15
俺がラミィの家での魔法の訓練を終え、家でくつろいでいるときだった。家の扉を叩く音が聞こえ、「だれかな?ウィルなら開けて入ってくるしな」と思った俺は扉を開ける。
「失礼。こちらウィル殿のお宅で間違いないでしょうか?」
中年のガタイのいい兵士が扉の向こうから現れ、そう聞いてきた。
「えぇ、そうですが。まだウィルは帰ってきてませんよ」
そう答える俺をジロリと見た中年兵士は再び口を開く。
「先ほどウィル殿の指導される道場にも伺ったのですが、もう帰宅されたと聞きここに伺ったのです」
その話を聞いた俺は、朝ウィルが話していた内容を思い出す。
「あぁ。そう言えばおいしい魚を取り扱う店の話を聞いたから、買いに行ってから帰ると言ってました。すぐに帰ってくると思いますよ。よければ待たれますか?」
朝、ウィルがそんな話をしていた。道場に通う子供の母親から聞いたらしい。ウィルのファンだというご婦人は結構いるからそういう情報にウィルは詳しい。
「それではお言葉に甘えて。…失礼します」
中年兵士を迎え入れ、テーブルに案内した俺はお茶でも出そうと茶の葉入れを探す。こういうのはいつもウィルがしてくれているため、なかなか見つけ出すことができない。…確かクッキーの入っていた缶に入れていたような?と、台所でガサゴソしていると。
「ただいま帰りました。ジャッジ様、美味しそうな魚を買ってきましたよ!」
どうやらウィルが帰ってきたようだ。魚も買ってきたらしい。夕食が楽しみだ。
「おかえり、ウィル。お客さんがお待ちだよ」
ウィルに客が待っていることを伝える。その言葉を聞いたウィルはテーブルに座る中年兵士に気付いたようだ。
「あれ?ロック兵長どうしたんですか?わざわざ」
どうやらウィルの客である中年兵士は、ロック兵長というらしい。兵長というからには兵士を統率する立場なのだろう。そう言われて、改めて見ると威厳がある気もする。
「家まで押し掛けてすみませんウィル殿。実は折り入って相談がありまして…」
と、兵長は俺の方をチラリとみた。
あー、あんまり部外者には聞かれたくない話ってことね。わかったわかった。ウィルも大変だなぁ。
「ウィル俺はちょっとそのへんをブラブラしてるよ」
気を利かせたつもりでそう言う俺に対し、
「それには及びません。ジャッジ様は私の主、隠すべき事などなにひとつありません!ロック兵長。お話ならジャッジ様もご一緒でなければ聞きません」
と、なんかすごく固いことを言い出した。
ウィルの言葉を聞いた兵長も困った様子だ。しょうがない、ここは俺がなんとかせねば。
「ロック兵長?でしたか。俺はジャッジと言います。ウィルとは共に暮らしていて、もう家族のようなものです。もし構わなければ俺も一緒に話を聞いてもいいですか?あぁ、もちろんここでの話はどこにも漏らしません」
そう言う俺をみて兵長は少し考えていたが、ウィルに話を聞いてもらう方が大事だと思ったようだ。
「わかりました。ジャッジ殿もご一緒でかまいません。そのかわり、内密にお願いします」
話の前にお茶を淹れようとウィルに茶の葉が入った缶の場所を聞くと、自分が淹れると言って聞かなかったので任せることにした。
ウィルより一足早くテーブルにつくと、ロック兵長は俺のためにテキパキとお茶を淹れるウィルを見て、不思議そうな表情をしている。それはそうだろう。ウィルほどの剣の猛者が、俺みたいな若者を主呼びしその為に茶を淹れているのだ。
今さらだが俺達は、自分達の過去や2人の関係を誰にも話していない。いや、ラミィだけは全て知っているか。そういやあいつ、今日もクッキーばっかり結構な量食べていたが、ちゃんと夕御飯食べただろうか?…心配だ。
