2ープロローグー
「ジャッジ様、私が様子をみてきます。ジャッジ様は敵兵に見つからないよう隠れていてください。」
「俺もいく!」
「お気持ちはわかりますが、最悪陛下の身に何かあった場合この国を導けるのはジャッジ様だけです。そのジャッジ様を危険にさらすわけにはいきません」
「しかし…」
「危険がないと分かれば合図します。それまではここで隠れていてください」
いますぐにでも父上のもとに駆けつけたいが、ウィルの言う通りだろうと、無理矢理自分を納得させる。
「わかった。ウィルも自分の身を守ることを第一に考えてくれ。一人じゃできることも限られるだろう」
「まずは陛下の安否を確認してきます」
「頼んだ。合図を待っている」
ひとつ頷くとウィルは兵士たちのいない場所から街に侵入するため低い姿勢で走り出した。
あっという間にその姿は見えなくなる。
待っている間は時間を司る神がわざとゆっくり時を進めているんじゃないかと思うくらい、時が進まない。
時計なんて便利なものは無い為、傾きかけた太陽をみるが全然進んでいる様子はない。
不安で不安で仕方がない。
父上のことももちろん心配だが国民もどうなったか心配だ。
山から見下ろしただけで国中が燃えているようだったのだ。きっと国民たちにも被害がでているだろう。
騎士団が戦いに勝てるとは思えないが、せめて国民が逃げ出せるだけの時間を稼いでいてくれ、と祈るような気持ちで街の方をみつめる。
その間にも炎が新たに上がり、爆発するような音も聞こえるが、不思議と逃げ出してくる人はいない。
さっきの兵士たちも街の中に入ったのか姿はみえなくなった。
どうなっている!父上は、国民は、ウィルはどうなったんだ!
血が出るほど馬の手綱を握りしめながら、俺は自分の無力さを呪う。
「くそっ!まだか?」
どれくらいの時間そうしていただろうか。
すっかり日は傾き、辺りは夕日でオレンジ色に染まっている。
あれだけ燃えていた炎も大分落ち着いてきたように見える。燃えていた家屋群が燃え尽きたということだろう。
「兵士もいなくなったし、もう少し近づこう。見つからなければ大丈夫なはずだ」
などと、誰に対しての言い訳かわからない独り言を呟きながら俺は近くまで様子を見に行くことを決心した。
先程のウィルのように低い姿勢でゆっくりと街の方に向かう。
少しずつ街を囲む塀が近づいてきた。石で作られた人の背丈程の塀のせいか、向こう側にいる兵士の話し声が聞こえる。
「ほんとになんもねぇ国だな」
「これで国だってんだから笑えるよな。村の間違いじゃねぇのか?」
「確かにな。略奪してもいいってことだが、食べ物くらいしかねぇしな」
「あぁ、女もだめだしな」
「しかし女、子供まで皆殺しにしなくてもいいのにな」
「おい!あんま大きな声で言うな!将軍に知られたらおまえも殺されるぞ」
そんな話し声を聞いた俺は愕然とした。
「なんだって!皆殺し……。国民を全員殺す気なのか…?」
なんでそんな残虐なことをするのかは分からないが、黙って国民が殺されるのを待つわけにはいかない。
やはり、あんなとこで自分だけ隠れていないでウィルとともに行くべきだった。
そう後悔するがもう遅い。
後悔や怒り、絶望など色々な感情が胸のなかに溢れる。
……とにかくウィルを探そう。
今俺にできるのはそれぐらいしかない。
悔しいがこの兵士達を倒したところで助けを呼ばれてすぐにやられてしまうだろう。
そもそも勝てるかどうかもわからない。
ウィルが国王のもとに向かうと言っていたことを思い出した俺はいったん塀から離れ、街から距離をとりながら生まれ育った館から一番近い門を目指した。
敵に見つからないよう慎重に進んだせいか、無事に門が見える場所までたどり着くことが出来た。
その代わり結構な時間がたってしまったようだ。
門の周囲には敵兵はいないように見える。
外から攻められるとは思ってもいないのだろう。
ゆっくり近づくと、館の方から剣戟の音や人が叫ぶ声がかすかに聞こえる。
どうやら館の周囲ではまだ誰かが戦っているらしい。
「騎士団か!?父上は無事なのか?」
ウィルもそこで戦っているかもしれない。
もうこうなれば一人で隠れているわけにはいかない。
国民が殺されると分かっていて一人生き延びた王族などなんの意味もない。
そう決心した俺は腰の剣を抜き、館に向かって駆け出した。
中にいるはずの騎士団とウィルと合流するため裏口に向かう。
幸い敵兵は館の入り口での戦いに気を取られている様子であり、俺には気がつかない。
「うわぁぁー!!」
「助けてくれぇ!」
「何をしている!たった一人にどれだけかかっているのだ!」
そのとき凄まじい風圧とともに敵兵がまとめて吹っ飛ばされるのが見えた。
そして、その敵兵の向こうには剣を構えたウィルがいた。
「一人!?ウィルは一人で戦っているのか?騎士団はどうした?」
疑問に思いながらウィルに向かって叫ぶ。
敵にばれようがそんなことは構わない。
「おぉーい!ウィル!他のみんなはどこだ!?父上は!?」
ウィルはこっちを振り返り、びっくりしたような顔で叫び返した。
「ジャッジ様!きてしまわれたのですか!?
