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俺がラミィのもとで訓練を始めてから1ヶ月が過ぎた。この頃では体内を循環する魔力を、かなり感じることができるようになってきた。
「ラミィ。この訓練っていつまで続ければいいんだ?」
一ヶ月同じ訓練を続けてきたおかげで、大分リラックスしながら魔力を感じることができるようになっており、最近ではラミィと会話しながら訓練することが多い。
「そうね…。もうそろそろ感じた魔力を体内に留める訓練に移ってもいいかもね」
俺の側で、なにやら蠢く不思議な植物を花壇に植えていたラミィがそう答えた。
いよいよ俺の体調不良の原因が取り除かれるのかと、素直にうれしい。
「魔力を感じる事ができるようになったアンタには、そんな難しいことじゃないわよ」
そう言ってラミィは俺の正面に立った。
「私は常に体内で魔力を循環させてるわ。だからアンタもそれを視ることがもうできるはず。今までは感覚として感じてた魔力を、目で見ようとしてみなさい。私の全身を巡る魔力を見ようと集中してみて」
確かに、今までの訓練では感じるだけで目で見ようとはしていなかった。よし!ラミィの言う通りにやってみよう。
目の前に立つラミィを集中してじっと見つめる。体内を巡る魔力を目で感じるというイメージで見ていると…
ぼんやりラミィの体の中が光って見える!すごい!これが魔力か!
そのままラミィの右肩、右手、胸、腰、足、とじっくり舐め回すように集中して眺める。本で見た光の帯のようなものが体から大きく溢れ出ることなく、むしろ体全体を薄い膜で覆うように流れている。その流れは穏やかであるがとても力強い流れに見える。そうか、これが魔力か…。
「見えた、見えたぞ!」
そう言ってラミィの顔を見ると、その顔は真っ赤だった。あんまりじろじろ見すぎたかもしれない。すまん、ラミィ。
「そ、そう。それが魔力よ!」
ラミィは顔を真っ赤にして、なぜか胸を両手で隠すようなポーズをして俺に言った。
「い、今見た魔力の流れを忘れないように。今度は自分の体の中でも同じように魔力を循環させるのよ。魔力を感じ取れる今のアンタならできるはずよ」
なるほど。ラミィの体を流れていた魔力の流れをイメージして……。
「おっ!いいわよ。少しずつ垂れ流してる魔力量が減っていってるわ!」
全身を循環させるイメージで……。
「もうちょいよ!…それにしてもアンタ結構多いわね…」
薄い膜のように全身を覆い、溢れでる魔力を止める!
「えっ!?なにこれ!?ちょちょ!ちょっとまって!」
ラミィの慌てる声が聞こえる。俺はゆっくりと閉じていた目を開けて、自分の体を流れる魔力を視ようとする。
俺の体は金色に光輝いていた。いや、正確には全身を光の帯がものすごいスピードで駆け巡り、そのせいで輝いているかのように見えた。その光はさっき見たラミィのものより力強く、躍動的だった。
「おぉ!なんかすごく体が軽い!」
そう感想をもらすと、
「ちょっと、アンタ!それはどういうこと!?大丈夫!?」
ラミィがとても慌てた様子で聞いてくる。大丈夫もなにもさっきまでが嘘のように体が軽い。このまま何日でも走り続けられそうなくらいだ。
「あぁ、すごく調子がいいぞ。…それにしてもなんかすごく輝いてないか?」
ラミィはすごく驚いた様子だ。やっぱりこれは異常なのか?
