19
ウィルがたった1人で盗賊団を探すために街を出たとは夢にも思わない俺は、ラミィとの昼食を終えていた。
「それで?アンタはどこに行ってみたいの?」
俺にそう聞くラミィはお腹がいっぱいになったからか、眠そうな顔をしている。徹夜なんかするからだ。
「それより昼寝でもするか?お前眠そうだぞ」
俺が気を遣ってそう言うと、ラミィは眠気を飛ばすように首をぶんぶんと振り、
「イヤよ!はっ…私を寝かしてなんかするつもりでしょ!」
そんな的はずれなことを言うラミィ。まったく相変わらず自意識過剰だ。
「なんもしねーよ。眠くないならいいんだ。そうだな…。俺は海が見てみたいな」
ハートランド王国は山に囲まれた国だった。俺もずっと国内にいたわけじゃないが、海というものは見たことがなかった。父上やウィルの話だとどこまでも続いているように見えるらしい。しかも海の水はしょっぱいと聞く。是非いってみたい。
「海?アンタそんなの見たいわけ?仕方ないわね。そうなると…、アレがいるわね」
そう言うとラミィは立ち上がって外に出ていってしまった。しょうがないので俺もその後を追って家の外にでる。
どうやらラミィの目的の物があるのは、家の隣にある物置小屋らしい。そっちの方から物音が聞こえる。
「ラミィ。なにしてるんだ?」
俺が声をかけつつ物置小屋の中を覗き込むと、ラミィがなにかを引っ張りだそうとしている。
「ちょっと、アンタも手伝って!コレを出したいんだけど、他の物が邪魔なのよ」
物置小屋の中は見事に散らかっている。散らかっているというよりは、何に使うか分からないような物が乱雑に積み上げられている状態だ。
仕方ない。と、ラミィの横に並び邪魔になる物をどかすのを手伝う。手に持って動かす物一つ一つが見たことない形をしている。きっと魔法に関する道具なんだろう。
もっと整理すればいいのに、と思いながら作業していると、やっと目的の物が目の前に現れた。
「さぁ、引っ張り出すわよ!表に出して少し掃除しなくちゃ」
そう言うラミィと一緒に、目的の物を物置小屋の外まで引っ張り出す。確かにホコリだらけだ。
ラミィが「エターナルウインド!」と言いながら風を起こし、強さを調節しながら器用にホコリを吹き飛ばしていく。このあたりの魔力の使い方はさすが魔女だ。
…ネーミングは微妙だが。
その後水魔法で洗い流し、もう一度風魔法で乾かしたあと掃除が完了した。
「こんなもんでいいわね。上出来!上出来!」
綺麗になったソレをじっくり観察してみる。一見すると小さくはあるが馬車のように見える。車輪も4つついており、その上にはソファーのように座る場所がある。後ろは木でできた壁がついているが、前と横は吹き抜けだ。後ろの壁と前2本の支柱で支えるように屋根もついている。馬車と違うのは引いてくれる馬と、馬に繋がる部分が無いことだろう。
「これはどうやって使うものなんだ?」
考えても分からないのでラミィに聞くことにする。
聞かれたラミィは、いつものように小さい胸をめいっぱい張って偉そうに説明してくれた。
「これは魔力で走る馬車よ!いや、馬がいらないから馬車じゃないか…。えーっと…魔車よ!」
ほんとにそんな名前なのか?というほど怪しい名前だ。おそらく正式名称ではなく、ラミィネーミングだろう。
「ほう、ということは乗るものか。魔力で走るってことは乗るだけでいいのか?」
魔王の乗り物のようなその名称は置いといて、魔車自体はとても興味深い。どういう仕組みになってるんだ?
「そうよ!この不世出の天才美人魔女のラミィちゃんが開発した世紀の乗り物よ!まぁ、とにかく乗ってみなさい。なかなか乗り心地は悪くないわよ」
そう言うと自分はさっさと魔車に乗り込んでしまう。
俺もラミィに続いて魔車のソファ部分に腰かけてみる。
ラミィの言う通り、ふかふかで座り心地は良い。いつもより視線が高くなりちょっと怖いが。
隣に座っているラミィが足元でなんかガチャガチャしてるなと思ったら、足元の床板の下から金属でできた棒を引っ張り出してきた。
「この棒の先っぽを掴んで魔力を流すのよ。流した魔力の強さによって速さが変わるわ。曲がるときはそう念じれば勝手に曲がるから大丈夫。さぁ、まずはやってみなさい!」
そう言われた俺は、恐る恐る先っぽの丸くなった部分を握る。そして魔力を流すように意識してみると…。
ドンッ!
ものすごい速さで魔車が急発進した!
急発進した魔車はあっという間にラミィの家の庭を抜け、柵をぶち壊した。それでも止まる気配のない魔車は大木のほんの目の前に迫っていた。
「きゃあぁー!!ぶつかる!ま、曲がって曲がって!避けてー!」
隣に乗るラミィが絶叫するが、俺もそれどころじゃない。
「ま、曲がれー!!曲がってくれ!」
そう念じると魔車は進行方向を変え、ギリギリで大木を避けた。そのまま今度は「止まれ!」と念じ、魔力を流すのを止めるよう意識する。
すると魔車は今までのスピードが嘘のようにピタッと急停車し、それに伴って俺たちは前方に投げ出された。
ドサッ!
という音と共に草の上に投げ出される俺とラミィ。若干俺の方が先に着地し、俺の上に落ちるようにラミィが降ってきた。とっさに地面に落ちないように抱き止める。
「痛たたた…。おい、ラミィ大丈夫か?」
そう聞くと腕の中のラミィはすごい剣幕で文句を言ってきた。
「アンタバカなの!?アンタのバカみたいな魔力を加減せずに流したら、こうなるってわかるでしょ!もうっ!」
そうか!そういえば少しずつ流すように加減しなかったな…。しまった。魔車は大丈夫かな?壊れてないかな?
「す、すまんラミィ」
そう考えラミィに謝る。
すると、ぷんすか怒っていたはずのラミィが大人しい。
不思議に思いラミィを見ると、顔を赤くしてなんかもじもじしていた。
「と、ところで。そろそろ離してくれない?ま、まぁ別にアンタがどうしてもって言うんなら、し、しばらくこのままでもいいけど……」
そういえばラミィに怪我させたらいけないと思い、とっさに抱き締めた格好のままだった。しかも夢中だったせいでかなり強く抱き締めてしまっている。
「あぁ、すまんすまん。ほら、立てるか?」
ラミィを離しその場に立たせる。俺も身体中についた草を払いながら立ち上がる。
「いやーえらい目にあったな。魔車は壊れてないかな?」
パッと見、魔車は先ほどと変わらないように見える。
しかし、すごい乗り物だな。あんなスピードは生まれて初めて体験した。魔車があれば遠い距離の移動も大分楽になるだろう。問題があるとすれば、魔力を持ってないと動かないってことか…。
そんなことを考えていると、まだちょっと顔の赤いラミィが、
「とにかく便利な乗り物ってことが分かったでしょ。コレに乗って海まで行くわよ!さぁ、荷物を積んで!」
と、言いながら自分はさっさと荷物をとりに家の方に行ってしまった。俺も後を追うようにラミィに続く。
そのあと絶対自分がするといって譲らないラミィの運転で、海に向かって出発した。
俺にはなんにも言い返す権利はなかった。