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イーストエンド国王であるアルト王は、最近徐々に慣れつつあったテントでの朝を迎えた途端、不穏なニュースを聞く羽目になっていた。
「なに!?賊を取り逃がしたとは本当か!?」
目覚めてすぐに受けた報告で完全に目の覚めたアルト王は側の将軍に確認する。
将軍は申し訳なさそうな表情を作りながら口を開いた。
「……はっ。間違いありません。私も現場まで行き確認済みです。………そこには陛下の護衛を務める例の男の死体しかありませんでした」
「なっ……!?」
将軍の報告に言葉を失うアルト王。
将軍の言葉が真実ならあの黒装束の護衛はやられたということになる。これは公式ではないが、我が国最強と名高い騎士団長との模擬戦でも圧勝したほどの実力だったのにだ。
「そんな…。ばかな…」
アルト王は信じられないような事実に時が止まったかのように固まってしまった。
周りの将軍や侍女、近衛兵はアルト王の表情を伺いながらも声をかけることもなく、ただその場に待機していた。
そのままどれほどの時間が経っただろうか。ただただアルト王の表情を伺う将軍にはとても長い時間に感じられた。
「…………かえ」
「は…?」
何かを呟いたアルト王に反応して思わず聞き返す将軍。
すると、アルト王は今度ははっきりと大声で将軍に向けて命令を出した。
「爆弾を使え!手段は問わん!どんな手を使っても砦を攻略しダポン軍とハートランド軍を蹴散らせ!」
「はっ!」
突然声を荒げたアルト王に返事を返し、将軍はそそくさとその場を後にした。
将軍が去った後、アルト王は侍女さえもテントから下げて一人で黒マントの男をしばらく待っていたが、遂に現れることはなかった。
いつも不意に現れる為、その居場所をアルト王もイーストエンド軍の誰も知らない。
「くそっ!どうでもよい時には現れるくせに、大事な時には姿をみせんのか!」
アルト王はそう言って、苛立ちを露にしながら椅子の肘置きを叩きつける。しかし、そんなことをしても黒マントの男が現れるわけでもなく、ただただアルト王の右腕が痺れただけであった。
侵攻するイーストエンド軍と、砦に籠って対抗するダポン・ハートランド連合軍の戦いは二日目を迎えていた。
昨夜の夜襲にてベッドに入るのが遅かった俺は、もうすぐ昼という時間になってやっと自室から出てきた。
それというのも、起こしてくれと頼んでいたにも関わらずウィルどころかだれも俺を起こしにきてくれなかったからなのだが…。
「アンタ!遅いわよ!大将だからって調子に乗るんじゃないわよ!」
と、廊下でばったり会ったラミィに叱られてしまった。
「………すまん。………ところでラミィも髪ボサボサだけど今起きたのか?」
俺を叱るラミィの頭はボサボサで見るからに寝起きだ。なんなら口許には涎の跡と思わしき物も付いている。
俺がそう尋ねると、ラミィは手櫛で髪の毛を無理矢理押さえつけながら、
「ち、違うわよ!アンタを起こしにわざわざ来てやったとこなんだから!」
と、言い放った。
「……………」
……まぁいい。俺が寝坊したのは事実だ。ラミィに偉そうにどうこう言う権利など俺には無いだろう。
その後ラミィと連れだって砦の最上階にある作戦室に向かうことにした俺は、久しぶりのラミィとの二人きりの会話を楽しみながら廊下を歩いた。
皆が命懸けで戦っているときに不謹慎だとは思ったが、俺も昨夜は命懸けで夜襲に向かったのだ。このくらいの楽しみは許してほしい。
作戦室に着くと、そこにはこの辺りの簡単な地図を前にして難しい顔で話し合うイーサンとガイル将軍がいた。
