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「いやぁ、今思い出してもヨダレが出そうだ。本当に旨かったぞ」
「ほほう。それほどですか!?それは是非私も味わってみたいものです」
「あぁ。あれは新しいソバの可能性だな。ジャッド族の皆もびっくりするはずだ」
俺は今、5日後に控えた総攻撃に向けた作戦会議を終え、作戦室でイーサンやロック達と無駄話をしている所だ。
ちょうど先日のケイレブ伯爵のお土産であるソバクレープについて俺がイーサンに力説していると、そこにロックも加わりソバ好きの男3人で大いに盛り上がっていた。
ロックもハートランド王国に移住してからソバの魅力に取り憑かれた一人であり、独り身の自由さからか毎日のようにソバを食べているらしい。もうそれは主食と言ってもいいだろう。うらやましい限りだ。
「しかし、そうなると更にソバの需要が増えますね。これはタゴサック殿達に更に頑張ってもらう事になりそうですね」
「あぁ。そうだな。タゴサック達ンダ族には感謝してもしきれないな」
今でもかなり無理をしてソバ畑を拡張してくれているタゴサック達だが、今後の需要増加によっては更に生産量を増やさなければ追い付かなくなるかもしれない。
もうンダ族だけでは限界かもしれないなぁ。帰ったらその辺ももう一度考えてみなければいけないな。
俺は国王としては嬉しい悩みを抱えながら、その後もイーサン達とソバ談義に花を咲かせた。
……もちろん、総攻撃についてもちゃんと話し合っている。
ここ数日でイーストエンド軍の攻撃も明らかに勢いを失ってきているし、何故退却しないのか不思議な位だ。あれでは兵の士気も上がらないだろう。
こちらの被害もほとんど毎日軽傷者何名とかで済んでいる。反対に向こうは連日数百名は戦闘不能になっているだろうから、もう戦力差については気にする程ではないだろう。
当日もウィルの突破力とラミィのゴーレムを先頭にして、討ち漏らした兵を残りの兵で片付けるという力押しの戦術で十分対応できそうだ。
……というか、おそらくそれで無双できるだろう。そのくらい二人の戦力は飛び抜けている。
俺に出番があるかは分からないが、当日も側にロックが控えてくれるらしいからウィルの安心して無双できることだろう。
「よし!じゃあそういうことで皆よろしく頼む。……あぁ。話し合いの詳細は時間がかかってもいいから確実にケイレブ伯爵に届けておいてくれ」
「はっ!お任せください!」
胸をたたいてそう請け負うイーサンに軽く微笑んだ俺は、さっさと部屋を出ることにする。
俺がいたら話しにくい事もあるだろう。後は俺のいない所で悪口でも愚痴でもこぼしあってくれればいい。俺だってそれくらいの器の大きさは持ち合わせているつもりだ。
俺がまだ小さい頃も、館で父上の文句を言っている侍女をたまに見かけたものだ。……あれ?あれは確かフラーだったっけ?違ったかな?
