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二つ目の穴を塞ぐことに成功した俺は、外で体を張って敵の侵入を阻止してくれていたイーサン達を労っていた。
「イーサン!よくやってくれた!それに皆も!」
「はっ!お誉めに預かり光栄です!」
「負傷者はいるか?」
「軽傷が数名。……ただ、ビーンが右手を失う羽目になりました…」
「………そうか。治療には最善を尽くすように言っておく。落ち着いたら見舞いに行くよ」
「はっ!きっとビーンも喜ぶはずです」
ビーンはジャッド族の戦士の一人だ。確かベテランと言っていい位の年齢だったはずだが、残念ながら会話したことはない。
ジャッド族のベテランの戦士が腕を失うような大ケガをするなんて、余程厳しい戦場だったのだろう。
それも俺の安易な考えが発端だけに本当に申し訳ない。
手を生やす事はさすがに無理だろうから、国に帰ったらビーンには戦士以外で相応しい役割を考えてみよう。それは俺が責任を持って行うべきだと思う。
そう反省しつつ、イーサン達にしばらく休むように命じて俺はロックとともに砦の階段を上がり始めた。
「これで一応は落ち着いたかな。後は爆発玉の残りの数によるな…」
「はっ。ですがあの威力です。運搬にも相当気を遣うと思われますからさほど量は無いと考えていいのではないでしょうか」
「うーん…。確かになぁ」
ロックのもっともな意見に頷きながら砦の上部を目指す俺だったが、さっきからなんか忘れている気がしていた。
「………なんだっけなぁ」
俺がそう呟くが、ロックは不思議そうな顔で俺を見つめるだけだ。
「……まぁいいか。今は戦況の確認が大事だ。ちょっとウィルに敵の後方の様子でも見てもらお…………ウィル!?」
「はっ!ウィル殿!」
そうだ!ウィルを忘れていた!外でイーストエンド軍の侵入を阻止しているウィルを置き去りにしてしまった!
そう気付いた俺は、顔を見合わせていたロックと共に急いで砦の階段を登りきり、飛び付くように砦の縁までたどり着いた。
そこにはラミィ含め数人の兵が固まって下を見下ろしていたが、何故か皆一様に引いた表情をしている。
「おい!ラミィ!ウィルは!?ウィルは無事か?」
俺はラミィにそう声をかけつつ、自らも視線を砦の外に向ける。
先ほどまでウィルが居たであろう場所にはイーストエンド兵の成れの果ての姿が積み重なっているが、肝心のウィルはいない。それどころか生きたイーストエンド兵もいないようだ。
「……あぁ。きたのね。あれもアンタの指示なの?」
「………?」
ラミィのどこか冷めたような、呆れたような声での問いかけに俺は首をひねることしかできない。
ラミィはそんな俺を見て、更にもう一度ため息をつくとゆっくりと一つの方向を指差した。
「ほら。ウィルならあそこにいるわよ。なんかバカみたいに張りきって暴れてるから、てっきりアンタの指示だと思ったんだけど違うの?」
俺はラミィの指差す方向に目を向ける。
そこには、この距離から見てもやっと見える位の速さで動き回りつつ敵を惨殺していくウィルと、まるで水面を跳び跳ねる魚のように軽やかに吹き飛ばされるイーストエンド兵達がいた。
手前には砦の近くの何倍ものイーストエンド兵の死体が転がり、中にはまだ生きている者もいるのだろう。もぞもぞと動いている。
「……なっ。なんでウィルはなんであそこまで突出してるんだ?」
俺はそう問いかけるでもなく呟く。
「知らないわよ。でもなんか楽しそうよ?しばらく放っておいた方がいいんじゃない?」
「楽しそう?」
ラミィはそう言うが、さすがにたった一人であそこまで突撃するのは危険すぎる。
……でも確かに笑ってる気がするな。ウィルってあんな戦闘狂だったっけ?あれー?
俺はいつもとは違うウィルの姿に疑問を抱きながらもいばらくウィルによるイーストエンド軍無双を見学していたが、流石にもういいだろうと思い退却の合図でもある爆発する火魔法を頭上に放った。
バーン!!