「おはよう。ガイル将軍、遅くなってすみません」
俺が開口一番そう挨拶すると、
「おはようございます!お二人ともよくお休みになられましたか?」
「おはようございます!まだお休みになられていてもよかったですのに…」
と、二人は俺達の方を振り向き挨拶を返してくれた。この挨拶の感じだと、やはりラミィも今起きたと思っていいだろう。やはりコイツも寝坊したのか…。
それにしてもイーサンの言動からは俺達に対するハートランド国民特有の甘さが感じられる。こうやって皆が俺とラミィを甘やかすから調子にのっちゃうんだよなぁ。……特にラミィが。
俺はそんな風に苦笑いで二人の挨拶を受けた後、早速とばかりに自分も地図の前に移動して話し合いに加わる。
「…それで?今日は相手はどんな風に出てくると思われますか?」
俺がガイル将軍にそう尋ねると、ガイル将軍は俺に挨拶したときの笑顔からその表情を一変させて答えた。
「はっ。今朝より相手方の猛攻を受け続けています。今のところは昨日と同じ様に全身武装の弓兵で対処していますが、数が数です。門を破られる心配は無いとは言え、砦に上がってこようとする敵兵への対処で手一杯といった状況です」
「……そうですか。それなら俺とラミィも出ましょう。ウィルはもう応戦中ですか?」
ガイル将軍の言葉にそう答えた俺がウィルの所在を確認すると、既に砦で戦っていると教えてくれた。ロックは突撃隊の所で待機しているらしい。
「よし!じゃあ俺達も簡単な食事を取りながらウィルの所に向かおうか。敵は食料が心もとないはずだから早く決着をつけたいんだろうしな」
「そうね。さっさと行ってさっさと片付けちゃうわよ!」
昨夜の夜襲の成功で少しは戦況がこちらに有利に傾いているはずだ。この機を逃すつもりはない。敵が攻めて来てくれるなら砦から動かずとも多数の敵兵を減らすチャンスだとも言える。
焦るイーストエンド軍を更に焦らせてやろうじゃないか。
俺はそう考え、途中で食堂に寄ってサンドイッチを2.3
個貰うと、それを食べながら砦の上部に向かった。
もちろん隣にはラミィもいる。大きめのサンドイッチを小さな口ではむはむ食べる姿はかなりかわいい。こうやって黙っていれば正に美少女と呼ぶに相応しいだろう。
「………な、なによ。そんな物欲しそうに見てもあげないわよ」
俺が見ていることに気付いたラミィが、もう一つのサンドイッチを体の後ろに隠すようにして膨れっ面で話しかけてきた。
どうやら俺がまだ食べ足りなくてラミィの分を欲しがってると思ったらしい。
「ハハハ。違う違う。サンドイッチを食べるラミィが可愛くて見てただけだよ」
「………!?」
俺が素直にそう言うと、ラミィはサンドイッチを喉に詰まらせたのか頬を紅く染め目を白黒させている。
「……ぶっ、ぶはっ!…あ、アンタ急に変なこと言うんじゃないわよ!死ぬとこだったじゃない!」
なんとかサンドイッチでの窒息死という不名誉な戦死を免れたラミィは不満げだ。だが、何故かすぐに笑顔になって、
「よーし!今日は特別に研究中の大魔法でも使っちゃおうかしら」
と、スキップでもしそうな勢いで俺を置いてさっさと先に行ってしまった。
「……わかりやすい奴だな」
俺はそう呟くと、最後の一口を口に放り込みしっかり咀嚼して飲み込んだ。
さすがにこの数の戦いが2.3日で終わるということはないだろう。今日も日が暮れるまで戦闘するばすだ。しっかり食事はとっておかないとな。
……そういやウィルは何か食べたのだろうか?しまったな。ウィルの分のサンドイッチも持ってくればよかった。
俺はそんな事を考えながら砦の上部へと繋がる最後の階段を登る。上からは兵の大声や、矢が砦や鎧を打つ甲高い音が聞こえてくる。