150
ウィルは暗闇の中でもはっきりと待ち構える相手の姿を捉えていた。刺客と思われるその相手は、ウィル達が先程通ってきた見張りの居た場所に仁王立ちで待ち構えていた。
何故かは分からないがどうやら一人で待っている様子で、周りに敵兵の姿はない。しかし、その佇まいからは強者の放つオーラのようなものが明らかに感じられ、ウィルは警戒を緩めることなくすこしずつその距離を縮めていった。
「何者だ」
刺客との距離が互いの間合いに入るギリギリまで近づいたウィルは静かに声をかける。
後ろに続くジャッジ達の事は気配で感じている。戦いの影響を受けないようにある程度距離をとっている様だ。
声をかけられた刺客は、ウィルの声をきっかけにしたようにゆっくりと剣を構える。そして静かに口を開いた。
「………お前が噂の剣士か。待っていた」
その声は低く、まるで地中から響くような重さを持っていた。どうやら男のようだが、黒衣装で全身を覆っている為、顔つきや年齢は分からない。
ウィルも男に呼応するように剣を鞘から抜くと片手で保持した。とてもリラックスした構えだが、見る者が見れば隙がどこにもないことがすぐに分かる構えだ。
ここで時間をかけるわけにはいかない。事は既に起きた後だ。これからは刻一刻と敵兵が集まってくるだろう。ウィルにできることは一秒でも早くこの刺客を片付け、ジャッジ達が退却する道を確保することだ。
そう考えたウィルは刺客に向かい自ら仕掛けることにした。ここで待ち受けているということは夜襲を誘われたとみていいだろう。そのわりには他の兵の姿は見えないがどこかで様子を窺っている可能性もある。背後を取られない為にも一瞬で決着をつける。
そんな考えで本気で刺客に向かい飛び込むウィル。地面を蹴った途端ウィルの姿はかき消え、次の瞬間にはガンッ!という鈍い音と共に刺客の男のすぐ目前に現れた。
そのときウィルの表情を見れた者がいれば、その驚愕に目を見開いたウィルの珍しい顔を拝めただろう。
その理由は明らかだ。何故ならウィルが相手を殺すつもりで斬りかかった一太刀が、なんと男の持つ剣によって防がれたのだ。
「なっ……!?」
ウィルはまさかの事態に驚きつつも、素早く後ろに飛び下がり男との距離を確保する。男からの追撃も覚悟していたウィルだったが、どうやらそれはなかったようだ。
男はウィルの一撃で中ほどまで切り込みの入った自らの剣を興味深げに眺めている。
距離をとったウィルは次の1手を決めかねていた。
再度飛び込みあと数回斬り結べば男の剣は使い物にならなくなるだろう。そうなればいくらウィルの速さについてこれたとしても剣戟を防ぐ事はできない。必然的にウィルの勝利となる。
………しかし、本当にそうだろうか?あれほどの剣の腕を持つ男がそんな簡単に破れ去るとは思えない。十中八九別の手を隠しているだろう。そうなると長期戦になる可能性がある。
それならばなんとか自分が囮の役となり、男をこの場から引き離すことができればジャッジ達を安全に逃がすことができるのではないか?
ウィルは一瞬のうちに様々な事を考えていた。その時間は正に刹那とでも言うべき本当に短い一瞬であった。
………だが、それだけの時間があれば刺客の男が次の動きを起こすのには十分だった。
男は使い物にならなくなった剣を興味を失ったかのように無造作に投げ捨て、さっと両手を交差させるように自らの腰に回すと、次の瞬間にはその両手にはそれぞれ短い剣が握られていた。
その剣は普通の長剣よりは短く、ナイフのような短剣よりは大分長い。それでいてまるで三日月を描くような曲線が特徴的な形をしていた。所謂曲刀というやつだろう。
「……くっ」
ウィルは男が両手に持つ曲刀を見た途端、既に後者の考えが通用しないであろうことを悟った。
今までの武者修行の旅で、ほんの数回だがこういう形の剣を扱う武人と相対したことがある。そのどれもが軽業師のように巧妙に両手で曲刀を扱う者達だった。
まるで踊るようにくるくると自らが回転しながら連続攻撃を仕掛けてくる者、次々に変則的な剣戟を重ねて隙を作り出そうとする者と様々なタイプの剣士がいた。
そして、その中にはブーメランのように曲刀を投げる者もいたのだ。もし、この刺客の男が曲刀を投げることが出来るのなら、いくらウィルが男の注意を引き付けこの場に引き留めようと、逃げ行くジャッジの背中に剣を投げつけられてはどうしようもない。
またも戦いの最中であるというのに色々な思惑がウィルの胸中を巡ったが、今回のウィルは素早く自らの次の行動を決断した。
……やるしかない。
その考えに至ったウィルは、曲刀を両手に構えた途端一気にその迫力を増した男から目を離さずに、後ろにいるジャッジ達に向かい声をかけた。
「ここはお任せください。すぐに退路を切り開きます」
自らの決意をそう言葉にしたウィルは、意識を刺客の男に集中させる。
……そして、食料の燃える炎で仄かに照らされた二人の男達の戦いが始まった。
俺は夜襲からの退却中だというのに、その事を忘れ呆然と二人の男の戦う姿を眺めていた。それはウィルが一度闇の中に消え、そしてまた現れた事から始まった。
どうやら一撃で待ち受ける敵を排除することに失敗したらしいウィルは、俺達に一言声をかけると再び敵に向かっていった。
その一事だけとってもいつもとは違う事だったが、その後も続く俺にはほとんど姿の見えない戦いを象徴する音が、ウィルの苦戦を表していた。
俺はロック達にがっちり周囲を固められながらその様子を固唾を飲んで見つめていた。……いや、聞いていたという方が正しいだろう。
「なんと……。まさかウィル殿とここまで打ち合える者がいたとは…」
「見えるのか!?」
俺の少し後ろからロックの感嘆する声が聞こえた。ロックには二人の戦いが見えているらしい。
「は、はい。ぼんやりとですが、なんとか見えております。……今の所ウィル殿が優勢に見えますが、敵も両手に持った剣で見事に防ぎきっております」
ロックがそう解説してくれた。
二人の戦いは今のところ互角のようだ。ウィルの猛攻を敵が凌いでいるといった感じらしいが、凌げるだけで凄いことだ。
俺にできることはウィルを信じることしかない。よもやウィルが負けるとは考えたくもないが、もしものときは俺も加勢するつもりだ。皆でかかればさすがにウィルと互角に戦うほどの強者でもなんとかなるはずだ。
もちろん俺にはウィルを置いて自分だけ逃げるという選択肢はない。俺にできることは、うっすらと見える激しい戦いの行方を祈りながら見つめることしかなかった。