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「ジャッジ様!見えて参りました」
「わかった!……………てか、どこ?」
偵察兵からイーストエンド軍が接近しているとの報告を受け、俺が全軍に配置を命じたのが朝方だった。今はもうすぐ正午になろうとする時間であり、俺は皆と砦の屋上からイーストエンド軍がやってくると思われる方向をずっと監視していた。
「前方です!距離は、えー……。3キロといったところでしょうか」
「………じゃあ俺には見えないわ」
相変わらず常人のそれを遥かに凌駕する視力で敵を視認したウィルにそう返事をする俺。
おそらく俺だけじゃなくウィル以外には全く見えていないだろうが、ウィルがそんな嘘をつくはずなどなく、確実にそこにはイーストエンド軍がいるのであろう。
俺はそれを前提でその場にいる主要なメンバーに最終確認と配置を命じる。
「よし。じゃあ最後にもう一度だけ確認しよう。今回の俺達の目的はあくまでも防衛だ。だから基本的には砦に籠って籠城する」
「はっ!」
「死者や負傷者はできるだけ出したくない。だから敵を倒すことよりも攻め込まれないことを重視してくれ」
「はっ!」
俺が皆で話し合ったことを復習するように口にすると、皆も頷きながら返事をする。
本来こういうことはトルス議長がするべきなんだろうが、今回は不参加であり、俺が一番立場が上になるらしいので仕方がない。
「新兵器に関しては作戦通りに動いてくれ。俺が砦の右側、ラミィは左側だ。新兵器の姿を確認したらすぐに報告をくれ」
「はっ!」
そこで俺は言葉を区切り一呼吸おいた。
皆の顔を見渡してみると、特にガイル将軍とロックの顔が強張っているように見えた。どちらも歴戦の強者だろうが、劣勢の戦の経験はあまり無いのだろう。
その点、俺やウィル、ラミィ、イーサンは既に何度か極めて劣勢の戦を経験している。その表情にも余裕が出るはずだ。
そんな風に皆の顔を見渡した俺は、ニヤッと笑いながら最後の命令を下す。
「この戦は防衛が主な目的だ。………と言ったが、それだけじゃつまらないよな?時には打って出ることも必要だろう。場合によっては俺が合図を出す。その時は遠慮などせずに失礼な侵略者を蹴散らしてこい!」
「はっ!」
俺の言葉を聞いたガイル将軍とロックの表情から強張りがとれた。その変わりに浮かぶのは獲物を前にした獰猛な野獣のそれだ。やはりこの二人も根っからの軍人なのだろう。
「よし!行こう!」
「はっ!」
俺達はそう言うとそれぞれの持ち場に散っていった。
俺はウィルと一緒に砦の右側で待機、ラミィはロックと左側だ。ガイル将軍は砦の中央で兵達にその都度命令を下す。イーサンは突撃に備えて兵達と待機だ。
ケイレブ伯爵とホース率いる兵には、目立つ様に目印を着けるよう頼んである。間違ってもそこだけは攻撃しないようにしなくてはならない。
「おっ。見えてきたな。……いやー、やっぱ10万となるとすごい数だな。まだ後ろが見えないや」
持ち場に到着して間もなく見えてきたイーストエンド軍。最前列が俺の目でもはっきり捉えられる距離にきても、まだ最後尾は見えてこない。
軍は全体的に横幅を取りながら、横一列に並んで進んできている。そして、俺の待つ砦から弓矢の射程まであと少しと言う所で最前列がその足を止めた。
後方の兵も着々とその姿を現し、ある程度再整列が完了したと思われる段階で、中央から馬に騎乗した兵が一名こちらに向かって駆けてきた。
使者と思われるその兵は、砦の門前まで馬で乗り付けると大声でこちらに叫び掛けてきた。
「我は栄光なるイーストエンド王国国王、アルト陛下の使者である!責任者はどちらか!?」
