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俺達はその後も数日かけてトルス議長や、ダポン共和国の議員、将軍などと対イーストエンド王国について具体的な話を進めた。
正式な同盟はまだ議会を通っていないため今後の話となったが、元々ダポン共和国の法で規定されていた軍事行動を他国と共に行うことは可能であり、今回はその法を適用することになったみたいだ。
とにかく当初の目的は達することができたわけだが、いつイーストエンド王国が攻めてくるか分からず、出来るだけ早く迎え撃つ準備をしなくてはならないと毎日あちこちと話し合いを重ねていた。
「えぇと…、今日はこれから誰と会うんだったっけ?」
「これからお会いするのは軍事開発局のベルト氏です。敵の新兵器に関するお話があるそうです。ちなみにベルト氏も先祖はジャッド族らしいですよ」
「あぁそうだったな。……ほぉ。ジャッド族の血が流れているならイーサンとも気が合うかもしれないな」
俺が昼食を摂り終えた後、午後からの予定をウィルに尋ねるとすぐにそう返答が返ってきた。こんな風にここ数日は午前に1人、午後からは2人といった具合に色々な話し合いが続いている。
俺はウィルとイーサンと基本三人で話し合いに臨み、ケイレブ伯爵は自らの伝手で色々と動いているようだ。ラミィは一応警備を付けられているらしいが、基本自由に街を歩き回ったり与えられた部屋に籠って魔法の研究なんかをしているらしい。正直ラミィがうらやましい。……いいなぁ。
あぁ、ケイレブ伯爵といえば、俺達と共に戦うと言って聞かなかったのだが、皆で説得して内部から情報を流してもらうことになった。
セカーニュの街からもかなりの数の若者が徴兵されて従軍している。家族からすれば従軍した息子や夫、父親を置いて自分達だけ逃げ出すことは出来ないだろう。そこらへんの気持ちも考えると、表だってケイレブ伯爵がアルト王に反旗を翻すことはリスクが高すぎると判断したのだ。
ケイレブ伯爵は不満そうだったが、さすが領民思いの伯爵だけあって渋々納得してくれた。自らケイレブ伯爵領の兵を率いて、なんとか前線から離れる予定だとも約束してくれた。一応目印もつける予定だしなんとかケイレブ伯爵領の兵には危害を加えないようにしなくては。
午後からのベルト局長との話し合いは長引いた。その後の予定をキャンセルしてでも話し合う必要があったからだ。結局その日の午後は丸々ベルト局長との話し合いで潰れた。
俺は外が真っ暗になった頃、ようやく用意された部屋に帰りつき一息ついていた。
「……疲れた。ウィルもイーサンも疲れただろう。今夜は早く休むことにしようか」
俺は隣で同じく疲れた顔をしている二人に声をかけた。まぁこの二人の体力は半端じゃないから、俺ほどは辛くないとは思うが…。
ウィルは疲れた様子の主を心配そうに見ながら返事を返す。
「私共の心配よりジャッジ様こそ早くお休みになってください。お体でも壊されると大変です。私とイーサン殿は今日の件でもう少し話し合うことにします」
「………あぁ。爆発する玉のことか」
俺は今日のベルト局長の話を思い出しながらそう呟く。
イーストエンド王国が新兵器として使用している兵器のひとつに爆発する玉というものがあるそうだ。その他にも従来の物より遥かに遠くまで石を飛ばせる投石機や、一度に沢山の矢を発射するという装置等、今回の大侵攻では複数の新兵器が使用されているらしい。
何故急にそんな複数の新兵器が登場したのかは不明だが、ベルト局長は誰か外部の者の介入を疑っていた。この大陸の兵器水準より高い知識を持つ誰かだ。
俺の脳裏にはぼやーっと黒装束の姿が浮かぶ。毒で暗殺されかけた時に見た姿だ。もしかしたら奴らの仕業かもしれない。俺はベルト局長の話を聞いたときからそう感じていた。
「………ッジ様。ジャッジ様。大丈夫ですか!?」
はっと気がつくとウィルが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。いつの間にかぼーっと考え込んでいたらしい。
