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マイノリティ  作者: 胸毛モジャ夫
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夜半過ぎに砦からこっそりと抜け出した俺達は、イーストエンド軍の夜営地を大きく迂回して歩いていた。



「ジャッジ様。もう少しだと思われます。あと少しご辛抱ください」


「おいおい。その言い方じゃ俺がすぐ怒るバカ王みたいじゃないか…」



先頭を行くロックが俺に向かって申し訳無さそうな顔でそう言う。


そもそも俺が最終的に決定した夜襲なんだから少し歩くくらいで怒るわけないのにな。ロックがそんな態度だと皆が誤解するじゃないか。


俺が口を尖らせて文句を言ったのが、暗闇の中でもロックには見えたのだろう。すぐに慌てて弁明する。



「そ、そう言うつもりではございません!ただ、私はジャッジ様がお疲れでないかと…」


「ハハハ。冗談だよ。それにこのくらいはよく歩いてたから大丈夫だ。ロック達が引っ越して来る前は毎日自分達で食べ物を調達してた位なんだから。なぁウィル」



俺は笑いながらロックに返事すると、隣で辺りを警戒しながら歩くウィルに話を振った。



ウィルはふと何かを思い出すような仕草をした後、俺に返事した。



「……懐かしいですね。まだジャッジ様とラミィ殿と私の3人しかいなかった頃は、食べる物にも苦労していましたからね。それを思えば今は大分裕福になったと言っていいでしょう」


「そうだな。皆が一生懸命働いてくれたおかげだ。だからこそ、俺達はこの国を守らなきゃならない」



俺はまだ再興当初の国の様子を思いだしながらそう語った。



本当にハートランド王国は大きく、豊かになった。移住してくれた皆がそれぞれ全力を尽くしてくれたからだろう。まだまだ俺の記憶にある父上が統治していた頃のハートランド王国には及ばないが、今のハートランド王国も俺は好きだ。



俺達はそんな風に今から夜襲に向かうとは思えない位リラックスして真っ暗な荒野を歩いていた。




一体どれくらい歩いただろうか。隠密行動の為明かりも持たずに、月明かりだけで足元を確認しながら歩いていた俺達だったが、どうやらようやく目的の部隊と思われる集団を発見した。



「………あれかな?」


「えぇ。あれだと思われます」


「よし。皆準備しろ」



俺達はそう言い合い、侵入前に一度装備を再確認し陣形を整える。


まずウィルが先頭で安全確認等の斥候の役目を担当する。その後に俺を中心にして精鋭の兵が続き、最後尾はロックだ。急遽俺が退却を決断したときは必然的にウィルが殿を務めることになる。


この中では間違いなくウィルが最も腕が立つとは思うが、それでも俺達を守りながら多数の敵を食い止めるのは危険が伴うだろう。できれば皆で無事に帰りたい。




「それでは参ります。私が合図をしたら続いてください」


「わかった。頼んだぞ」


「はっ」



ウィルはそう言うと静かに闇の中に姿を消した。


さすがに武の達人だけあって、一連の動作に無駄がない。足音も立てず、俺にはウィルの存在感そのものが薄くなったようにも感じられた。そういう技なのだろうか?



それからしばらく、暗闇の中で誰一人喋らずじっと虫の声だけに耳を澄まして待っていた俺達だったが、遠くに見える食料貯蔵場所の見張りの持つ明かりが不自然に揺れ始めた。



「ジャッジ様、あれが合図です」



ロックが俺の傍に寄ってきて、そう耳元で囁く。



「よし。行くぞ」


「はっ」



俺の一言で皆は予定通りの陣形を組み、その明かりに向かって歩き出す。


距離にすると大したことはないのだが、誰にも見つかるわけにはいかないという緊張感からか、その距離は大分長く感じられた。



不自然に揺れる明かりはやはりウィルが松明を持って振っていたようで、俺達が近づくとウィルは松明を投げ捨て迎えた。



「見張りは2名無効化しました。どうやら四方に2名ずつ見張りを立てているのみのようです」



ウィルがそう報告してくるが、大事な食料保管場所にしては警備が薄すぎないだろうか。やはり罠か…?



