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マイノリティ  作者: 胸毛モジャ夫
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ウィルはイーストエンド軍の爆発玉によって砦に開けられた大穴の外に出て、たった一人で怒涛のように攻め寄せる敵と対峙していた。


ウィルが砦から飛び出した当初はもう少し味方もいたのだが、その誰もが負傷して砦の中に下がっていった。いや、皆まだ戦う意思はあったのだが、ウィルが無理矢理にでも下がらせたのだ。



「……ジャッジ様なら必ずそうなさるはずだ」



ウィルは自らの主人が犠牲を望まないことを知っていた。そしてウィル自身が一番力を発揮できるのが孤軍奮闘の状況だということも。




そういうわけもあって、現在はたった一人でイーストエンド兵が穴から砦に侵入しないように多数の敵兵を相手取っている現状だ。



さきほどから一体何人のイーストエンド兵を葬っただろうか?既にその数は把握していない。おそらく100人は下らないだろう。…いや、もしかすると1000人に近いのかもしれない。


ウィルはぐるりと自分から距離を空けて取り囲むイーストエンド兵を見回す。


その前後には夥しい数のイーストエンド兵の死骸が積み重なっている。


無我夢中で攻め寄せる敵兵を切り捨ててきたのだ。手加減などする余裕もなかったせいでまともに五体満足の死体の方が珍しい位だ。



「む……。やつらめ流石に突撃は無駄だと分かったか」



ウィルはそう呟き、顔に付いた返り血を袖で乱暴に拭う。


顔が汚れていることなど気にはしないが、もし血が目に入ると厄介だ。多勢に無勢の戦況では一瞬の油断が命取りになる。



どうやらイーストエンド兵もウィル相手に無策の突撃は無駄だと悟ったようで、今は取り囲むように距離をとりながら攻撃の機会を伺っている。


ウィルとしてもそうしてくれるならそれにこしたことはない。さすがに少し疲れてきたところだ。


ちらちら後方の砦の方も気にかけてはいるが、さすがにすぐに修理というわけにもいかないだろう。これからは交代でこの場所を死守しなくてはいけない。もちろん主にウィル自身が門番として居座るつもりではあるが、さすがに寝ずにぶっ続けで戦い続けるのも2日位が限度だ。やはり交代の人員は必要だろう。


それになにより、ジャッジ様の身が心配だ。やはり近くでお守りしなくては安心できない。



ウィルがさてどうしようかと辺りに睨みをきかせながら思案していると、後方の砦がなにやら騒がしいことに気付いた。



「ん?援軍か?」



十中八九援軍の編成でも終わったのだろうと考えたウィルは、イーストエンド兵を牽制しつつじりじりと後方に下がり始めた。


このまま援軍の部隊と合流し、戦況が安定した頃を見計らって一度ジャッジの様子を見てこようと考えたのだ。



じりじりと下がるウィルだが、一向に援軍の気配は感じられない。もしかすると援軍ではないのか?



少し不安に思ったウィルが素早く後方を振り返って見ると、



「…………ん?」



なんと先ほどまで確かに砦に開いていた穴がそこにはないではないか。


戦っている間に場所がずれていたのか?と、考えたウィルは思いきって体ごと後方を向き砦を壁伝いに確認するが、そのどこにも穴など無かった。



「……何が起きているんだ?」



理解できない現実に思考が止まるウィル。


どうやら周りを囲むイーストエンド兵達が急に突撃を止めたのもこの修復された壁が原因のようだ。


確かに穴が修理されたら突入しようがない。それなのにウィルに攻めかかっても無駄に命を失くすだけだ。



「そうだ!もうひとつの方は…」



と、もう一発の爆発玉が直撃した方向に視線を向けると、そちらの方ではちょうどイーサン率いるハートランドの精鋭達が砦の中に退却していく様子が見えた。



「あれは…。退却しているのか?」



続々と砦の中に戻っていく兵達。最後尾で殿を務めていたイーサンが最後に剣を振り回しイーストエンド兵を下がらせると、飛び込むように砦の中に駆け込む姿が確認できた。


その後を追おうとするイーストエンド兵だが、何故か砦に入ることなくその寸前で立ち止まっている。



「なるほど。向こうも壁が塞がったということか」



その様子を見て、ウィルはもう一つの大穴も塞がったことを確信する。



「ここまで素早いとなると……。ジャッジ様がラミィ殿の魔法しか考えられないか。……………しかし、何故私だけ…」



壁に空いた大穴を素早く修復したのが魔法によるものだと予想したウィル。これで敵の侵入経路は塞ぐことは出来た。ひとまずは良かったのだが…。


何故か自分一人だけ取り残される現状になってしまっている。



「……ジャッジ様にも何かお考えがあって()()()私を残したはずだ…」



ウィルは主の考えを汲み取ろうと必死に頭を働かせる。


その間にも孤立無援となったウィルに対し、イーストエンド兵は矢を射かけてみたり遠くから槍を投げてみたりと、あの手この手でウィルを害そうとしてくる。


そのどれもが考え事をしているウィルによって無造作に払われてしまっているのだから、イーストエンド軍には同情するしかない。


そして砦の上部からの矢での攻撃も休みなく続けられているわけで、今となってはここまで最前線で命を張る価値はないと判断したのか、少しずつイーストエンド軍も前線を下げ始めた。



その様子を考え事をしながらなんとなく見ていたウィルだったが、はっ!とあることに気付いた。



「………っ!なるほど!これを見越して私に後退する敵の背後を討てとの命だったのですね!」



そう主の意を汲み取ったつもりのウィルは、


「さすがジャッジ様!慧眼です!」


などと、やもすると幼い頃から指導してきた弟子の成長に感激しながら意気揚々と進撃を開始した。



…………普通はいくら後退していく戦意の乏しい軍への追撃といっても、たった一人でそれを行うことなど無謀に等しい。しかし、ウィルという天下無双の剣士にかかればそれも無謀ではなく有効な策となるのだ。



みるみるイーストエンド軍の最前線に迫るウィル。敵はまさかたった一人で追撃してくるとは思いもよらなかったのか、ろくに態勢を整えることもできないままウィルの攻撃を受けることとなった。



「ぎ、ギャアー!」


「下がれ!早く下がれ!」



ウィルがイーストエンド軍に突っ込むと、あっという間にそこは地獄と成り果てた。


近くには味方など一人もおらず、手当たり次第に斬ってもそれは全部敵なのだ。これこそ正にウィルの真価が発揮される状況と言っていいだろう。


縦横無尽に辺りを駆け回り、目についたイーストエンド兵を切り捨てていくウィル。


逃げ惑うイーストエンド兵達は、しっかりと隊列を作って下がっていたことが災いし逃げ場などろくに無く、しまいには将棋倒しに倒れて自ら被害を拡大する始末だった。



「ジャッジ様!見ておられますか!作戦は大成功です!」



ウィルは笑顔でそう大声で叫びながら、左手で髪を掴んだイーストエンド兵の首を右手の剣で切り落とす。


こんなのイーストエンド兵からしたら恐怖でしかない。身体中血まみれの男が笑顔で味方を殺戮していくのだ。


そして、時おり呟く内容には必ずと言っていいほど「ジャッジ」という単語が含まれている。これはおそらくハートランド国王であるジャッジ・ハートランドのことだろう。


ということはこの殺戮も、……いや、もしかするとわざと壁に穴を開けさせて誘い込むところからジャッジ王の作戦だったのかもしれない。そうに違いない!



などと最前線に近い将官などは推測しつつ戦慄を覚えていた。







………まぁそんなはずもないのだが。

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