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マイノリティ  作者: 胸毛モジャ夫
151/165

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ウィルが振り下ろした剣を男が右手に持つ曲刀で受ける。そしてすかさず左手の曲刀をウィルの脇腹めがけて横薙ぎに斬りつける。


ウィルはその斬戟をしっかりと見てから後ろに飛び下がりギリギリで避ける。


そして一息もつくことなく、再び男に向かい飛び込みながら斬りかかっていく。




ウィルと刺客の男が交わした剣のでの打ち合いは、すでに100合を軽く越えていた。


その間お互いに僅かばかりの切り傷は負っていたが、どちらも致命傷は避けており決め手に欠けていた。




「………どうした?そんなものか?」


「……………」



打ち合いと打ち合いのほんの僅かな時間に交わされる、男の挑発ともとれる発言にもウィルは反応しない。




この戦いはウィルが最も得意とする戦いではない。後ろには必ず守らなければならない自らの主君がおり、常にジャッジ達が刺客の男から死角になるように、場所を移動しながら戦っていたのだ。


本来のウィルの実力が発揮できる単独での戦闘からすると、5割もその力を出せているか怪しいものだ。




今もウィルは本来弾かずに避けた方がスムーズにいく攻撃を無理矢理左に弾き、強引にジャッジ達のいる方向との間に体を割り込ませた。


ここから攻撃が届くとは思えないが、ウィルが危惧しているのは曲刀を投げる攻撃だった。この暗闇の中、弧を描いて飛んでくる曲刀を風切り音を頼りに避けるのは常人には不可能だ。


実際、男がそのような技量を持っているかは不明だが、ウィルとしてはそこまで気にして戦わざるを得ない。だからこその苦戦とも言えるだろう。




「くっ…」



ウィルは珍しい苦戦に臍を噛むような思いで耐えていた。


このまま戦い続けても負けることはないと思うが、男が明らかなミスでもしない限り勝てることもないだろう。そして、この刺客の男がそんなミスをするとも思えなかった。



暗闇の中での二人の戦いは完全に膠着の様相を見せていた。








「ロック。どうだ?」



俺は相変わらず剣と剣のぶつかる音を耳を澄まして聞きながら、よく見えないウィルの戦いを目を凝らして見つめていた。


いつのまにか隣に並ぶロックは、事あるごとに俺に戦況を説明してくれていた。



「……どうやらお互いに決め手を欠いているようです。相手もなかなかやります。というより、ウィル殿は常にこちらを気にしながら戦っているようにも見えます」


「なるほど。だからウィルがなかなか倒しきれないのか…」



ロックの説明に納得した俺。


ウィルがここまでの苦戦をするというのは記憶にない。だからこそ不思議に思っていたのだが、俺達をかばいながらなら仕方ないだろう。



「つまり、俺は足手まといってわけか…。ロック!なんとかここから抜ける道はないかな?」



俺はこの状況を打破できる道でもないかとロックにそう尋ねる。


ロックはここまで来た道や、暗闇の中で動き回る松明を持ったイーストエンド兵達の動きを見ながら、頭の中でしばらく道順を検討していたようだったが、力なく首を振って答えた。



「……おそらく難しいと思われます。周りには火を見て集まってきた敵兵が大勢います。誰か一人にでも見つかり仲間を呼ばれるとよりまずい状況になるでしょう。やはりここはウィル殿が突破口を開いてくれるのを待つのが一番だと思われます」


「………わかった」



俺はロックの言葉に素直に頷く。しかし、その心の中は情けない思いや歯がゆい思いで一杯だった。


俺がこの夜襲を提案し、ましてや参加したばかりにこんか事態になっているのだ。ウィル一人ならここまで時間をかけずに勝てたであろう敵にも、俺がいるばかりに苦戦してウィルの身に危険を生じさせてしまっている。


