと口を開く。
「父上、館の入り口ではウィルが一人で敵兵を食い止めています。もの凄い強さで私がみたときにはゆうに1000を越える敵兵を相手にしていました。」
「そうか…一人で逃げてもいいものを。あいつも義理堅いやつだな」
そう話す父上はどこかうれしそうに窓のそとを見つめている。
「ジャッジ様!他の騎士団は共に戦っていなかったのですか?」
そう騎士団長が聞いてくるが、俺がみたときにはウィル一人だったはずだ。
「いや、俺がみたときはウィル一人だった。だが、ウィルのうしろに倒れている兵の装備は敵兵とは違ったような気がする。おそらくやられたのだろう」
「そうですか…」
騎士団長が肩を落とし言葉を震わせる。
共に訓練をしてきた団員たちに想いを馳せているのだろうか。
「ジャッジ、街の様子はどうであった?みてきたのか?」
そう父上が問いかけてきた。
しっかり自分の目で見てきたわけではないが敵兵の皆殺し発言もある。
ここは真実をはっきり伝えた方がいいだろうと心を決める。
「館近くの入り口から入ってきたのではっきり自分の目でみたことではないのですが…。敵兵は住民は皆殺しにしろとの命令を受けているようです。さらに国中が燃えている様子を山の中腹からウィルと見ています。この館の食堂に避難できた人々も少数だとのことです。おそらく大部分の国民はもう…」
「なっ…!そうか…」
絶望的な現実を聞いてしばらく口を閉ざしていた父上だが、意を決したように立ち上がり騎士団長に少し席を外すよう指示する。
騎士団長もなにかを察したのか「話が終わったらお呼びください」と言い残し部屋を去った。
二人きりとなった部屋で父上が兜を脱ぎ椅子に腰かける。
「ジャッジ、おまえも座りなさい」
「父上!外ではウィルが一人で戦っています。私たちも加勢にいかなくては!」
「今さらじたばたしてもなにも変わらん。いいから座りなさい。それにウィルはそう簡単にはやられん」
そう言われて渋々といった様子で椅子に座り、父上と机を挟んで向かい合う。
「思えばおまえにはあまり父親らしいことは出来なかった気がする。母親の愛を知らず育ったおまえには父親であるわしが必要だったはずなのにな」
そう話す父上の寂しそうな表情をみて、あぁこれが父上との最後の会話になるのかもしれないなぁと感じる。
不意に瞼から涙が溢れそうになるのを堪えながら今までの日々を思い返す。
「そんなことはありません。父上は国王です。なによりもこの国のことを第一に考えなければいけないお立場なのです。それに私は毎日が幸せでした」
「そう言ってくれると助かるの……。
おまえには話しておかなければならないことがいくつかある。まずはおまえの母親のことじゃ。」
そう言って父上は机の上のコップから一口飲み物を飲んだ。国内で採れた父上の好きな緑茶だろう。
「おまえの母親はおまえを産んですぐに亡くなった。わしもとても悲しかったが、おまえが産まれてきてくれたこともとてもうれしかった。」
父上はそう遠い過去を思い出すように、部屋の天井あたりをじっと見つめながら話し続けた。
「おまえの母親も覚悟の上の出産だった。ちょっと特殊な事情があっての、子供を産むことは耐えられない体だったのだ」
「特殊な事情?母上は体が弱かったのですか?なにか病を抱えていたとか」
母親について聞くのはこれが初めてだった。今までも何度か父上に尋ねたことはあったのだが、その度はぐらかされてきた。
そう聞き返された父上はしばらく逡巡するように目を閉じていたが、なにかを決意したように再び語りだした。
「おまえの母親はわしたちとは少し産まれが違っていたのだ。そうだな…簡単に言うと魔女と呼ばれる存在だったのだ」
魔女!今では存在しているかどうかすら分からない伝説とも言える存在。
魔法と呼ばれる不思議な術を使い、なにもないところから火を生み出したり水を出したりする。
遠い昔には街一つ吹き飛ばすほどの威力の魔法も使われたことがあると古い文献に残されてあった。
…が、今では誰も見たことがないおとぎ話だ。