という音が戦場に鳴り響くと、ウィルもそれに気付いたのかこちらを振り返る。
そしてその良すぎる視力で俺の姿を捉えたのだろう。一目散にこちらに向かって駆けてくる。
しまった!出入り口が無いんだった!と思った俺だったが、そんなものウィルには必要なかったようでほとんど突起などない砦の壁を器用にするすると登ってきた。
「ジャッジ様!ジャッジ様の作戦通りに敵を追撃してまいりました!」
俺の前に跪くなりそう意気揚々と報告するウィル。
その表情は満面の笑顔でどこか誇らしい。だが、顔面はもとより身体中返り血で真っ赤だ。あのウィルが切り傷まで負っている箇所もある。余程激しく戦ったのだろう。
……しかし、作戦?そんなものないけど?
「……う、うん。ありがとう。取り敢えず傷の治療と着替えした方がいいよ?」
「はっ!お心遣い感謝致します!すぐに戻ってきます故、しばしお待ちください」
ウィルはそう言い残すと、颯爽とその場を去っていった。
残された俺はどこで行き違いがあったのか考えるが思い付かない。
強いて言えばウィルを誤って敵陣に取り残してしまったこと位だろうか…。しかし、そこからどう繋がればあの鬼のような追撃になるんだ?わからん…。
難しい顔でうんうん唸る俺のそばにラミィが寄ってきて一言こう言った。
「いくら考えても無駄よ。きっとウィルの頭の中は筋肉でできてるんだわ」
「………」
「おい!どういうことだ!爆弾がもう無いだと!?」
「はっ!確かに砦に甚大なダメージを与えたのですが、何故かすぐに修復され侵入は叶いませんでした。更に在庫も全て火の玉によって引火し焼失致しました!」
「………なっ」
イーストエンド軍後方のアルト王のいる指令所にその報告が届いたのは、既にウィルが砦に退却し終わった後だった。
報せを聞いたアルト王には衝撃や怒り、驚愕といった様々な感情が入り乱れていた。
しかし、事実は事実として受け止めなくてはならない。アルト王率いるイーストエンド軍がここまでの快進撃を続けてこれたのは、黒装束から提供された兵器のおかげもあるがアルト王の意外に冷静な采配のおかげでもあったのだ。
「……それで?我が軍の被害はないのか?」
なんとか頭の中を冷静に保つように意識しながら尋ねるアルト王。兵器が壊れるのはギリギリ想定の範囲内だ。まだこちらには圧倒的な兵力がある。
すると、聞かれた将軍はばつの悪そうな表情で返事を返す。
「…はっ。砦に空いた穴から侵入を試みた部隊3000、また最前線の兵3000が例の剣士一人の追撃によりやられました」
「なんだとっ!?たった一人にか!?」
「はっ!これで我が軍の損失は計1万を超えました」
「…………くっ」
まさかの将軍の報告に頭の中が再び沸騰しそうになるアルト王。
たった二日間の戦いで一万の兵を失うことになった。砦を攻める攻城戦の為損失はあらかじめ予想はしていたが…。これはあまりにも早すぎる。
それにその損失に見合う成果など未だゼロに等しいのだ。
向こうはほぼ無傷で、こちらは新兵器をことごとく破壊され1万もの兵も失っている。このまま戦い続けるのが果たして正しい道なのか…。
「…わかった。下がれ」
「はっ」
将軍を下がらせたアルト王は一人思案する。
昨夜まで自らの勝利を疑いもしなかったアルト王の脳裏に、ちらちらと敗北の二文字が浮かぶ。
しかし、その二文字以上にアルト王の脳裏の大部分を占めるのは大陸制覇の四文字だ。
黒装束の連中と出会った頃から現実味を帯びたこの夢だけは諦める訳にはいかない。
連戦連勝で勝ち続けてきただけに、まだ占領した国の統治も完璧とは言えないのだ。この戦で負けるようなことになれば、先だって支配した国がどう出るか分かったものじゃない。
反乱でも起こされたら益々大陸制覇からは遠ざかってしまう。
「……負けるわけにはいかない」
アルト王は決意のこもった眼差しでそう小さく呟いた。