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「おい。あの騒ぎはなんだ?」
「はっ。……そ、それが、食料を保管していた場所に賊が侵入したらしく、消火の為に部隊が動いているとの事です」
「うむ。わかった。下がれ」
「…………?……はっ」
珍しくこんな時間まで起きていたアルト王からの質問に答えた近衛兵は、アルト王の反応が予想とは違うことに戸惑いつつも、これ幸いにとその場を下がっていった。
一人残ったアルト王は近衛兵を呼ぶために起こした体を再び豪華な椅子に深く沈めると、目を閉じ思いに耽る。
「……今ごろ奴は従者の剣士を仕留めた頃だろう。どれほどの強者と言えども闇討ちには対処できまい。剣士さえいなくなれば後は魔法のみに気を付ければ良い。明日には爆弾を投入するか…」
考えがいつのまにか口に出ていることも気付かないほどアルト王は深く考えこんでいるようだ。
どうやら事前の作戦ではウィルを闇討ちにする予定だったらしい。だが、実際は正々堂々と言っていいのか分からないが一対一の果たし合いのような戦闘だった。
結果的にそれが悪い方に傾き、既に刺客の男はウィルの剣に倒れているのだが…。今はまだアルト王はその事実を知らない。
「……しかし、囮にしたとはいえ食料がやられたのはいかんな。これは早々に決着をつけることにするか」
またも独り言を漏らすと、アルト王は椅子で目を閉じたままいつのまにか眠りに落ちていった。
今夜は良い夢が見られるだろう。それが仮初の勝利によってもたらされる泡沫のような夢だとしても…。
砦に無事戻ったウィルはジャッジ達から歓迎を受けた後、細かい報告はまた後にするとしてひとまず傷の治療を受けることになった。
全身に及ぶ細かい切り傷は特に問題ではなかったが、脇腹に受けた未知の武器による傷は、肉をえぐり今も出血が止まっていなかった。
「ウィル殿。少し我慢してください。染みますよ」
「あぁ。気にせずやってくれ」
もう付き合いの長くなったジャッド族出身の兵によって軟膏が塗布されると、脇腹の傷口からの出血はピタリと止まった。何度見ても不思議だが、この軟膏はあまりに効果が強すぎる気がする。これがンダ族の知識と魔法の力が合わさった結果というものなのだろう。
「……よし。これで少し安静にしていてくださればすぐに前のように動けるはずです」
兵はそう言うと片付けを始めた。
「ありがとう」
ウィルはそう言うとすくっと立ち上がり、安静にしていろという助言など無かったかのように部屋を立ち去った。
ウィルとしては少しでも早くジャッジに自らが目にした新兵器の事を伝えたいという一心だったのだが、どうやらジャッド族出身の兵には少しの傷など気にしない闘将のように見えたらしい。今も部屋を立ち去るウィルに向ける眼差しは男の子が憧れの英雄を見る例のそれだ。
ウィルは手当ての為の部屋を出ると、ジャッジ達のいる部屋へと続く長い廊下を歩いていた。
「………こんな怪我をしたのも久しぶりだな」
ウィルは歩きながらそう呟く。
思い返してみればある程度の剣の腕を得てから、修行によって身体能力も大幅に向上したらしく怪我らしい怪我をすることもなくなった。
もちろんその為には肉体的にも精神的にもギリギリまで追い詰められる修行を、気の遠くなるような年月繰り返さなければならないのだが…。
「……最後に寝込む程の怪我をしたのは、師匠とフレイム王国の戦争に参加したときだったか…。あれはきつかった」
ウィルは廊下を歩きながら懐かしい日々を思い出していた。
それはまだウィルがハートランド王国を訪れる前の事だから、ウィルが15歳位の時であろう。
