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俺達が陣取る砦の右側から断続的に飛ぶ火球と小石で、次々とイーストエンド兵は倒れていく。矢を防ぐ為の盾に隠れているためよく見えないが、どうやらラミィも魔法で迎撃しているらしく派手な爆発音が向こうの方からも聞こえてくる。
ラミィのことだから手加減なんてするはずがない。あっちに陣取ってしまった敵兵には同情するばかりだ。
「ジャッジ様。前線の敵兵が引いていきます」
ウィルがその数を減らした飛んでくる矢を器用に避けながらそう報告してくる。
「そうか…。敵さんも大分嫌がってるみたいだな。よし。ここらで少し削っとくか」
俺はそう言うと、腕を頭上に掲げ上空に火球を打ち上げ空高くで爆発させた。
これはあらかじめ決めておいた突撃の合図だ。砦の内部で今か今かと待機しているイーサン率いる兵が、ガイル将軍の合図ですぐにでも飛び出してくるだろう。
今回突撃して直接敵と対峙する兵は一度の突撃で1000名と決めている。
もちろん全滅しても痛くない数だから、とかそんな理由ではなく、全ての兵に魔法で強化した装備が準備できなかったからだ。
期間内にはどう考えても全ての兵の装備を準備するのは無理だと悟った俺達だったが、イーサンの提案で新しい発想を得た。
話し合いの場でイーサンは、
「数が足りないのであれば、質を上げた物を突撃するたびに交代で装備すればいかがでしょうか?」
と目から鱗の提案をしてくれ、その場ですぐに採用となった。
つまり、半端に丈夫な物を皆が装備するよりも、丁寧に作製したとにかく頑丈な装備を一度の突撃兵分用意し、帰還したらまた次の突撃兵と交換しようという事だ。
所謂着せかえ人形ならぬ着せかえ兵士と言った所か。
だからこそ一度の突撃は1000名とし、全部で10の組に分けた。今回は最も勇敢な者が希望して出来た1組が突撃する予定になっている。その中には我がハートランド王国の150名の猛者も入っている。
彼らが装備するのは鎧こそ木製だが、ラミィの強化魔法で鉄にも勝る強度を誇り、更に木製ならではの軽さで敵兵とは段違いの軽快な動きが可能だ。そして盾と剣はハートランド王国特産のデーヤモンドで出来ている。フォージ達ゴーン族の鍛冶によって切れ味を増したその剣は、鉄の鎧など簡単に切り裂くだろう。
「頼んだぞ皆…。そして無事に帰ってきてくれ…」
俺がそう祈るような気持ちで砦の方を振り替えると、ギギギィ、と門が開く音が聞こえ、
「オオオォー!!」
という鬨の声とともに多数の人間が走る音が聞こえてきた。
門から飛び出したイーサンを先頭とする突撃隊1組は、前線から引こうとして背中を向けているイーストエンド軍に襲いかかる。
門から飛び出して来たイーサン達に気づいたイーストエンド兵もすぐに振り返り応戦する姿勢を見せるが、態勢が整う間も無く襲いかかる我が軍に次々と剣に倒れていく。
「いけぇー!!今こそ我らの勇敢さをジャッジ様にお見せする時だ!」
「オォー!!」
突撃隊の中でも特に血気盛んなのはハートランド王国兵のようだ。
思えばハートランド王国軍としてジャッジの指揮の元での初の戦だ。前回のダポン戦ではジャッジが毒に倒れていた為、直接自分達の戦いを見せることはできなかった。
そのうえウィルとラミィの圧倒的な戦果で、別動隊との戦いなど子供の喧嘩と大して変わらないではないか。とイーサンは思っていたのだ。
そんなときに訪れたこの格好の機会だ。ここで奮起しなければ勇猛果敢を誇るジャッド族ではない。
「おりゃ!」
イーサンはイーストエンド兵が持つ盾ごと相手の体を切り裂く。そして返す刀で右から斬りかかってきた敵兵の首を飛ばした。