「あぁ。大丈夫だ。それより俺もその話に交ぜてくれ。是非聞いておきたい」
「………畏まりました。その代わり明日の午前中の予定は延ばしてもらいましょう。お体にさわります故」
そう言うとウィルはさっさとその事を伝えに部屋を出ていってしまった。こういう過保護な所は昔から変わっていない。俺だってもう大人なんだけどなぁ…。
戻ってきたウィルを迎え、ケイレブ伯爵とラミィも呼んできた俺は早速ベルト局長から聞いた件について話し合うことにした。
「…………ということなんです。伯爵はどう思われますか?」
俺が爆発する玉を始めとしたイーストエンド王国のまだ見ぬ新兵器についてケイレブ伯爵に意見を伺うと、ケイレブ伯爵はしばらくその姿を想像するかのように目を瞑ってじっと考え込んでいたが、ようやくその重たい口を開いた。
「……厄介ですね。特にその爆発する玉というのはかなりの脅威になると思われます」
「やはり伯爵もそう思いますか」
「はい。投石機と複数の矢を放つ兵器についてはなんとなく想像がつきます。もちろん侮っていいとは思いませんが、事前に対策することも可能でしょう。……しかし、爆発する玉というのは想像もつきません。どの程度の威力なのでしょうか?」
ケイレブ伯爵は自らの感想を述べるとともにそう質問も返してきた。さすがは何度も戦場を経験するベテランだ。もう投石と弓矢については対策の試案を思い付いたのかもしれない。
「確かベルト局長の話では一回の爆発で100名以上の負傷者が出たと言っていました。なんでも爆発の際に飛び散る破片で多くの兵がやられたとか」
「100名ですか…。となると逃げるというのは間に合いそうにありませんね…」
ケイレブ伯爵はそれを聞きまたしても考え込んでしまった。
一回の爆発で100名以上に被害が出る玉というのはとてつもない脅威だ。うちの軍などはたった2発で全滅してしまう計算になる。まぁそんな都合よく兵が固まっているわけでもないんだが…。
そんな風に深刻に考える込む俺達だったが、そこで話を聞いていたラミィが珍しく口を出してきた。
「なーんだ。そんなもん?それならアンタの魔法の方がずっと威力あるじゃない」
「……ん?あ、あぁ確かにそうだな」
「私だってそれ位簡単よ?ウィルだって100人位すぐ倒せるでしょ?」
「はい。もちろんです。ジャッジ様がお望みとあれば千でも一万でも斬り倒して参ります」
ラミィに聞かれたウィルも即座にそう答える。ラミィの言う通り攻撃力だけで考えると、爆発する玉なんて俺達3人にとっては比較にならない。しかし、それだけではなく今回は防衛戦だ。他の兵を守ることも考えなくてはならない。
「あー…、ラミィ。他の兵はどうやって身を守るかの話をしてるんだ。何かいい案でもあるか?」
俺が期待せずにそうラミィに尋ねると、意外にも鋭い答えが返ってきた。
「え?そんなのこっちに着く前に叩き落とすに決まってるじゃない。そんな危ない物怖くて敵も放り投げるはずでしょ?」
「叩き落とすって…。そりゃ多分その投石機かなんかで放り投げてくるんだろうけどさ。そんな上手くいくわけ……」
俺が呆れながらラミィに言い返していたその時、突然ケイレブ伯爵が大きな声を上げた。
「それです!ラミィ様!」
ケイレブ伯爵はそう言うと、ぐっと顔を近づけてきて興奮したように話し出す。
「さすがラミィ様!そうです!受ける前に潰してしまえばいいのです!」
「…………?」
突然のケイレブ伯爵の言葉に呆然とする俺。隣のウィルとイーサンもポカンとした顔をしている。何故かラミィだけは得意気だが、まぁコイツはどうせなんもわかってないからほっといていいだろう。
そんな俺達に向かい、ケイレブ伯爵は思い付いた作戦を説明し始める。
その後も話し合いは夜遅くまで続き、ケイレブ伯爵の作戦の内容を理解した俺は、対新兵器にその作戦を採用することにした。
これは明日にでもトルス議長を始めとした、ダポン共和国側にも説明することになった。おそらく皆も賛成してくれるはずだ。この作戦には内通者の役割が大きいが、そこはケイレブ伯爵がいる。なんの問題もないはずだ。