くっ…、陛下や生き残った人々は館の中です!ジャッジ様も早くご一緒にお逃げください!」
そう叫ぶウィルの体は自分の血や返り血で真っ赤だ。
剣もさっきまで使っていた剣はだめになったのだろう、違う長剣を手にしている。
足元には投げ捨てられた剣や槍、斧のようなものも見える。どれもこれもボロボロだ。
そしてそれよりも気になるのが…、ウィルの前に倒れている夥しい数の兵士だ。
ざっとみても1000はいるだろう。
我が国の兵士は100もいないからほとんどが敵兵ということになる。
「あの数をウィルがやったのか?すごい…」
父上が天下無双といったのは大袈裟でもなんでもなかった。凄まじい強さだ。
パッと見一つしかない館の表の入り口に敵は殺到するだろう。それをたった一人で食い止めている。
「おい!まだ生き残りがいるぞ!」
俺に気づいた敵兵が俺に向かって走ってくる。
「や、やってやる!」
不格好でもなんでもいい、俺もこの国を守るんだ!
ウィル一人にまかせるわけにはいかない。
ぎこちなく剣を構え、敵兵を迎え撃とうとする。
敵兵は足を止めること無く、剣を振り上げながら俺に向かって突っ込んでくる。
「死ねぇぇー!」
振り下ろされるであろう剣を受け止めようと、とっさに目を瞑りながら剣を両手で支え頭上に掲げるように上げる。
が、いくら待っても両手に衝撃がこない。
体のどこかを切られた痛みもない。
「うっ!」
ドサッ!っという音が聞こえ、ハッと目を開けてそちらを見る。
敵兵が俺の斜め後方に倒れている。その背中には根本まで短剣が刺さっている。綺麗に真ん中に刺さり、まるで短剣が生えているようだ。
「ジャッジ様!早く中に!」
ウィルの叫び声が聞こえる。
ウソだろ!?あそこから投げたのか?
しかもあの大量の敵兵と戦いながら?
ウィルのいる場所からここまではどうみても50mは離れている。
ばかげた肩の力とコントロールだ。
しかも目の前の敵兵もしっかりと相手しながらだ。
唖然としながらもウィルの言葉通り館の裏口を目指す。
当然敵兵も追ってくるが、なんとか見つからないよう入らなければならない。
後ろを気にして走りながら敵の視線が館の壁に遮られた瞬間、目の前の井戸に飛び込む。
この井戸は水の入っていないフェイクの井戸だ。
深さも2m程しかない為膝を曲げて衝撃を吸収するように着地する。
着地すると急いで井戸に使われている石と全く見分けのつかない扉を手で探り当て、開けてその中に入る。
「まさか、この裏口の正しい使い方をする日がくるとはな」
この裏口は父上と俺、それにウィルしか知らない。
早くに亡くなった母上の代わりに俺を育ててくれた、口うるさい侍女たちの目を盗んで街に遊びに行くときなどによく使っている。
パッと見ただの井戸であるし、底まで降りて相当詳しく調べないと入り口である扉には気づかないはずだ。
裏口の館側の出口である倉庫代わりに使っている部屋に出た。
部屋の扉を明けすぐに父上がいるはずの部屋を目指す。
避難した人々はどこにいるのだろうか?
かなりの人数がいるはずだから大広間だろうか?
そのように色々なことを考えながら俺は走る。
館の外からは激しい戦いの音や、敵兵のあげる雄叫びが途切れること無く聞こえている。
ウィルは今この瞬間も俺たちのために剣を振るっているのだろう。