更に剣を腰だめに構え、突撃の勢いそのままに前方の敵兵を二人まとめて串刺しにする。そして、なんとそのまま剣に刺さった二人の敵兵を凄まじい腕力で持ち上げると、勢いよく前方に放り投げた。
「ハッハッハー!どうした!こんなもんか!?」
敵兵の返り血が飛び散るその顔は、獰猛な笑みを浮かべている。
これこそがジャッド族の本来の姿なのかもしれない。だがひとたび自宅に戻ればオリビアとエマの尻に敷かれているのだから、男とは不思議なものだ。
イーサンの周りで戦うハートランド兵も、イーサンに負けじと次々に敵兵を葬り去っていく。中には前線の兵相手だけでは物足りないのか、後退するイーストエンド軍の中に単身飛び込んでいく者もいる。
ダポン軍から参加した兵も流石1組に志願した猛者達だ。生半可な攻撃など全て防いでくれる装備頼りに、とにかく攻撃に全振りで次から次に敵兵を倒している。
少しでも負傷すればすぐに撤退するように厳しく命令されている為か、少しずつその数を減らしてはいるがその何倍もの数のイーストエンド兵を葬り去っていた。
「よし。そろそろ引き時だな。おい。退却の合図だ」
イーサンが傍の兵にそう伝えると、その兵はラッパを全力で吹いた。
その音を聞いた突撃隊1組の兵は、若干名残惜しそうな表情でついでとばかりに2、3名の敵兵を斬り倒してから門に向けて退却を始めた。
突撃兵にいいようにやられたイーストエンド軍には、それを追撃する余力など残っているはずもない。ただただ退却する突撃隊を見送ることしかできなかった。
「よくやってくれた!被害を報告しろ!」
砦の中に戻り門をしっかり閉めた後、出迎えたガイル将軍が突撃隊の面々を見回しながらそう命じる。
「はっ。死者はゼロ!負傷者は100名程度おりますが、全員傷を負うとすぐに退却した為、重傷者はおりません!」
「よし!ご苦労だった!皆しばらく休んでくれ」
「はっ!」
ガイル将軍は満足げに頷いた後、そう言って突撃隊を労った。
負傷者が出るのは戦争だ、仕方がない。それよりも死者が出なかったことを喜ばなくてはならない。それに相手が受けた損害は我が軍の比じゃないだろう。概算で見ても4、5000は減らしたはずだ。一度の突撃の成果としては十分過ぎるほどだ。
「ハハハ。まだまだ戦い足りませんな。次の突撃が待ち遠しい」
いつのまにかガイル将軍の隣に来ていたイーサンがそう声をかけた。その顔はまだ返り血が所々着いており、ニヤリと笑う表情は子供が見れば泣き出す程獰猛なままだ。
「ハートランド兵の勇猛さは健在ですね。改めて以前は愚かな侵攻だったと痛感しました」
「ハハハ。我らなどまだまだです。ジャッジ様を始めとするウィル殿、ラミィ様のお力はこんなもんではありませんよ」
「いやぁ。ラミィ様の装備のお陰で兵達の損害もほぼ無いようなものでした。本当に助かりました」
二人はしばらく立ち話をした後、再びそれぞれの持ち場に戻っていった。
イーサンは次回の突撃にも参加するつもりだった。まだ確認してはいないが、残りのハートランド兵も必ず参加すると言うだろう。
戦いに生き甲斐を感じるジャッド族の性格ももちろんあるが、皆自分達の国を守るために戦うということがうれしくてたまらないのだ。
今まで自治区という狭い土地に押し込められて、自国に誇りを持つことなど出来なかった。それを変えてくれたのがジャッジだ。
ジャッド族の悲願だった安住の地を与えてくれ、そこを守る為の戦いに参加することができているのだ。ここで奮起しないジャッド族の男など唯の一人もいないだろう。
「……ジャッジ様。我々の全力で必ず勝利をお届け致します」
持ち場に戻りながらそう呟くイーサンだった。