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マイノリティ  作者: 胸毛モジャ夫
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「うるさいぞ!何事だ!?」


「おい!どうした!?報告はまだか!?」



イーストエンド軍の中枢であるアルト王も滞在する大規模なテントの中は、先ほどから大勢の兵が出入りしていつになく騒がしかった。


もちろんアルト王もそれに気付いており、側近や将軍に何度も報告を求めているのだがまだ誰も事態を把握できていない状態だった。



「ほ、報告します!」



と、刻一刻と不機嫌になっていく君主に首脳陣がやきもきしていると、やっと状況把握を命じた兵が将軍のもとに帰ってきて息を整えるや否や報告を始めた。



「敵が砦より出て参りました!突然の攻撃に我が軍は劣勢です!」


「なに!?ここにきて攻勢をかけてきただと!?」



報告を聞いた将軍はまさかとの思いでそう聞き返す。


将軍として最近の劣勢は当然把握していた。なにしろ絶対の自信を持っていた新兵器がことごとく不発に終わったのだ。しかも敵には魔法使いがいる。遠距離からの撃ち合いでは分が悪い。


既に何度か撤退を進言したのだが、アルト王は頑としてそれを認めてくれなかった。そこで、将軍は大きな損害を出さずにアルト王が撤退を決断してくれるまで粘るつもりだった。


その為に最前線には敢えて国軍を出さず、志願した貴族軍を敷いていた。そこで少しでも主力である国軍を残そうと考えていたのだ。


志願する貴族はいくらでもいたのでそれに苦労することはなかった。…まぁ、中には手柄も期待できないのに後方の布陣を希望する貴族もいたが、あれは元々アルト王を支持する派閥ではないから仕方ない。



驚く将軍に対して、更に伝令兵は報告を続ける。そして、それは正にイーストエンド軍にとって神話にも語られる終わりを報せる鐘の音にも等しいものだった。



「敵は圧倒的な武力を持つ剣士を筆頭に、その後を巨大な人型の兵士か続き更に後続からも多数の兵が突撃を仕掛けてきております。その規模は目測するに総攻撃ではないかと思われます!」


「な、なんだと!?総攻撃だと!?」



これには後ろで聞いていたアルト王も思わず驚愕の声を上げた。


突然大声を上げた君主に驚いた将軍は、ちらっとアルト王の方に視線を動かす。しかし、特になんの声をかけるでもなく再び伝令兵に向き直り続きを促した。



「それで?被害はどの程度だ?」


「はっ!前線は既に突破され現在は国軍の中ほどまで侵入を許しています!前線の貴族軍は殲滅されたものと思われます!」


「ふむ…。そうか…」



報告兵の言葉に冷静にそう答える将軍。


報告を受けた当初はさすがに慌ててしまったが、ここで慌ててしまっては敵の思う壺だと理解している熟練の将軍は、既にいつもの冷静さを取り戻していた。


そして、このままではこのテント付近まで敵が近づくのも時間の問題だと考えた将軍は、アルト王に向き直り跪く。



「陛下。ご決断の刻でございます。退くなら今を持って他にございません。どうかご勇断を!」



そうはっきりと告げる将軍。しかし、アルト王はそんな臣下の言葉をどうしても受け入れることができないでいた。



「ならんっ!撤退などするわけにはいかんのだ!余は許さんぞ!」


「………………………畏まりました」



アルト王の我が儘とも言える命令に、ぐっと唇を噛み締めた後将軍は了解の意を伝えた。



アルト王としてはここでの撤退など認めるわけにはいかないのだ。夢であった大陸制覇がほんの鼻先にぶら下がっている、そんな状況で足止めを食らうのは嫌だったからだ。


ここで退けば更に数ヵ月、数年単位で準備に時間を費やすことになるだろう。戦争とは侵略とはとにかく時間のかかるものなのだ。



理不尽とも思える君主の命令だったが、将軍はその中で最善と思える策を見いだし命ずる。



「……両翼の兵を回り込ませ敵を挟み撃ちにしろ。守備は中央のみ厚く他は攻撃に回せ。後方は貴族軍に任せる。まずは突撃しているという剣士を集中して狙え」


「はっ!」



将軍より命を受けた伝令兵は、すぐに立ち上がり風のようにその場を走り去った。


直接蹂躙される前線を見たわけでもない将軍にとってはこの指示が最善であっただろう。しかし、少し後にこの命令を聞いた前線の兵達がどう感じるかは、また別の話だ。




「くそっ!もう少しで投石機も届くという時に…」



アルト王は拳を固く握りしめながらそう嘆く。


そう。破壊された投石機の替えを本国に依頼していたのだ。予定では既に届いていてもおかしくはなかったのだが、運搬中に事故があったとかで到着が遅れていた。


この戦いでまともな戦果を挙げることができたのは新型の投石機だけだ。あれが砦に対して効果を発揮することは実証されている。だからこそアルト王も期待し追加を命じたのだが、結局届くことはなかった。


……実は事故というのは真っ赤な嘘で、セカーニュの街を経由する際にケイレブ伯爵があらかじめ指示しておいた通りに執事のコーブルが動き、今もセカーニュに足止めされている。もはやこの戦いで新型投石機が二度目の活躍をする日はこないだろう。



アルト王が悔しがり、将軍や側近は細かな指示を出すために忙しく行き来していると、


バサッ!


とテントの入り口にかかる扉代わりの布を勢い良く跳ね上げて、伝令兵が飛び込んできた。


なんの声かけもなく国王のいるテントに飛び込むなど不敬極まりない行為なのだが、伝令兵の息も絶え絶えな様子を見るとそうも言ってられない状態のようだ。



伝令兵は飛び込んでくるなり、跪いたのか膝から崩れ落ちたのか分からない勢いで姿勢を低くし、一つ大きく深呼吸をすると口を開いた。



「ぜ、ぜぇ、ぜぇ……。う、裏切りです!後方のケイレブ伯爵軍、ファイス駐在国軍と思われる部隊が裏切りました!後方は総崩れです!」


「なっ……。裏切りだとぉ!?」


「はっ!突如味方の背後から襲いかかり、既に複数の貴族軍は壊滅しています!」


「なにぃー!?」



突然の報告にまともな返事もできないほど驚くアルト王と将軍。


ここへきて裏切りなど誰が想像できただろうか。しかも報告が正しければこの戦の段取りの多くを担っているケイレブ伯爵もその一味というではないか。


伯爵の治めるセカーニュには多くの食料等の物資も依存している。この戦いでの最重要拠点なのは間違いない。



「へ、陛下!討伐のご指示を!」


「うむ!逆賊を討て!」


「はっ!………おい!聞いたか!すぐに後方の軍を動かせ!」


「はっ!」



すぐにケイレブ伯爵達反乱軍の討伐を命ずるアルト王。


妙にスムーズにこういったやりとりが行われたわけだが、これには悲しい理由がある。


アルト王が王位を簒奪してからというもの、元王派つまり前アルフレッド王を支持していた派閥の貴族の反乱が続いたのだ。


もちろんアルト王に忠誠を誓う貴族の方が多かったわけだが、利権や血の繋がりなどでどうしても受け入れられない貴族も多かったのだろう。


そんなわけで、こういったやり取りも既に複数回経験を重ねているアルト王は流れるように逆賊であるケイレブ伯爵達への攻撃を命じた。


しかし、これが更に状況を悪化させる一手であるとは、アルト王も熟練の将軍も気付くことはなかった。

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