俺はウィルを伴ったまま場所を移動し、門の上から返事をする。
「俺はハートランド王国国王、ジャッジだ!一応この軍の指揮をしている!」
俺がそう怒鳴り返すと、使者は一瞬怪訝な表情をしたように見えたが、俺を責任者と認めたのだろう。急に失礼な物言いで言葉を発してきた。
「喜べ!貴様らに降伏する機会を与えてやろう!今すぐこの門を開け砦を引き渡せ!そうすれば命ばかりは助けてやると陛下は仰せだ!」
俺はそんな失礼千万な使者の物言いに肩を竦めてウィルの方を見る。
「……だってさ。どうする?」
俺の質問に、ウィルは苦笑いを浮かべながら返事した。
「降伏などするなと言うことでしょうね。どうやら向こうはやる気のようです。今までの国と同様、完全にダポン共和国を併合する気なのでしょう」
「だろうな。じゃあこっちも遠慮することないな」
俺はそうウィルに言うと、使者の方を振り向き叫ぶ。
「アルト王に伝えてくれ!尻尾巻いて逃げ帰るなら許してやってもいいぞ、と!」
「な、なにを!」
俺の返答に激昂する使者。すぐに馬の手綱をとりくるっと向きを変え今来た方向に戻ろうとする。
おそらくこれもあっちの思い通りなんだろう。敢えて失礼な降伏勧告をして、戦いにもっていこうとしているに違いない。
俺はそう思い、走り去ろうとする使者にもう一声かけることにした。
「もうひとつ!アルト王に伝えてくれ!前王であるアルフレッド王からは何も聞いてないのか?と!約束を破ったのはそちらだとな!」
使者は騎乗しながら首だけを回して俺の言葉を聞いていたが、俺の言葉が終わると同時に返事もせずに駆けていった。
「ふぅ…。久々にあんな大声出したな」
「大丈夫ですか?すぐに飲み物を用意させます」
「ハハハ。いいよいいよ。確か水筒がバッグに入ってたから」
俺とウィルは戦場に似つかわしくないそんなやりとりを交わしながら、持ち場である砦の右側に歩きだした。
「なに!?確かにハートランド王国のジャッジと名乗ったのだな?」
「はっ!確かにこの耳にて聞いて参りました」
「……そうか」
砦から真っ直ぐアルト王の元に戻った使者は、門前でのやりとりをすぐに報告した。
「わかった。下がってよい」
何か考えごとをしながらそう命ずるアルト王。すると、使者に命じられた兵は最後にジャッジが放った言葉を伝えていないことに気づいた。
「陛下。更にジャッジ王はこうも言っておりました。……前王であるアルフレッド王からは何も聞いていないのか?と、それに約束を破ったのはそちらだ、とも伝えろと言っておりました」
「………約束だと?」
アルト王は父であるアルフレッドとのやりとりの数々を脳裏に思い描く。
最後に言葉を交わしたのは玉座を奪ったクーデターの日だ。それ以降は幽閉しっぱなしで面会になど一度も行っていない。たった一人の父ではあるが、国王として忙しい父との思い出などはほとんど無く、むしろ急に覇気の無くなった情けない父親の姿のみが心には残っている。
……そうだ。そう言えば衛兵に連れていかれる前にハートランド王国には手を出すなと言っていた。そして他国に戦争をしかけると奴らがやって来るとも…。
もしかして奴らとはジャッジ王のことなのか?噂の魔女と剣士を抱えると言う…。
アルト王はようやくこの場に至ってその事を思い出したが、だからなんだと思い直した。
「……わかった。ご苦労だった。下がれ」
「はっ!」
使者をそう言って下げると、アルト王は将軍に砦攻撃の指示を出した。
「…ふん。魔法がなんだというのだ。こちらには爆弾もある。10万の大軍で踏み潰してやるわ!」
そう独り言を漏らすアルト王。彼の目にはもう大陸制覇という、あと一歩で手の届く夢の光景しか見えていなかった。