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「……よーし。こっちはこれで終わりかな?おーい!そっちはどうだ?ラミィ!」
「私の方もここで終わりよ!自分が少し早く終わったからって偉そうにしないでよ!バーカ!」
「バーカって…」
俺達が決戦予定地に到着して早くも1週間が経った。この間俺達は主に砦の建設に従事し、ウィルやガイル将軍、ダポン兵の意見を聞きながら細部の調整を行っていた。
その作業も遂に今日で終わりを迎えることになりそうだ。今俺とラミィが無属性魔法で造っている屋上が済めば完成ということになる。
俺の無属性魔法もこの1週間で大分練度が上がり、まだまだラミィには遠く及ばないが簡単な湾曲部などは一人で担当できるようになった。これでも俺的にはすこい進歩だ。
……まぁそのせいでラミィは少し機嫌が悪いのだか。まったく弟子の成長を素直に喜ぶこともできないのか…。困ったもんだあの自称天才美人魔女は。
これからしばらくは俺は国境に沿った壁の建設に専念することになる。大量の魔力を消費する壁の建設は俺の専売特許だ。その間ラミィにはヒコウキーでハートランド王国や、行軍中のイーサン達の様子を見に行ってもらう。一人にするのは少し不安だが、空を飛んでるから大丈夫だろう。
「……なんとか間に合いそうだな」
「ラミィ殿の強化魔法があれば普通の弓矢では傷もつかないでしょう。後は新兵器対策といったところですね」
「そうだな。後はケイレブ伯爵の情報を待つしかないな」
ウィルとそう会話を交わし、俺はケイレブ伯爵からの手紙の内容を思い出す。
先日届いた最新の手紙には、イーストエンド軍の先発隊がもうすぐ到着すると書かれていた。やはりセカーニュの街が前線基地の役割を果たす様で、ケイレブ伯爵にも大量の食料の準備などが命じられた様だ。
元々穀物にはあまり不自由していない土地とはいえ、10万人分の食料を用意するのは大変だ。ケイレブ伯爵だけでなく近隣の貴族の領地からかき集めたと書いてあった。その中にはきっと我が国で取れたソバも入っているのだろう。我が国の特産品を食べて英気を養った兵と戦うことになるとは皮肉な話だ。
おそらく明日か明後日には次の手紙が届くだろう。もしかすると新兵器についても触れられているかもしれない。できれば少しでも早く新兵器についての情報は得たいものだ。
それから1週間後にイーサンとロック率いるハートランド軍が到着し、既に到着していたダポン軍と合流した。
俺の壁建設もなんとか形になり、砦を中心として両側に1キロ程度の範囲で壁を建設することができた。これでイーストエンド軍はこの砦を無視することはできないだろう。回り込んで背後を取られる心配もなくなった。少しは戦いやすくなったはずだ。
「お前がジャッジ様の仰っていたホースか?」
「はっ。お初にお目にかかります。ファイスの司令官を拝命しておりますホースと申します。ジャッジ様には友のロックを通してお言葉をかけて頂きました」
セカーニュのケイレブ伯爵の館では、秘密裏に呼び出されたホースが伯爵本人と面会していた。
実はホースが今回の遠征に同行すると知ったジャッジが、手紙でケイレブ伯爵とホースにそれぞれ面会するよう勧めていたのだ。
内部情報を得るのには一人じゃなく複数の味方がいた方が安全だろうと、ジャッジなりに考えた結果だった。
「……それで?お前が味方である証拠はあるのか?」
ケイレブ伯爵は警戒心を隠すことなくそうホースに問いかける。
ケイレブ伯爵がジャッジから承った使命はとても重要な物だ。だからこそ全てを疑い、必ず成功させなくてはならないとケイレブ伯爵は考えていた。その為の協力者は有り難いが、誰でもいいわけでもない。確実に信用できる者でなくてはならないのだ。
ホースはケイレブ伯爵からそう問いかけられると、少し考え込んだ後口を開く。
「……伯爵様はソバがお好きと伺っております。そしてジャッジ様からソバクレープなるものを今度ご馳走して頂ける約束をしていると伺いました」
それを聞いたケイレブ伯爵は、急に警戒を解くと笑顔でホースに向かって歩みより右手を差し出した。
「ほぅ。そこまで知っておるとは紛れもなくジャッジ様と言葉を交わしたということだな。これからよろしく頼む。ホース殿」
ホースは差し出されたケイレブ伯爵の右手をしっかりと握り、握手を交わしながら返事をする。
「はっ。ジャッジ様の為微力ながら身を粉にして働くつもりであります」
