18
ウィルは討伐隊が集合するように決められていた広場で途方にくれていた。
ジャッジと別れ家を出たウィルが集合予定の広場についたときは、まだ誰も姿をみせていなかった。まだ大分早い時間のため当たり前だ。
「さて、物資の確認をしておくか」
ひとたび街の門を出ると3日間は帰ってこれない予定のため、物資は食料やテントなど多岐にわたる。基本的には領軍の倉庫にあったものを使うのだが、足りないものや食料などは支給された支度金で、相談しながらウィルが買い揃えた。
物資の積み忘れがないよう再確認しているウィルのもとに、ロック兵長がやってきた。
「ウィル殿!この度はこんなことになってしまって…。私が頼んだこととはいえ、本当に申し訳ない!」
討伐隊に参加しないロック兵長は、責任を感じているのだろう。わざわざ出発前に挨拶にきてくれたようだ。
「兵長が気にすることないですよ。ジャッジ様も納得してくださり、安全も確保できました。さっさと盗賊団とやらを壊滅させて帰ってきますから、期待していてください」
ウィルはジャッジがラミィのところにいる限り安心だろうと考えているため、この前とは違いロック兵長に対する態度も柔らかい。
「それより、他の参加者はまだみたいですね」
そう聞くウィルに対し、言いづらそうにロック兵長が口を開く。
「そのことなんですが…。皆が来たらどうせ分かることなので、先にウィル殿には聞いて頂きたいことがあるんです。実は…」
ロック兵長の話はこんな内容だった。
討伐隊に参加させる領兵の数はウィル含め10名と決まったが、現在街の治安維持にまわっている人員も減らすことはできない。そこで討伐隊には現役を退く寸前や、引退直後の高齢の者たちを選んだらしいのだ。
「その方たちは足腰は大丈夫なんですか?結構な距離を移動すると思いますが…」
ロック兵長の話を聞いたウィルは、当然の疑問を口にする。
「ええ、高齢とはいえほぼ現役の兵士です。出世こそ逃していますが、皆戦争も幾度か経験していますし大丈夫でしょう」
ウィルに自信満々で答えるロック兵長。兵長がそこまで言うならきっと大丈夫であろう、とウィルはほっと胸を撫で下ろす。
そろそろ出発!という時間になるが集まった討伐隊は、何度数えても4人しかいなかった。ウィルを含めても5人だ。
その時、ロック兵長が様子を見に行ってくるよう命令した若い兵士が走って戻ってきた。
「報告します!討伐隊参加予定者残り6名は、急遽不参加になったとのことです!」
報告する若い兵士に、ロック兵長は怒鳴り付けるように聞く。
「なんだと!なぜ急に不参加となったのだ!?昨日までの話では全員参加できるはずだぞ!ちゃんと司令官殿に確認したのか?」
「はっ!司令官殿及び詰め所にて担当者に確認したところ、6人中3人が腰の痛み、2人が膝の痛みのためベッドから起き上がれず。残りの1人は妻女に不幸があったとの事で不参加と決まったようです!」
「なっ……!?」
若い兵士の報告を聞き頭を抱えるロック兵長。
それを隣で聞いていたウィルも頭を抱えたい気分だった。
広場に集まる老兵士たちも若い兵士の言葉を聞き、
「わしも膝がつらくてのぉ」
「なんの、わしなんか肩はほとんど上がらんわ」
「戦争で受けた古傷が…」
などと痛いところ自慢が始まっている。
ウィルはしばらくそれらを眺めながら途方にくれていたが、意を決したようにロック兵長の方を振り向き口を開く。
「兵長、これでは討伐隊の派遣は無理でしょう。集まってくれた兵士の士気も下がっています。とても盗賊団の相手は務まらないでしょう。」
その言葉を聞いたロック兵長は複雑な表情だ。
「しかし、今さら討伐隊を取り止めにするなどと言ったら商人達からなにを言われるか…」
それはそうだろう。領兵も尻をせっつかれて討伐隊を決めたはずだ。今さら無しにとか、延期にとかは立場上難しいだろう。
そんな苦しい領兵の立場を分かっているのか分かっていないのか、ウィルはロック兵長に話を持ちかけた。
「なにも盗賊団を野放しにしておくとは言ってませんよ。討伐隊という形ではなく、私が1人で盗賊団を壊滅させてきましょうか?」
ウィルの思惑はこうだ。
元々領兵の働きにはあまり期待していなかった。それは領兵を侮っているわけではなく、ウィル自身の強さからくるものだ。正直、足手まといとなる領兵と共に行動するよりも、1人で行動した方が遥かに早く盗賊団を見つけることができるだろう。そして、ちゃちゃっと壊滅すればジャッジの元へも早く帰れる。と、いうわけだ。
そんなウィルの思惑も知らず、ウィルの言葉を聞いたロック兵長は感激していた。
「う、ウィル殿!そこまでこの街のことを思ってくださっていたなんて…。しかも、我ら領軍のことまで気遣ってくださって…。私は感激しました!」
そう言って涙も流さんばかりにウィルの手を握る。
「しかし、いくらウィル殿といえども、お一人ではさすがに厳しいのでは?」
真のウィルの実力を知らない者には当然の疑問だろう。
しかし!ウィルはかの剣聖ウィリアムに、自分を超えし者と認められた実力の持ち主だ。盗賊団の1つや2つ、なんの障害にもならない。
そんなロック兵長の、安否を気遣う優しさからの疑問をウィルはぶった切る。
「問題ありません。それよりもさっさと盗賊団を見つけてジャッジ様の元へ戻りたいので。そういことで私1人で出発しても構いませんよね?」
「え、えぇ。ウィル殿がそう仰るなら私達はかまいませんが…」
「それでは、行って参ります」
ロック兵長の言葉を聞き終わるや否や掴まれていたロック兵長の手を振りほどき、ウィルは自分の分だけの荷物を持ち街の門に向かう。
門を出たウィルは、門から続く街道をものすごい速さで駆け出した。あっという間に見えなくなるウィルの姿を呆然と見送るロック兵長と老兵士達。
「ウィル殿とはいったい……」
ロック兵長から見るウィルはとても不思議な男だった。剣術道場の主として街の人々から尊敬され慕われている。またその剣の実力も相当だと言われている反面、ウィルが「ジャッジ様」と呼ぶ若者を主と崇め、何事につけてもジャッジのことをまず考えているようだ。
「ま、まぁいい。とにかくウィル殿の帰りを待とう。盗賊団を見つけたとの連絡があれば増援を送らなければなるまい。今度こそは戦力になる者を送れるよう、司令官殿に進言しておこう」
そう呟き、若い兵士に広場に集めてある物資の片付けを命じる。兵長自身は不思議そうに立っている老兵士たちに解散を告げつつ、成り行きを伝えることにしたようだ。
このときのロック兵長の懸念は全くの無駄となるのだが、まだロック兵長には知る由もない。