157
「ウィル!ウィルはどこだ!?」
俺は砦上部から残った投石機を計5機程破壊し終わると、その後をラミィに託し急いで穴に向かったウィルを追ってきていた。
砦の下部には多くの兵が溢れ返り、そこには上官の指示が飛び交っていた。
皆一様に真剣な表情をしていることからも危機的状況であることが伺い知れる。
俺がウィルの名を叫びながら歩いていると、少し離れた所から俺の名を呼ぶ者がいる。
「……ッジ様!ジャッジ様!」
「ん?」
声の聞こえる方向を振り向くと、兵を掻き分けながらロックがこちらに近づいてくる姿が見えた。
「おぉ!ロックか。無事でよかった。ウィルを知らないか?」
俺はやはり大事な仲間の一人であるロックの無事を喜びながら、ウィルの居場所を尋ねる。すると、ロックは砦に開いた大穴の方を指差しながら答えた。
「ウィル殿は開けられた穴の外側で敵を迎え撃っております。イーサン殿もハートランド兵を率いてもう一つの穴に向かいました」
「そうか…」
どうやらウィルとイーサン達ハートランド兵のおかげで、砦の中までは多数の敵の侵入を阻止できているようだ。最初に突入してきた敵兵は既に殲滅したのだろう。ここに来るまでにちらほらと敵兵の亡骸も目にした。
俺もウィルやイーサンの加勢に向かうべきだろうか?
……いや、一応指揮官である俺が最前線に出るのは違うだろう。それよりも俺にも何か出来ることがあるはずだ。考えろ…。
俺は現状での最善の一手を考える。
……砦の上部に戻っての敵の牽制もいいだろう。しかし、それでは一時凌ぎでしかない。次から次に現れるイーストエンド兵全てを相手にすることなど不可能に近い。
今は穴に群がる敵をどうにかすることが先決だ。あちらからしたら、この穴は千載一遇の好機だ。なんとしても塞がれる前に突入したいだろう。
………ん?塞がれる前に?……………そうか!!
俺は俯いて考えていた顔をバッと上げ、まだそこにいたロックに指示を出す。
「ロック!俺は今から開けられた穴を魔法で塞ぐ!その間の護衛を頼めるか?」
ロックは俺の指示を真剣な表情で聞くと、勢いよくその場に跪き頭を垂れた。
「はっ!その任確かに承りました!ジャッジ様の御身には指一本触れさせません!この身砕け散ろうともウィル殿の代役務めさせて頂きます!」
「いやいや…。砕け散ってもらうと困るな。目標は皆無事にハートランド王国に帰ることだからな」
「はっ!」
仰々しく返答するロックにやや苦笑しながらも、俺はロックを頼もしく思いながら見た。
俺は相変わらずバタバタしている砦の中をロックと共に開けられた穴に向かって進む。見た感じ負傷兵の姿はないから、まだ敵の侵入は防げていると考えていいだろう。
しかしそれもいつまで持つか分からない。今この瞬間にイーストエンド兵が雪崩をうって攻め込んできてもおかしくはないのだ。
とにかく俺は急いで穴を塞ぐべきだろう。今も砦の外ではウィル達ハートランド兵が必死に敵の侵入を防いでくれているのだから。
「おい!お前達穴の周りから離れろ!今からジャッジ様が魔法で穴を塞いでくださる」
ロックがそう大声で叫ぶと、壁に開いた穴付近で待機していた兵達から歓声が上がった。
「おぉ!さすがジャッジ様だ!」
「助かります!」
「まさか、こんな間近で魔法が見られるとは…」
「ジャッジ様ー!キャー!」
ちょっと毛色の違う歓声も混じっていたような気もしたが…。ま、まぁいいだろう。
俺は皆が空けてくれたスペースを悠々と進み、開けられた穴のすぐそばに立った。
こうして近くで見てみると、改めて爆発玉の凄まじい威力が分かる。
俺とラミィ合作のこの強固な壁が見事に吹き飛ばされているのだ。厚さも俺の肩幅くらいはあるにも関わらず貫通させられている。
「ふむ…。これはなんとしても製法が知りたいな。でもさすがにそれは無理かなぁ…」
俺は今後の防衛の為にも爆発玉について知りたくなったが、さすがに今回の戦でそこまでの成果を求めるのは無理かと考え直す。
なにせ爆発玉についてはその出所も明らかになっていないのだ。アルト王に近づく黒装束の連中が一番怪しいが、奴らの組織の情報もほぼ無いに等しいのが現状だ。
これについては今後少しずつ調べていくしかないだろう。
「よし!じゃあやるか」
俺はそう気合いをひとつ入れて、壁に開けられた穴に改めて集中する。
穴になっている完全に壁の吹き飛ばされた部分はもちろんだが、その周りの部分も大きくヒビがはいっているのが分かる。このヒビの所も修復したほうがいいだろう。
そう考えながら右手を穴のすぐ横の壁に直接押し当てて、魔力を右手から放出する。
イメージするのは開いた穴の部分を埋めつつ、その周りの壁までも覆うような石壁だ。
この際デザインなどは気にしない。とにかく頑丈な石の壁を意識する。
すると、俺が右手を当てている部分を起点としてみるみる石壁が修復されていく。
ボコボコと波打つように自らその姿を変えていく石壁を見て、周りで様子を見守っていた兵達からは感嘆の吐息が漏れる。
「お、おぉ!」
「なんと……」
「素敵!」
………素敵?ちょっとさっきから珍しいリアクションの兵がいるな。やはり2万もの人の集まりだから皆とは違った趣向の者もいるのだろう。それを軍に受け入れるとはダポン軍は寛容だ。いい国じゃないか。
…ただ残念ながら俺は女性が好きだ。ラミィとエマという素晴らしい女性も側にいてくれている。申し訳ないが貴方の思いには応えられそうにない。
そう告白されたわけでもないのに、勝手に心の中で俺がモテ男の妄想を繰り広げている間に、壁の修復は終わった。
パッと見るとどこに穴が開いていたのか分からない程だ。これでこの場所から敵が侵入することは難しくなっただろう。
俺は壁から手を離し、ロックを振り返る。
「これでいいかな?」
そう尋ねると、ロックは大きく首を縦にふりながら答える。
「はい!完璧です!さすがジャッジ様!」
「ははは。相変わらずロックは大袈裟だな。よし!次に行こうか」
「はっ!」
俺たちはもうひとつの開けられた穴に向かって、砦の中を小走りで走り出した。
多くの兵が歓声や拍手で穴を塞いだ俺たちを送り出してくれる。魔法が使える者なら誰でも出来ることだが、こうやって感謝されるのは悪い気分ではない。
これで一人でも犠牲者が減るなら安いものだ。さっさともう一つの穴も塞いで持ち場に戻ろう。
俺はそう考えながらロックと共に走る足に力を入れた。
………まぁ、このとき大事な事を忘れていたわけだが。この時の俺は穴を塞いだ満足感と、兵達からの歓声に酔いしれてそれに気付くことはなかった。
フラーに言わせると俺は詰めが甘いらしい。昔から悪戯などもすぐにバレていた。もう少し深く物事を考えろと言われ続けていたが、治ることないままここまできてしまった。
………情けない。