21
今にも壊れてしまいそうなラミィ。
…だが、俺にはどうすることもできない。
そして、ラミィは話すことをやめない。
「この島で暮らし始めて5年がたって、私は20才になったわ。あぁ、私は魔女だからこのまま永い時を孤独に過ごすのねって覚悟してたわ。もちろん、誕生日を祝ってくれるような人は誰もいなかった。だからあの日、自分で自分を祝うために久しぶりに街に行ったの。そして、噴水を眺めているとき。……あなたに会ったの」
さっきまでその深いブルーの瞳の縁で光っていた涙は、もう目から溢れだし幾筋も頬を伝って流れていた。
しかし、表情は悲しそうではない。俺の目をまっすぐ見つめているラミィの顔は、とても嬉しそうな笑顔だった。
もう俺には、これ以上我慢することはできなかった。
俺に向かって微笑むラミィを抱き寄せ、きつく抱き締めた。
ラミィも腕を俺の腰に回し、力強く抱き締め返してくれた。
俺の腕の中で、それでもラミィは話し続ける。
「それからのことは、……知ってるわね。孤独を覚悟していた私にとっては、夢のような毎日だったわ。これが奇跡かって思ったわ。あなたという存在が奇跡。あなたがあの街にいたことが奇跡。そして…私があなたに出会えたことが奇跡だって」
そこまで話して、ラミィは胸の中でまた静かに泣き始めた。
そんなラミィの頭を優しく撫でながら、俺の目からも涙が溢れてきた。決して悲しいわけじゃない。
ラミィと出会えてよかったと本当に思う。きっとラミィが言うように、俺とラミィが出会えたのは奇跡なんだと思った。
抱き締め合ったまま、さっきから変わらない波の音が聞こえている。
今までのように、気まずい気持ちにはなぜかならない。
俺の胸はラミィと出会えた幸福感でいっぱいだった。
ラミィも同じ気持ちだったらいいなぁ。と、思う。
――どれくらい時間がたっただろうか。
夕焼けが海面に反射し、俺とラミィを含むあたり一面をオレンジ色に染めている。
さすがにそろそろ帰らないといけないなと思い、胸の中のラミィを見ると。
「すー、すぴー。ん、むにゃむにゃ」
寝てやがる。
そうだった、こいつ徹夜明けだった。
「おい!おい、ラミィ起きろ!」
俺がそう声をかけると、しばらくはむにゃむにゃ言っていたが。目が覚めたのだろう。バッと俺から体を離し、その勢いで流木から転げ落ちていた。
「お、おい。大丈夫か?」
ビックリしてラミィに声をかける。
転んだおかげで完全に目が覚めたラミィは、砂だらけのまま急いで仁王立ちとなり、
「勘違いしないでよね!」
と、言い残してさっさと魔車の方に歩いていってしまった。
その場に取り残された俺が呆然としていると、魔車に乗ったラミィの叫び声が聞こえる。
「ほら!さっさと帰るわよ!今夜はこの私が手料理を振る舞ってあげる予定なんだから。急ぎなさい!」
…まったく。でもいつものラミィだな。
やっぱりラミィはこっちの方が似合うな。と思い、
「わかった!すぐ行くからまってくれ!」
と返事し、魔車へ向けて歩きだす。
俺の後ろではさらに濃いオレンジ色になった海が、何度も何度も砂浜に波音を響かせていた。
俺達がラミィの家に帰り着いた頃には、すっかりあたりは暗くなっていた。
「アンタは先にお風呂に入ってきなさい。その間に料理作っとくから」
そう言うラミィ。しかし俺は泊めてもらう立場だ。あんまり客扱いされてばかりってわけにもいかないだろう。
「いや、俺も料理を手伝うよ。むしろ手伝わせてくれ。風呂はそのあとでいい。今日は汗もかいただろうからラミィも早く風呂に入りたいだろ?」
「そういやそうね。確かに汗もかいたし、海にも行ったからベタベタするわね。……はっ!ま、まさか、一緒に風呂に入ろうって誘ってるわけじゃ…。い、いやなわけじゃないけど…。ま、まだ心の準備が…」
そう言いながら、ラミィが真っ赤な顔をしてクネクネし始めた。
はぁ…。完全にいつものラミィだな。よかったような気もするが、海辺でのしおらしいラミィがもう懐かしくなってきている。
