135
「ここにくるのも久しぶりだなぁ」
「……そうですね。私にはここでの日々がもう遠い過去の様に思えます」
「そうか?そんな昔の話でもないけどなぁ…」
俺は今ダポン共和国内の元ジャッド族、ンダ族自治区を訪れていた。
まだそれほど長い時が経ったわけでもないのに、人が住まなくなった建物は既に当時の形を保っていない物もあり、おそらく野生動物によって壊された柵もあいまり寒々とした風景がそこには広がっていた。
サニーの店を訪れてから3日後に行われた国民代表者会議で、今後の方針について皆で話し合った。その結果ダポン共和国との共闘を打診してみることになったのだ。
今や強大な国家となったイーストエンド王国に対抗するには、やはりそれなりの規模の軍隊も必要だろうという話になり、それなら親交のあるトルス議長に話をしてみようということになったのだ。
今まで何度も商売で訪れ、今では支店まで構えるサニーが言うには、トルス議長は俺のことを恩人と公言しているらしいのだ。特に何かした記憶もないのだが…。強いて言えば自治区を攻めないよう話し合いをした位だろうか?俺にもよくわからない。
「ジャッジ様。わざわざ私の為に時間をとらせていまい申し訳ありませんでした。一目見て満足致しました。先を急ぎましょう」
「…ん?あぁ。もういいのか?なら行こうか」
ダポン共和国に話し合いに行くことが決まると、同行するイーサンが自分達の暮らした自治区に寄りたいと言い出した。イーサンからすれば故郷のようなものだ。その気持ちもわかる。
満足したというイーサンを乗せ、ヒコウキーは再びダポン共和国の首都を目指す。
今回俺に同行するのは4人だ。ウィルとラミィはいつも通りだが、更に今回はイーサンとケイレブ伯爵も同行している。イーサンは将軍として当然と言えば当然だ。しかしケイレブ伯爵は予定外の客だった。
ダポンを目指す途中でセカーニュにも寄ったのだが、そこで事の次第を聞いたケイレブ伯爵が、
「是非私も同行させてください!もうこの国に付き合うのはうんざりです。私が従うべきはアルト王ではなく、ジャッジ様お一人です!きっと領民も納得してくれるでしょう」
と自らの覚悟を語り、そのことをトルス議長にも説明するために同行すると言って聞かなかったのだ。
確かにイーストエンド王国がダポン共和国を攻めようと思ったら、領地が隣り合うケイレブ伯爵領を足掛かりとするだろう。戦況によっては戦場となる可能性も十分にある。
もちろんダポン共和国側もそれを分かっているし、トルスが議長となってからは良好な関係を築いていただけに現状を残念に思っているに違いない。ケイレブ伯爵の反乱は好意的に受け取ってもらえるかもしれない。
そんな風にそれぞれの思惑を胸に、俺達は空の旅人となりダポン共和国の首都トーキーを目指していた。
初めて訪れたダポン共和国の首都トーキーは、俺が今まで訪れたことのある街で一番都会に思えた。
俺達は街から少し離れた位置でヒコウキーを降りると徒歩で門に向かった。やけにあっさりと通してくれた門番に議会の場所を尋ねた俺達は、街を見物しながら歩を進めていた。
「それにしてもあっさり通してくれたな。特に目的も身元も聞かれなかったな」
俺が歩きながらさっきの門番の態度を思いだしそう呟くと、ケイレブ伯爵がいまこそ自分の出番!とばかりに話し出した。
「さすがジャッジ様!目の付け所が違いますな。仰る通りこの国は昔から基本的に来るもの拒まずの姿勢を貫いています。だからこそジャッド族やンダ族といった少数民族が集まり、ここまでの大きな国となったのです。それを勘違いしたのがゲールだったのでしょう」
「はぁ…」
突然張り切り始めたケイレブ伯爵に圧倒されながらも、大体ダポン共和国の成り立ちは理解できた。つまり、多様な民族が共に暮らす今の状態がダポン共和国の本来の姿なのだろう。そして、それこそがトルスが目指した国の形なのかもしれない。