俺はそうも考えたが、まだ確証は持てない。もしかすると偶々見張りの交替の時間で人数が少ないだけかもしれないのだ。そうだとしたらむしろ今はチャンスと言うことになる。




「……よし。計画通りに行こう」



俺は作戦続行を決断した。


ウィルとロックも俺と似たようなことを感じていたはずだが、黙って頷いて作戦続行を了解してくれた。



俺達はウィルを先頭にテントが立ち並び、荷車が集積してある中央辺りを目指す。どうやらイーストエンド軍はその人数分をまかなう為に、大量の食料を準備してきたようだ。


一番端のテントの陰に隠れ、残りの見張りから死角になった場所まで何事もなく到着した俺達。



すると先頭のウィルが俺に向かって目配せをしてきた。


これは作戦実行の合図だ。退路は今来た道を真っ直ぐ戻れば良い。魔法で火を放ちすぐに走り去れば見張りと遭遇することもないだろう。



「………よし」



俺はそう覚悟を決め、魔力の抑制を解く。すると全身に魔力が循環するのが分かる。


その大量の魔力を右手に集中させると、狙いを定めて5割程の力で火球を次々に放った。



ドーン!ドドーン!



と火球が着弾する度に大きな爆発音が辺りに響き渡る。これで間違いなく敵に俺達の侵入はバレたことだろう。



計10発近くの火球を放ち終わった時、辺りは正に火の海と呼ぶに相応しい状況に一変していた。


テントや荷車はそのほとんどが大きな炎に包まれ、夜空を明るく照らしている。これだけやれば大方の食料は使い物にならないだろう。



……ただ、そのおかげで俺達の姿も丸見えだ。これはさっさと退却した方がいいだろう。



そう考えた俺は、皆に退却を伝え自らも足早にその場を離れる。


なんとなく自らが火を放った光景を眺めたくなるのは不思議だ。これが放火魔の心境なのだろうか。




次々とイーストエンド軍の兵士がこの場に集まってくる音が聞こえる。大声で指示を出す者、水の入った桶のような物を抱えている者の姿も見える。


そんな兵が2.3人俺達のすぐ側を通過していったが、誰一人として俺達に疑いの目を向ける者はいなかった。現場から少し離れた位置では相変わらず暗闇に包まれており、はっきりとその装備までは見えないのだろう。きっと消火にきた仲間とでも勘違いしたのかもしれない。



もう少しでウィルが見張りを倒した場所まで辿り着くという場所まで来た俺は、ようやくほっと一息つく気持ちだった。


あそこまで行けば後はまた暗闇を歩いて帰るだけだ。さすがに真っ暗闇の中、俺達を見つけることは難しいだろう。



「ウィル。うまくいったな。これで奴らも………」



俺がウィル話しかけると、ウィルは俺の言葉を遮るように右腕で俺を押し止めた。


俺はその腕に制止されて立ち止まる。何事かとウィルを見ると真剣な表情で前方を睨んでいる。そして、その視線は動かさずに俺に告げた。



「ジャッジ様。何者かが待ち構えています。決して皆から離れないようにしてください」


「……なにっ!?」



俺もそう言われて前方に目を凝らすが、そこには暗闇が広がるばかりで何も見えない。


しかし、ウィルにははっきりとその姿は目に映っているのだろう。俺から離れるとじりじりと少しずつ足を進めていく。



「おい!ジャッジ様を囲むように展開しろ!」


「はっ!」



あらかじめ決めておいた、敵から逃げるときの陣形に素早く皆が配置につく。


ロックが将軍となり、こういう陣形訓練が取り入れられた我がハートランド兵はあっという間に陣形を固めた。


それをちらりと確認したロックは、更に兵に命令を下す。



「ウィル殿の後にゆっくり続け。決して近づきすぎず、尚且つウィル殿の姿がなんとか見える距離を保て」


「はっ!」



ウィルは相変わらずじりじりとゆっくり前に進んでいる。暗闇の中にいる相手に対するからゆっくりなのだろうが、それにしてもいつものウィルより慎重だ。


もしかすると、その待ち構えている相手というのは強敵なのかもしれない。


ウィルが強敵と感じる相手など、世界中探してもそんなにいるわけではないだろう。まさかこんな場面でそんな相手に当たるとは…。



俺は精鋭に周りをがっちりと固められながら、うっすら見えるウィルの背中を頼りに歩を進めていた。

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