ひとえにこれも俺の技量不足や予測の甘さのせいだ。




「………くそっ」



俺がそう悪態をつき思わず顔を下げた時、バサッ!と、すぐ近くに何かが降り立つような音が聞こえた後、俺の全身を強い風が襲った。



「な、なんだ!?」


「むっ!敵襲か!」



俺と同じ様に風を感じたロックが瞬時に身構える。しかし、結果的に言うとその必要はなかった。



風に続き誰かの足音が聞こえた後、俺の耳が次に捉えた音は普段聞きなれた声だった。



「天才美人魔女ラミィちゃん登場!……待った?」


「ラミィか!?」



正に救世主とも言えるタイミングでその姿を現したのは、俺の婚約者でもある自称不世出の天才美人魔女王妃のラミィだ。



「えぇーと…。どういう状況?なんでまだ逃げてないの?」



ラミィはどこからか取り出したランプに火をつけると、俺達の顔を順に照らしながらそう尋ねてきた。



俺はすぐに明かりを消すように注意しようとも思ったが、もうそのような段階の話ではないと思い直しラミィに現状を説明することを優先した。



「………というわけで俺達は身動きが取れないんだ。よくきてくれた!助かったよ」



現状説明の後に珍しく俺が素直に誉めたからだろう。ラミィは明らかに得意気な表情になってきた。



「……そ、そう?やっぱり?ヒーローってやっぱり少し遅れて登場するものよね!」


「ん?……そ、そうだな」



ここはラミィを咎めている場合ではない。とにかく早く砦まで戻らなくてはならない。


そんな気持ちで俺は生返事を返す。



「ところで何で来たんだ?ヒコウキーか?」


「そうよ!起きたら誰もいないから、ちょっとイーサンに強めに尋ねたらすぐ吐いたわ。私を出し抜こうなんて百年早いのよ!」


「…………」



俺の質問にまだ得意気なラミィはラミィポーズでそう答える。


きっとイーサンは俺との約束を守る為に必死に夜襲の事実を隠そうとしたはずだ。一体ラミィはどんな脅し文句を使ったんだ?かわいそうにイーサン…。



俺は少しの間イーサンの身に起きた悲劇に思いを馳せていたが、すぐに現実の世界に戻った。



「よくやった!すぐにヒコウキーで砦まで帰るぞ!ロック!ウィルに声をかけてくれ」



俺がラミィによってもたらされた千載一遇のチャンスを逃すまいと、大きめの声でそうロックに指示を出すと、



「ジャッジ様!私には構わずお逃げ下さい!」



と、ロックではなく戦闘中のウィルが声を張り上げて返事をしてきた。


さすが聴力も人並み外れたものを持っているウィルだ。戦いながらでも俺達の会話が聞こえていたらしい。あの分ではラミィが登場したこともわかっているのだろう。


だが、このままウィルを置いて自分達だけ退却するわけにはいかない。



「だめだ!ウィルも帰るんだ!」



俺はそう怒鳴り返す。


ウィルと刺客は相変わらず激しい戦いを繰り広げている。俺の怒鳴り声も聞こえたはずだが、それには返事はなかった。


その代わり、隣にいるラミィが俺に向かって言葉をかけてくる。



「アンタそんなにウィルのことが信じられないの?」


「なっ……」



ラミィはそう言うと俺の方を呆れたような目でみつめてくる。


俺が呆然としていると、更にラミィは言葉を続ける。



「ウィルはアンタ達がいるから本気で戦えてないんでしょ?それならアンタ達さえいなくなればあんな奴楽勝よ。……それともウィルの力が信じられないの?」


「……………」



俺は妙に物事の核心をついたラミィの一言に黙り込む。


……確かにラミィの言う通りだ。ウィルがここまで苦戦しているのは俺がこの場にいるからだろう。俺という楔の取れたウィルならば間違いなくすぐに刺客を排除できるはずだ。つまり、今俺が取るべき行動はウィルの身を心配することではなく、剣聖を凌ぐとも言われるその力を信じることだ。



そう決意した俺は、ウィルに改めて声をかける。



「ウィル!俺達は先に砦に戻るぞ!ウィルもさっさとそんな奴片付けて後を追ってこい!砦で待ってるからな!」



ウィルは相変わらず刺客と目にも止まらぬ剣戟の応酬を繰り広げていたが、ふと刺客から距離を取ると無防備にも俺の方を振り返り笑顔を見せた。



「畏まりました!この場は私にお任せください!ラミィ殿、…色々とありがとうございます!」



そう言い終わると、またウィルは刺客に向かい飛びかかっていった。




「ほらね?私の言った通りでしょ?ほら!さっさと行くわよ!」



ラミィは得意気な表情を見せると俺にそう言った。



「あぁ。ラミィ頼むよ」



俺もそう返事をすると、ロック達を促し皆でヒコウキーに乗り込む。ヒコウキーの最大搭乗人数は5人程度だが、砦までの短い距離ならなんとかこの人数でも平気だろう。



俺達が乗り込んだヒコウキーはいつもより重そうにゆっくりと高度を上げると、暗闇が支配する夜空を砦に向かい飛び始めた。

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