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俺達のダポン共和国滞在は計10日間にも及び、最終日には正式な国同士の同盟を結ぶまでに至った。
トルス議長が提出した同盟案はほぼ全ての議員の賛成を得て即日可決された。このほぼ全てというところがトルス議長がフェアな議会運営をしている証拠だろう。反対派に汚い手を使うことをしていないからこそ、少数の反対派閥が存在していると思われる。以前議長であったゲールとは違う。
対イーストエンド王国に関しても喧々諤々といった話し合いの末、共同戦線の作戦も決まった。最終的にはケイレブ伯爵領と以前ジャッド族、ンダ族自治区だった場所との境い目あたりで迎え撃つこととなった。
イーストエンド王国軍の進路や進軍時期についてはケイレブ伯爵からその都度連絡を貰うこととなり、俺達ハートランド王国軍も早めに現地に赴き準備する予定だ。
戦場となる予定の場所にはダポン共和国側に大分昔に造られた砦があり、そこを改修して今回の戦でも使用する。いや、改修というよりは丸ごと作り替えると言った方が正しいだろう。その作業はスピードが重要であり、俺とラミィも参加する事になっている。
「それでは、また一ヶ月後に」
「はい。私どもも準備を進めておきます」
「内部の情報はお任せください。信頼できる者に毎週必ず届けさせますので」
俺とトルス議長、そしてケイレブ伯爵はそう約束を交わした後、それぞれの国へと帰ることになった。
もちろんケイレブ伯爵はヒコウキーでセカーニュまで送っていく。行きと違うのはこれからは一応敵同士となる為街の中まで入らないことくらいだ。次にケイレブ伯爵と会うのはこの戦が終わってからになるだろう。どちらも無事に会えることを祈るばかりだ。
「ジャッジ様。この辺までで大丈夫です」
「そうですか?一応ウィルを門まで同行させましょう」
「ありがとうございます。……それでは次回は一応戦場にてお会い致しましょう」
「えぇ。爆発玉のこともよろしくお願いします」
俺はセカーニュの街が見える位置でケイレブ伯爵を降ろすと、そう挨拶をしてウィルと歩き出すケイレブ伯爵を見送った。
今回の対爆発玉(爆発する玉というのは長すぎるのでこう呼ぶことになった)作戦にはケイレブ伯爵の協力が不可欠だ。ケイレブ伯爵にはこれから戦が始まるまでに爆発玉についての情報を出来るだけ集めてもらわなくてはならない。
今回前線基地となるのはおそらくセカーニュだろう。主な戦力も早めに到着するはずだ。その中に必ず爆発玉や他の新兵器も混ざっているはずだ。
バレたら一発でケイレブ伯爵の首が飛びそうな危ない作戦だが、今のところ最善策はこれだと俺達は判断した。後はケイレブ伯爵の手腕を信じることにしよう。
ケイレブ伯爵を送り届けたウィルを待ち、俺達は再び空の旅人となった。この時間からならギリギリ明るいうちにハートランド王国に帰り着くはずだ。すぐに皆に話し合いの結果を伝え、出兵に向けた準備をして、遅くとも一週間以内には国を発たなくてはならない。
きっとバタバタすることになるだろう。しかしこれも俺達の居場所を守るためだ。皆で力を合わせてがんばろう。
その頃、イーストエンド王国王城では今回の遠征についての最終確認が行われていた。
「…………ということでございます。いかがでしょうか?陛下」
アルト王の御前で侵攻ルートや兵数の説明をしていたジャムズがそう言って下知を促す。既に将軍とは何度も会議を重ねており、今回の作戦も特に問題はないと確信を持っているジャムズの説明はスムーズだ。
アルト王は地図を前にジャムズの口から語られた作戦についてしばらく考えていたが、やっと口を開いた。
「……ダポンを攻めるのはいい。後残す大国はあの国だけだ。しかし、ハートランドのような小国を何故最後に残すのかはまだ納得できん」
「陛下。かの国には魔女がおります。また先のマフーン戦でたった一人で信じられない働きをした剣士もいるはずです。念には念を入れ、後顧の憂いを断った状態で決戦を挑むことが大事だと私どもは考えております」
ジャムズはもう何度繰り返したか分からない説明を今回もアルト王にした。
実はジャムズ自身もそこまでハートランド王国を脅威には思っていない。しかし、アルフレッド王がマフーンへの侵攻途中に武力によって脅された時に同行していた将軍や貴族から、耳にたこができるほどその恐ろしさを聞かされていたのだ。
曰く、大岩を素手で粉々に砕いただとか、水で出来た龍を自由自在に操り雨をも降らせただとか、山ひとつ魔法で消し去っただとかだ。
とても信じられないような話の数々だが、それを語る者達の瞳には未だに恐怖の光が宿っておりとても嘘だとは思えなかった。更に侵攻を投げ出して帰ってきたアルフレッド王のその後の豹変ぶりも目にしているだけに、ジャムズは今回の作戦を立てたのだ。
ジャムズから改めて説得されたアルト王はやはり不満げな様子だったが、信頼する宰相の言うことを信じることにしたのだろう。ようやくその重い腰を上げ、出陣の下知を下した。
「わかった。ではそれでいくこととしよう。ケイレブにも準備を急がせるよう連絡をしておけ」
「はっ。ケイレブ伯爵も今回ばかりは傍観するわけにもいかないでしょう。ダポンやハートランドとも貿易を行っていることは掴みましたが、さすがにこの大軍を率いる陛下のお力を見ればすぐに尻尾を振ってくるはずです」
「うむ。どうせどちらもすぐに余の手中に収めるのだ。貿易ならその後好きなだけすればいい」
ジャムズは一礼するとアルト王の決定を伝えるために足早に部屋を出ていった。既に軍は準備万端であり、後は王の下知を待つばかりとなっている。この決定を伝えればすぐにでも先発隊が発つことになるだろう。本隊は半月後といったところだろうか。
その本隊にはアルト王も含まれている。身の回りを固めるのは親衛隊と呼ばれる者達だ。どれも腕の立つ者ばかりだが、少し前にアルト王の肝いりで加わった者もいる。
黒い衣装を纏い、無口で無愛想で何か近づきがたい雰囲気を持つ剣士だ。黒装束の連中から紹介されたその者をアルト王は信用しているようだが、正直少し気味が悪い。
「今回もあの者共はついてくるのだろうか…。陛下も何故あのような者共の言うことをお聞きになるのか…」
ジャムズは城の廊下を早足で歩きながら呟く。
ジャムズからすると、アルト王がしょっちゅう意見を聞く黒装束の連中は気に入らない。確かに新兵器の数々はあの連中が持ってきたものだ。どれも画期的と言っていいもので、ここまでイーストエンド王国が連戦連勝してきたのはそのおかげもあるだろう。
しかし、どうにも気味が悪いのだ。奴らは兵器の提供に関しても一銭の見返りも要求しなかった。かといって仕官を要求するわけでもなく、ただただこちらに協力してくれる。
もしかするとアルト王とは何かしらの約束を交わしているのかもしれないが、ジャムズは知らない。
「……ふぅ。まぁよい。とにかく今は目の前の戦に集中しよう」
ジャムズは頭の中をよぎる様々な考えを振りきるようにそう呟くと、廊下を歩く足を速めた。