そういえばさっきから色んな肌の色や髪の色の人々が行き交っている。一番多く見かけるのはリゴート族だが、その他にも様々な民族が入り交じっているようだ。中にはハーフもいるのだろう。
「ゲールが議長の頃にはこの国を出ていた者達も大分戻ってきているようです。これが本来のダポン共和国という国です」
ケイレブ伯爵は満足そうに行き交う人々を見ながらそう言うと、うんうんと頷いている。
ハートランド王国もある意味多民族国家だ。というよりそれぞれ少数派の人々が集まってなんとか成り立っている国と言っていいだろう。
ジャッド族とンダ族、ゴーン族は少数民族だし、ラミィは魔女、俺に至っては人間と魔女のハーフだ。ウィルだって元は孤児だから出自は分からない。
俺としては肌の色や目の色、髪の色なんかで何が分かるものか。と思っているのだが、そう思わない人も一定数この世界にいるのは間違いない。そういう意味では、俺とケイレブ伯爵、それにトルス議長は同志とでもいうべき関係なのかもしれない。
俺は満足そうに頷くケイレブ伯爵を横目に、そんなことを考えながらぶらぶらとトーキーの街中を歩いていた。
「陛下。北方の4国から降伏条件の兵と食料が到着致しました」
「……む。そうか。長旅だっただろう。少し休むように言っておけ」
「はっ」
イーストエンド王国の王城で玉座に座るアルト王の元には、戦わずして降伏を申し出てきた大陸の北方にある小国4国から兵が到着したとの報せが届いていた。
これで夢の大陸制覇まで残すは大陸中部の2国を残すのみとなった。しかもそのうちの1つは最近再興したばかりのハートランド王国とかいう極小国だ。何故降伏を申し出てこないのか不思議な位だが、戦うというのなら相手するしかない。
「おい、ジャムズ。今後の予定はどうなっている」
アルト王は傍らに控える宰相ジャムズにそう尋ねる。ジャムズは手元の資料にさっと目を通すと、間髪入れず主の質問に答える。
「はっ。各国からの兵が到着次第、ダポン共和国への進軍を開始する予定となっております。まずはダポンと隣り合うケイレブ伯爵領にて兵の集結を図り、機を見て全軍にて一気に侵攻する作戦です」
「……わかった。これが最後の戦だな。余も行こう」
「陛下直々の御出陣となれば兵の士気も上がります。必ずや勝利を収めることとなるでしょう」
そう言うとジャムズは玉座の間を離れて行った。現場で軍を動かす将軍にでも伝えに行ったのだろう。実質この国の政治、軍事両面を動かしているのは宰相のジャムズだ。アルト王が即位してからというもの、その権力は間違いなくこの国でナンバーワンだろう。
ジャムズがいなくなった玉座の間で独り何事か考え込むアルト王の元に、足音も立てずに忍び寄る黒いマントを羽織った人物がいた。
その人物は玉座の横、つまり宰相など側近しか近づくことを許されない場所に堂々と近づくと、アルト王に声をかける。
「……陛下。作戦は予定通りにいっているようですね」
「あぁ。今のところお前の言う通りだな。あの兵器も活躍している」
「……フフフ。当然です。この大陸ではまだ到達していない水準の技術ですから」
王と話しているというのに畏まった様子の無い黒マントの人物。そのマントの奥からはくぐもった笑い声すら聞こえてくる。
アルト王はそんな不敬を咎めるでもなく、黒マントに尋ねる。
「……それで?これからはどうすればいい?今まで通りに攻めればいいのか?」
黒マントの人物は再び薄気味悪い笑い声を漏らしながら、1つ指を鳴らす。すると音もなく1つの影がアルト王の前に降り立った。
「……フフフ。ここから先は今までのようにはいかないでしょう。その為にこの男を呼んでおきました。この男の力が必要となる場面が訪れるはずです。陛下のお側に置いておくことをお勧めします」
黒マントはそう言うと、アルト王に更に二言三言何事か話しかけ玉座の間を後にした。
その場に残されたのはやや固い表情のアルト王と、そのアルト王の御前に跪く黒装束の男だけであった。