そんなことを考えていると、ウィルがお茶を淹れて持ってきてくれた。それぞれの前にお茶の入ったカップを置き、ウィルも腰かける。準備が整ったと思ったのだろう、ロック兵長が口を開いた。
「改めて、お忙しい中ご自宅まで押し掛けてしまったこと申し訳ありません。実は、ウィル殿の剣の腕を見込んで是非お願いしたいことがあるのです」
この兵長、ゴツい見た目に反してなかなか丁寧な男だなぁ。と俺は思いながらひとつ頷きを返すことで、続きを話すよう促す。
「お二人は最近このあたりの街道に出没する、盗賊団の話を聞いたことがありますか?」
「えぇ。なんでも派手に稼ぎまわっているみたいで、大規模なキャラバンも襲われてるみたいですね。盗賊団自体も大人数だとか」
ロック兵長にウィルが相槌をうちつつ返事する。ウィルは聞いたことがあるようだが、俺は初耳だ。まぁ日中はほとんど遠くはなれたラミィのとこにいるから、仕方ないといえば仕方ない。ウィルは例のファンのご婦人方あたりにでも聞いたのだろう。
ロック兵長は神妙な顔を崩さないまま頷いた。
「そうなんです。私達も街の治安を預かるものとして頭を痛めている状況なのです。多数の兵を連れて討伐しようとしても、街の警備が手薄になれば本末転倒ですし」
ロック兵長の悩みももっともだと納得する。このファイスの街にも領主がおり領兵がいる。また、イーストエンド王国所属の兵も駐屯しているが、どちらも数が心もとないのだ。今は小国の乱立する乱世だ。今はこの国も平和だが、ひとたび戦争となれば多くの若者が戦いの場にかり出される。そんな中わざわざ危険と隣り合わせの領兵に志願する若者は少ないのが現状だ。
「確かに、街の治安を守ってもらっている方が、住民はありがたいでしょうね」
ウィルの意見は、この街にすむ住民の大部分と同じだろう。…直接被害を受ける商人以外は。
「ですが、被害を受けた商人たちが騒ぎ始めまして。私達としても、なにか動かないといけなくなったのです」
あーやっぱりな。自分達の商品をごっそりやられたら、黙ってはいないだろうな。そのくらいはあまり世間を知らない俺でも想像できる。
なら国軍に頼めばいいじゃないか。と、思うだろうが、国軍は基本的に侵攻などの国同士の有事にしか出動しない。その為最小限の人数しか駐屯していない。
「それで?私に頼みたいこととはなんです?」
ウィルが少し焦れたように先を急がす。きっと買ってきた魚の鮮度がいいうちに食べたいのだろう。…ウィルよ。俺も同じ気持ちだ、早く食べたい。
急かされたロック兵長は切羽詰まっているのだろう。自分が急かされているということにも気付かずに、ウィルに向かってそのちょっと薄くなり始めている頭を下げた。
「ウィル殿に是非、その討伐隊に参加して頂きたいのです!」
ロック兵長の言葉に、なんで?という疑問が俺の頭を巡る。確かにウィルは強い。強いが、いくら街の住民であるといってもそこまでする義理はない。しかも明らかに危険が伴うだろう。
「さすがにそれは……」
と、俺がやんわりと断ろうとしたところ。
「お断りします!」
横からウィルがハッキリといい放った。
その後「そこをなんとか!」と食い下がるロック兵長をやや強引に追い返したウィルは、さっさと買ってきた魚の調理にとりかかった。
ウィルの作った魚料理を2人でおいしく頂いた後、食後のお茶を飲みながら俺はウィルに尋ねた。
「ほんとに断ってよかったのか?あの兵長かなり困ってそうだったぞ。道場の経営には支障はでないか?」
そう心配する俺に、ウィルはなんでもないことのように言った。
「ジャッジ様のお側を離れる選択肢はありません」
そうだった。ウィルはこういうやつだった。と、俺はウィルについて再認識した。
ロック兵長には悪いが、ウィルにそこまで言ってもらえて俺はうれしかった。