……ま、まぁいい。とにかく立場上仕方ないとはいえ、上に立つ者はなにかとやっかまれるものだ。愚痴をこぼすくらいで怒るほど小さい王にはなりたくない。
そんな風に俺が器の大きな王を気取って颯爽と作戦室を後にすると、早速残されたウィル、イーサン、ロック、ガイル将軍は額を寄せあって話を始めた。
ちなみにラミィはもう少しゴーレムの魔法を改良するとかでここ数日は姿を見ていない。きっとまた本番で披露してびっくりさせようとか企んでいるのだろう。こと魔法に関しては妥協しないのが魔女としての性なのだろう。
「…それで?首尾は上手くいっているのですか?」
ロックが先程よりも小声でウィルに尋ねる。聞かれたウィルは、真剣な表情のまま声を抑えて返事する。
「既にケイレブ伯爵とはその方向で進めています。少なくとも無所属派の貴族達からは既に承諾をもらっています」
「それは重畳!後は残された王族や力を残している貴族達がどう出るかですな」
「うむ。我が国でも賛否両論出るはずですが、トルス議長が強く推せば変な横やりを入れる事は無いはずです」
イーサンやガイル将軍もそのぼそぼそとした話に混ざり、屈強な男4人の話し合いはその後もしばらく続いた。
……しかし、話し合いの後半は和やかにジャッジを褒め称える言葉の応酬になり、大国であったり、新王であったりと、不穏な言葉がその場では交わされていたのだが、ジャッジはそのことを知る術もなかった。
そして、遂に総攻撃の日がやってきた。
我らダポン・ハートランド連合軍の準備は万全だ。既に血の気の多い部隊などは今か今かと門の内側に陣取っている。
もちろんケイレブ伯爵とホースとも細かく打ち合わせ済みだ。俺の得意な爆発する火球が合図で一斉にイーストエンド軍の後方を襲う手筈になっている。その為に上手いこと最後尾まで部隊を移してあるというから、二人の軍内部での信頼も分かるというものだ。
もちろん部隊の兵達にも話してはあるという。おそらくだが、部隊長等の主だった者達だけだろう。あとの一般兵も最初は戸惑うだろうが、それでもついてくるとケイレブ伯爵とホースは信じているのだ。
これは憶測でしかないが、あの二人が部下に慕われていないわけないと思う。きっと大丈夫だ。
俺はというと、基本的にはこの戦での定位置である砦の最上部で待機だ。戦場が見渡せる位置で、ロックの護衛のもと指揮することになる。
まぁ時おり火球でも放っておけば、後はウィル達がなんとかしてくれるだろう。それ位楽勝ムードだ。
「……それでは、ジャッジ様お言葉をよろしいですか?」
ウィルが俺にそう声をかける。
そんな俺の前には約2万の大軍が顔を揃えている。手前の方にいる隊長クラスのダポン兵には、ちらほらとこの戦で知り合った者達の顔も見える。
俺はウィルに軽く頷くと、いつもの威厳ある国王モードの口調で話し出した。いや、大声を張り上げたが正しいだろう。
「…ごほん。皆!遂にこの日が来た!謂れの無い侵攻を受けた日の事を私は忘れることはないだろう。そして、それに立ち向かおうと皆がこの砦に集結してくれた日のことも!」
「おぉー!!」
と、ここで一拍置く。…というよりは歓声で何を話しても聞こえないからだ。
「皆も聞き及んでいるとは思うが、今までイーストエンド王国が占領してきた国の人々も、今日に合わせて立ち上がることになっている。私達がしなくてはいけないことは、この大侵攻の元凶であるアルト王をこの場で亡き者にすることだ!それがなくては共に立ち上がる者達も、諸君の祖国に暮らす人々も安心して過ごすことはできない。……頼む。皆の力を貸してくれ!」
俺がそう言葉を締め括ると一瞬場には静けさが漂ったが、すぐに2万のつんざくような歓声が俺の鼓膜を震わせた。
「おぉーー!!」
「我らの力を見せつけろ!」
「祖国を守るためならこの命惜しくはないぞ!」
「キャー!!ジャッジ様~!!」
そこかしこで皆好き勝手な言葉で歓声を上げている。
……中にはちょっと毛色の違う歓声もあるようだが。
「ジャッジ様。ありがとうございます」
ガイル将軍が俺に近寄ってきてお礼を述べてきた。将軍も顔を真っ赤に紅潮させているところを見ると、それなりに心動かされる所があった様だ。
「それでは突撃の指示は私にお任せください。ジャッジ様はどうぞ指揮所にてご観戦を」
「わかりました。後はよろしくお願いします」
俺はガイル将軍にそう返事を返すと、ロックと共にその場を離れた。
ウィルやラミィ、イーサン率いるハートランド兵の皆には既に激励済みだ。皆存分に働いてくれることだろう。
「さぁて。じゃあ後は突撃に合わせて忘れずに合図をするだけだな」
「はい。よろしくお願い致します」
階段を登りながらそうロックと言葉を交わすと、俺はこの戦最後になるかもしれない砦の最上部へと向かった。