剣術修行を兼ねた諸国漫遊の旅路の途中、師匠である剣聖ウィリアムと共にたまたま訪れたフレイム王国が突如侵略戦争を仕掛けられる現場に立ち会わせたのだ。
初めは自分達に危害が及ばない限り傍観者となるつもりだったのだが、敵国のあまりの傍若無人ぶりに師匠である剣聖ウィリアムが怒り、更にはその最中にフレイム国王から王女の護衛を依頼されたこともあり、防衛に加わることになったのだ。
結果的にはその戦争でフレイム王国は滅亡した。圧倒的な戦力差は最後までどうしようもなく、王城の守備に徹していた師匠のおかげで王族は自ら首を差し出した国王以外は無事だった。護衛を依頼されていた王女もその後母親である王妃とともに出身国まで逃げ延びたそうだ。
ウィルは師匠から命令され単身敵軍と門を背にして交戦していたのだが、ウィルが守っていない門から敵軍が城内に侵入し敗戦した。
その際多数の敵の弓矢を受け、全治1ヶ月程の怪我を負ったのが最後だろう。
「……なつかしいな。あの時はまだ弱かったということだな」
ウィルはそう言って自らを戒めるが、その時にウィルが倒した敵は5000以上になるだろう。なにせ敵の本隊の侵入をたった一人で防いでいたのだから。
ウィルは知らなかったが、敵兵からは悪魔の少年と呼ばれ恐れられていたそうだ。身体中から矢を生やしたまま戦うウィルはそれほどに恐ろしかったのだろう。
……と、懐かしい出来事を思い出しながら廊下を歩いていた元悪魔の少年だったが、ようやく目的の部屋にたどり着いた。
中からは明かりが漏れ話し声も聞こえてくる。どうやらまだジャッジ達は起きているようだ。
よかった。とウィルは思いながらノックをすると皆のいる部屋の扉のノブに手を掛けた。
ウィルが懐から取り出した武器?のようなものを俺は手にとってまじまじと観察していた。
「……これはどうやって使うんだ?」
「敵は片手で保持して筒の先から小さな弾を飛ばしてきました。……そう。ちょうどジャッジ様が覗き込んでおられるその穴です」
「……………!?」
俺はウィルの言葉にびっくりして覗き込んでいた筒の先から急いで顔を離す。
その後俺の後にロック、イーサン、ガイル将軍と皆が一通り調べたが、どの部分を触っても弾が飛び出すことはなかった。
「うーん…。使い方はよくわからんな。……だけどこれがウィルに傷をつけたことは確かだ。こんなものが量産されていたら大変なことになる」
俺は腕を組みながらそう言った。
もし、この武器をイーストエンド兵が一つずつ持っていたらこの戦争には勝てないだろう。
あのウィルがやっと見切れる位なのだ。一般の兵ならいい的だ。しかも殺傷力もかなり強いときている。残念ながらラミィ特製の鎧をもってしても防ぎきることはできないようだ。
俺の言葉を受けた皆も真剣な表情で黙り込む。いや、これは深刻な表情の間違いだろう。
「……とにかく今夜はもう休みましょう。ジャッジ様もお疲れでしょう。敵もあの動揺ぶりでは朝までは立て直しで手一杯だと思われます」
「そうですね。……ささっ。ジャッジ様こちらへ…」
ウィルの言葉に反応したイーサンが、先にたって俺を寝室用の部屋まで案内してくれる気のようだ。
「あぁ。そうだな。皆もしっかり休んでくれ」
「はっ」
俺はそう一言声をかけてその部屋を後にした。
まだまだあの武器については検討の余地がある。明日以降も検証を繰り返して、なんとか使い方や対処法を見つけなければならない。
しかし、そればかりに気を取られてもだめだろう。同時にいくつかの局面を冷静に判断することも俺には求められているし、それが戦争というものだろう。
既に俺の頭の容量を超えている気もするが、俺以外にこの役目はできない。なんとか頑張るしかないか…。
俺はイーサンに続いてうす暗い砦の廊下を歩きながらそう考えていた。