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アルト王率いるイーストエンド軍がダポン共和国との国境にあるこの砦を攻め始めてから約一ヶ月、遂にその決着をつける為の戦いが始まった。
驚いたのはイーストエンド軍の方である。
またいつも通りの砦攻めを本日も開始しようとしていたら、なんとその前に敵は門を開け放ちそこから大量の兵が突撃してきたのだ。
……いや。もっと正確に言うのであれば、一人飛び抜けて先頭に立ち突撃してくる男と、その男より少しだけ遅れて土煙を上げながら綺麗に一列に並んで大股で地を踏みしめるように歩く巨人の群れがいるのだ。そしてそこから大分後ろに多くの一般兵が走って続く。
もちろんそんなこと想像もしていなかった前線の主に弓兵の部隊は慌てふためいた。
「なっ!?」
「で、伝令だ!伝令を出せ!」
かろうじて起きた事態を判断する冷静さを保っていた指揮官によってすぐに伝令が出される。
しかし、その他大勢の一般兵やパニック状態に陥っている上官達は、特に何の対策もとることのできないまま先頭の男との接触を迎える。
ズッッババババァー!!!
混乱して隊列を揃えることもままならない前線に辿り着いたウィルは、手加減することなく全力で両手に持つ黒剣を振り回す。
「う、うわぁぁー!」
「ひっ、ひぃぃ~!」
為す術もなく次々にその黒剣の犠牲になっていくイーストエンド兵達。
直接剣で斬られた者よりも、剣の巻き起こす風圧や斬られて吹き飛んだ味方によって致命的なダメージを受けた者の方が多いだろう。
最前線よりひとつ下がった位置で指揮をとっていたフリック子爵も、ウィルの振るった剣の風圧によって馬上から弾き飛ばされた一人だ。
「痛っ…!なんだ一体!?おい!敵はたった一人だそ!なんとかしろ!」
そう近くにいる部下を叱咤激励するものの、皆突然の事態に完全に我を失っている。
元々あまり武勇に優れているとは言えないフリック子爵の持つ領兵達だ。こうなるともう使い物になるわけはない。
確実に勝てて、尚且つ手柄を上げれば占領した土地を与えられるかもしれない。と、甘い考えで最前線を希望して現在この場にいるフリック子爵には、今自分が何をすべきかなど分かるはずもなかった。
「……あいたたた」
なんとか尻餅をついた状態から立ち上がることの出来たフリック子爵は、前方に展開していた我が兵達が次々に斬られていくのを見ていることしかできない。
「あれは………何だ?」
フリック子爵が見つめるその先には、スカスカになって遠くまでよく見えるようになった前線の向こうから迫る巨人の群れがあった。
「おぉー!相変わらずウィルは無双してるなぁ」
「さすがウィル殿です!」
俺はロックと共に砦の縁ギリギリに立って戦場を眺めていた。今日は備え付けの盾に隠れなくても矢は飛んで来ない為、俺の目の前には広々とした景色が広がっている。
その戦場では一人突出したウィルがまるで猛威を振るう竜巻のように所狭しと暴れまわっている。
「ラミィのゴーレム達もやるなぁ」
そして、その後ろに一列に並んで悠々と行進しつつ、目の前のイーストエンド兵を道端に転がる小石を蹴飛ばす様に無造作に片付けるゴーレム達がいる。
これはラミィのここ最近の研究の成果だ。
ほんの1週間前までは同時に3体操るのがやっとだったゴーレムだが、今では見た通り20体近くも同時に操っている。
ラミィ曰く、簡単な動作だけを条件反射のように命令しているらしい。だから、ここまでの数を同時に操ることができているとの事だ。
正直俺には何を言っているのかほとんど分からなかったが、説明をしているときのラミィはすごく自慢げだったのでとりあえず感心したり誉めたりしておいた。
ラミィもそれを聞いて満足そうだったから良しとしよう。
と、まぁそんな感じでとりあえず初撃は大成功のようだ。完全に意表をつかれたイーストエンド軍はみるみる前線を下げている。
そしてここからだとかすかにしか見えないが、イーストエンド軍の後方からも土煙が上がっている所を見ると、ケイレブ伯爵とホースも時間を違えることなく決起したようだ。
俺が合図の爆発火球を放つ前には準備をしていたということだろう。これでアルト王は前後から猛烈な攻めにあうことになったわけだ。
前方からは天下無双の剣士と巨大ゴーレム、後方からは油断していた所に味方の裏切りだ。目も当てられないとはこのことだろう。
「さぁ、あとはアルト王に奥の手が残されているかだが…、どう思う?」
俺は視線を戦場に向けたまま、ロックにそう尋ねる。ロックもロックで周囲の警戒を怠ることなく俺に返答した。
「はっ。まだ我々の知らない新兵器がある可能性もありますが……、それならばここまでの劣勢になる前に投入するのが普通の指揮官だと思われます。おそらくもう奥の手はないと考えていいのではないでしょうか」
「うん。俺もそう思う」
俺はロックの意見に素直に賛成する。
おそらく爆発玉や連弩、投石機のような新兵器はもうないだろう。俺が一番危惧していたウィルの体に傷をつけた小さい弾を発射する武器も今のところ誰も使っていないようだ。
構造もかなり複雑だったから多くは製造していないのか、それともあの刺客だけが持つ独自の武器だったのかは不明だが、こちらとしては無いなら無い方が助かるのは事実だ。
あんなのを一般兵皆が持っていたらそれこそ戦争が変わってしまう。まぁフォージとラミィが言うにはどうやって作ったか分からない程の技術が使われていたらしいから、そうそう出回ることもないだろう。
………ただ、無属性魔法なら作製が可能だとも言っていた。……このことから予想されることはゾッとするから、今はこれ以上考えるのはやめとこう。
俺は雨で濡れた犬のように首を左右に振り、頭の中の余計な考えを吹き飛ばす。
そして再び戦場に集中することにした。
俺が少しの間物思いに耽っている間も、我がダポン・ハートランド連合軍は怒涛の勢いで攻め続けている。
あっという間にウィルは敵陣深く切り込んでおり、後ろのゴーレムが通った後には綺麗にイーストエンド兵の姿はない。
運良くゴーレムの進路から外れて難を逃れた兵達も、後方からすごい勢いで突撃してくるダポン・ハートランド軍の兵に滅茶苦茶にされているだろう。
イーサンを始めとするジャッド族は、正にこういう乱戦の戦場を元々得意としているのだ。規律を守って兵法に則って戦い始めたのはごく最近でしかない。どちらがより戦果を挙げられるかは別として、どちらが得意かは考えるまでもないだろう。
「すまんな、ロック。本当はロックも一緒に戦いたかっただろ?俺なんかの子守りじゃ不満だろうけど我慢してくれ」
俺は隣で戦場を見つめるロックがやや羨ましそうな表情をしている気がして、なんか申し訳ない気分になってそう話しかけた。
すると、ロックはとんでもないと顔の前で両手を素早く振りながら答える。
「いえいえ!ジャッジ様の護衛こそ我が使命です!どうかお気になさらないでください」
「……そうか?でも確かに助かってるよ。ありがとう」
「はっ!もったいなきお言葉…」
などと、ロックは謙遜しているようだが、実際本当に安心感があるのだ。ロックには感謝感謝だ。