「違う!違うから余計な心配はせずに、なにを手伝えばいいか教えてくれ」
そう言いながら腕まくりをし、ラミィの横に立つ。
そんな俺をチラッと横目で見たラミィは、顔は赤いままだが笑顔だった。
その後ラミィの指示を受け野菜を切ったり、皿を出したりとそれなりに手伝い、料理が完成した。この前も思ったがラミィは意外に料理が上手だ。手際もいいし、ウィルといい勝負かもしれない。
2人で作った料理はおいしかった。ラミィもいつも自分で作ったものを食べているから一緒だと思うのだが、誰かと食べる食事はまた違うのだろう。食べすぎて腹が痛いとお手製の薬を飲んでいた。
今度から、たまに夕食を誘ってみようと思う。
食事が終わり片付けも一緒にしたあと、風呂に入ることになった。
「やっぱり風呂も魔法を使って沸かすのか?」
俺がそう聞くと、
「アンタたちがいつも使ってる風呂と一緒だと思うわよ。下から薪で熱するやつよ」
と、教えてくれた。
見せてもらったが、確かに一般的な風呂だった。
俺が浴槽の掃除をして、ほんのちょびーっとだけ魔力を使い浴槽に水を張っているときに、外で「ヘルファイア」と言うラミィが薪に火をつける声が聞こえ笑ってしまった。
「どう?温まってきた?熱くない?」
どうしても俺に先に入れと言ってきかないので、先に入るとこにした俺はゆっくり湯船に浸かり、今日1日の疲れをとっていた。
「あぁ、ちょうどいいぞ。外は寒いだろうからラミィも(家の)中に入ったほうがいいぞ」
俺が外で火加減を調節してくれているラミィにそう言うと、
「え、えぇ!?(風呂の)中に入れって!?ほ、本気で言ってるの!?」
と、なんかビックリしている。
「ん?だって外は寒いだろ?お湯だっていきなり冷めないだろう。冷めたら俺が自分で調節するから、ラミィは(家の)中に入れよ」
俺が繰り返すようにそう言うと、外にいるラミィはしばらく黙っていたが、
「わ、わかったわ…。アンタも勇気出して言ったんでしょうし…。す、少し待っててくれる?少ししたら(風呂の)中に、は、入るから」
そう言うと足音が遠ざかっていった。
きっと家をぐるっとまわって玄関から中に入るのだろう。それにしても、そんなに俺がラミィのことを気遣うのは珍しいだろうか?もしかしたらラミィには、俺は悪魔のように見えているのかもしれない。
…これからはもう少しラミィに優しくしよう。魔法を教えてもらえなくなると困るし、せっかく仲良くなったラミィと離れるのはイヤだ。
でも、いずれはファイスの街を離れてハートランド王国再興の為に動かないといけないんだよな。
転移石があるとはいえ、今までのように一緒にいるわけにはいかなくなる。
……頼んだらラミィも一緒に来てくれないかな?
なんて風呂に浸かりながら考え事をしていると、
「…し、失礼しまーす」
と言う囁くような声が聞こえ、風呂場と脱衣所を繋ぐ扉がガラッという音をたてて開いた。
そして、その扉の向こうからはタオルを体に巻いたラミィが、顔から首まで真っ赤にして現れた。
「ら、ラミィ!?ど、どうしたんだ!?っ、げっ、げほっ!」
突然のラミィの登場に驚いた俺は、思いっきり風呂のお湯を飲み込んでしまった。
「だっ、大丈夫!?」
ラミィが駆け寄り俺の背中をさする。
…が!俺はそれどころじゃない!
「ゴホッ、ゴホっ!だ、大丈夫だ。それよりラミィ!どうしたんだいきなり!?」
咳き込みながら尋ねる俺に対して、ラミィは真っ赤な顔のまま恥ずかしそうに答える。
「そ、そんなのアンタが呼んだから来たんでしょ!あんなに何度も、風呂の中に来いって言われたら私だって……。アンタに恥をかかすわけにもいかないじゃない」
…ん?…あぁー。そういうことか。
「違う!おれは外は寒いから家の中に入れって言ったの!風呂の中に入れってわけじゃない!」
それを聞いたラミィは、さっきよりも更に全身を真っ赤にして、
「バカッ!!ヘンタイ!!バカッーー!!!」
っと叫び、足元にあった桶を俺に投げ付けた後去っていった。
……なんなんだ一体。