「おぉ。そうだった!せっかくだから食事を共にしようではないか!ジャッジ様について語り合おう!……コブ。準備を頼む」
ホースの答えに満足した様子のケイレブ伯爵は、執事のコーブルにそう命じるとホースを伴い談話室に向かった。
食事が出来るまで今の状況の認識を擦り合わせておこうと思ったからだ。これで更に軍内部深くまで情報を得ることができるだろう。とにかく少しでも多くジャッジの力になりたいとケイレブ伯爵は思っていた。
「ハハハハッ!なかなか貴殿もいける口だな!」
「いえいえ、私など伯爵様には遠く及びません」
「伯爵様などと他人行儀に呼ぶな。もう我らはジャッジ様の元に集う同士ではないか!ケイレブでよい」
「はっ。ならばケイレブ様とお呼びさせて頂きます」
ケイレブ伯爵とホースはある程度情報交換をした後、夕食というよりは主に酒を酌み交わしていた。
二人とも酒豪と言っていい男であり、既に二人の前のテーブルには10本近くの空ビンが置いてある。
「いやー、しかしジャッジ様のあの器の大きさ、あれが生まれ持った王の器というものだろうな」
ケイレブ伯爵は酔えば酔うほどジャッジへの褒め言葉が多くなる。これは今日に限ったことではなく、いつもはコーブルや使用人相手に若干呆れられながらこれをやっているのだ。
ホースとしてもジャッジのことは嫌いではない。むしろ今のアルト王よりはずっと好きだ。出来ることならばジャッジが治める国で暮らしたいとまで最近は思っている。
そんな二人が酒を酌み交わせば、ジャッジを褒め称える言葉の応酬になるのも仕方ないことだろう。
「……そう言えば、ケイレブ様はジャッジ教なるものをご存じですか?」
ホースはロックからの手紙で知り得たことについて問いかけた。
「ジャッジ教…?それはなんだ?ジャッジ様と同じ名前を冠する宗教だな」
ケイレブ伯爵は聞いたことのない言葉に首を傾げている。
ホースはそんなケイレブ伯爵の様子を見て、ニヤリと笑うとジャッジ教について説明を始めた。
「ジャッジ様の治めるハートランド王国で現在主流となっている宗教だと聞いております。まだ国教とまではなっていない様子ですが、なんでもジャッジ様を神として崇める宗教で、ジャッジ様を象った像に祈りを捧げると不思議と痛いところがたちどころに治り、更には願いも叶い放題だとか」
「な、なんと…!さすがはジャッジ様!そこまでのお力をお持ちになっているのか!」
いつの間にかとんでもないご利益が付け足されているジャッジ教について初めて聞いたケイレブ伯爵は驚いている。
それを満足げに眺めたホースは更に続ける。
「ジャッジ教に改宗した信者は皆小型のジャッジ像を賜るそうです。それも貢献度によって材質が変わる様で、最も位の高い信者はなんとデーヤモンド製の精巧なジャッジ像が与えられるとの噂です」
「な、なんだと!?」
更に衝撃のジャッジ教についての話を聞いたケイレブ伯爵は、もう気が気でない様子だ。
急に立ち上がってその場を行ったり来たりソワソワしている。
「こ、これはなんとしてもデーヤモンドのジャッジ像を手に入れなくてはならない…。コブ!確かこの館にもいくつか神を象った像があったな?」
いきなりケイレブ伯爵は執事のコーブルを振り返り質問する。聞かれたコーブルは特に慌てた様子もなく即答した。
「はい。今までに様々な方から頂いた物がいくつかごさいます。前王のアルフレッド陛下から賜った像が一番新しいでしょうか」
「よし!それらは明日にでも全て売っ払ってしまえ。我が家は今よりジャッジ様を神と崇めるジャッジ教に入信する!……あぁ。我が家の全財産を寄付すればデーヤモンドの像を賜れるだろうか?あぁ、不安だ…」
ケイレブ伯爵は今度は不安そうな表情になり、椅子に座ると一気にグラスの中身を飲み干した。
執事のコーブルはそんな主の姿を微笑みを浮かべながら見ていたが、余計な事だとは感じつつもつい口を開き言葉を掛けた。
「……失礼ながら旦那様。ジャッジ様は金銭でなびくようなお方ではごさいません。ジャッジ様に認めて頂く為には、何より旦那様の今回の働きこそが大事だと思われます」
それを聞いたケイレブ伯爵はハッと何かに気付いた様な顔をすると、
「………確かに」
と呟くと真剣な表情になった。
ホースはそんなやり取りを交わす変わった主従を黙って眺めていたが、目の前のグラスを一気に飲み干すと自分も今回の作戦に対する意気込みを強めた。
………俺も活躍次第ではジャッジ像を賜ることができるかな?
そんな風に心のなかで密かに思うホースだった。