「アンタ…この魔力量はすごいわよ!今まで見てきた中でもダントツに多いわ!」
ラミィは興奮したようで、俺の腕を掴んでブンブン振り回しながらそう言った。そうか。やっぱり多いのか。でもよかった、これで体調もよくなるだろう。
「これでもう寝込まなくてもすむんだよな?」
そう言う俺の言葉を聞くと、ラミィはなにかに気付いたようでハッとした顔をした。そして、興奮していたさっきまでとは違い少し寂しそうな顔をして俺に向かって口を開いた。
「…そうね。これでアンタの訓練も終わり。体調もそうそう悪くなることはないわ。念のために私の作った薬をいくつか渡しておくわね。よかったわね。これでアンタの念願だった国の再興を目指せるわよ」
そういうとラミィはゆっくりその場を離れ、家の中に入ってしまった。
もちろん、俺の最大の目標はハートランド王国の再興だ。でも最近はラミィとの訓練が楽しくて夢中になっていた。みるみる体の調子もよくなり、色々なことが前進していることを感じて毎日が充実していた。このまま訓練を終わりにして、ウィルと共に王国再興を目指すのもいいだろう。だが、…それでいいのか?
1人残された俺は、ラミィが入っていった家を見ながら考えていた。ラミィは俺に渡す薬でも探しているのだろうか?外に出てくる気配はない。
じっくりと自分の気持ちと向き合い、考えた結果のひとつの結論をもって俺は家の中に入る。
ラミィの姿はそこにはない。奥の部屋にでもいるのだろうか?と考え、台所に足を踏み入れた瞬間。
「ひっぐ、ひっぐ」
台所の隅っこでうずくまるラミィがいた。どうやら泣いているようだ。ラミィは魔女だ。天才だなんだとおどけているが孤独な存在だ。ここ最近とても楽しそうに見えたのは、今まで孤独だった反動なのかもしれない。
そう考えるとラミィは魔女、俺は魔女の子供で亡国の王子、ウィルは剣聖の弟子でおそらく最強の男だ。俺を含め、俺のまわりにいる人たちは珍しい境遇ばかりだな。まさにマイノリティ(社会的少数派・社会的弱者)といったところか。
「おい、ラミィ。実は頼みがあるんだが…。聞いてくれるか?」
極力ラミィの方を見ないように、さも今来たかのような感じで声をかける。
「…ん。な、なにかしら?」
涙を袖で拭うような動作のあと、急いで立ち上がり返事をするラミィ。背をむけてこちらを向こうとはしない。そんなラミィを愛おしく感じる。そして、俺はさっきじっくり考えた結論を伝えようと口を開く。
「あぁ、無理ならいいんだが…。実はラミィから俺には魔力があると聞いてから、魔法を使うことが憧れだったんだ。もしよかったら、このまま続けて俺に魔法を教えてくれないか?」
俺の言葉の意味をすぐには理解できなかったのだろう。しばらく呆けたように立ったままだったラミィだが、次の瞬間大粒の涙が天才魔女の頬を幾筋も伝った。
「…ひっぐ。ば、ばかね。そんな簡単に魔法が使えるもんですか。…しょうがないからこの不世出の天才美人魔女のラミィちゃんが、アンタが魔法が使えるようになるまで付き合ってあげるわよ!つ、付き合うってのは魔法の訓練に付き合うって意味よ!」
一息にそう言った不世出の天才美人魔女は、俺の方に駆け寄ってくると、涙と鼻水まみれの顔をまたしても俺の服の胸のあたりに押し付けてきた。
あーこれも初めて会った日以来だなぁと感じながら、前回とは違い俺の腕は自然にラミィの背中に回されていた。
俺の腕を背中で感じたラミィは一瞬ビクッとしていたが、次の瞬間には俺の腰にしっかりと抱きついていた。
しばらくそのままでいた俺たちだったが、なんか気まずい雰囲気となりどちらともなく離れた。そして、「送るわ」というラミィに促され俺は帰宅した。その際、「もうアンタなら使えるはず」と転移石を袋いっぱい渡された。この転移石を使えばラミィの家に直接繋がるらしい。
「もう迎えには来ないけど、ちゃんと毎日来なさいよ。それと、朝早くは来たらだめよ。ちゃんと私が準備ができてから来なさい」
と、不世出の天才美人魔女は無茶な要求をしたのち帰っていった。