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「……さっきのおじいさん大丈夫かしら?」
「あぁ。ラミィが迷子になったおかげで救えたな。たまには道に迷うのもいいかもな」
「もうっ!バカにしないでよ!」
俺達は老人を家まで送り届けた後、全身火傷1名、全身氷漬け3名を縄で縛って、ウィルに引きずってもらいながら領兵の詰め所まで運んだ。
ラミィはさっさと燃やすなりウィルの腕力で投げ飛ばすなりして始末しようと言っていたのだが、老人に被害もなく未遂だったため領兵に引き渡すことにしたのだ。
ロックが抜けた領軍もきちんと機能しているようで、しきりにロックの事を聞きたがった。中には自分も移住したいと希望する者もおり、家族とよく話し合ってからであればいつでも受け入れると話しておいた。
やっぱり家族は同じ街にいるのがいいだろう。離ればなれになるなんて悲しい。俺なんて会いたくてももう誰にも会えないのだ。
「それじゃあよろしくお願いします。行こうウィル、ラミィ」
「はっ!お預かりします!ジャッジ王もお気をつけください!」
俺達は暴漢を引き渡すと、今回の本来の目的であるホースとやらに会うためにロックが話していた店に向かうことにした。
ロックが手紙で遣り取りしていたホースから、直接会って話したいと言われたらしいのだが、ロックは半ば無断でこの街を抜け出したに等しく、俺達が代わりに行く事になったのだ。
「あー。この店かな?」
ロックの言っていた店と思わしき建物に着いたのだが、看板も無くそもそも開いているかどうかも怪しい雰囲気だ。
「おそらくこの店でしょう。ロック殿も看板は無いと話していました。とりあえず入りましょう」
「えー…。ホントにここなの?空き家とかじゃない?」
文句を言うラミィを引っ張って中に入ると、確かにそこは店のようだった。ロックの名前を出すと奥の個室に案内され、俺達は飲み物を適当に注文するとそこでホースを待つことにした。
「なかなか落ち着いた雰囲気のいい店だな」
「隠れ家的な店なのでしょうか?」
俺は注文した軽いお酒をちびちび飲みながらウィルと話していた。ラミィは何故かメニューに豊富にあったパフェを夢中で頬張っている。
お酒を出す店だと思ったのだが、意外と甘いものの種類も豊富だった。世の中には甘味で酒を飲む人も多いのだろうか?俺には理解できないが人の嗜好はそれぞれだな。
そんな風に俺達がホースを待っていると、店主が客がきたとの言葉と共に壮年の男性を伴って現れた。おそらくこの男性がロックの友だというホースだろう。
「お待たせして申し訳ありません。私がロックの友のホースと申します。本日はジャッジ王のご尊顔を拝し奉る機会を…」
とホースは到着早々跪き始めたので、さっさと声をかけて止めさせた。そういうのは別の偉そうな王様に会った時にとって置けば良い。
「……ハハハ。やはりロックの話す通り気さくな方ですな。とても国王とは思えません。……いや、もちろんいい意味でですよ」
「…………ハハ。よく言われます…」
しばらく話した後、ホースの気を遣った発言に力無く愛想笑いを返した俺は、早速今回の話題に踏み込むことにした。
「……それで。大事な話とはなんでしょうか?直接会って話さないといけないとなると重要な事でしょうか?」
ホースは俺の質問を受け改めて周りを見回すような仕草をすると、周りに誰もいないのを確認して話し始めた。
「ジャッジ様の仰る通り手紙でお伝えするのが憚られるような内容なのです。……ジャッジ様はこの街まで既に徴兵命令が届いていることをこ存じでしょうか?」
「えぇ。ちょうど息子を送り出したばかりの老人と先ほどたまたま出会いましたから」
俺はホースにそう答える。するとホースは俺の言葉に頷きながら続きを話し始める。
「今やこの街だけでなく国中から若者が集められています。今までに無いような大規模の徴兵で、全て集まると元々の兵と合わせて総数は10万を超えるでしょう」
「10万…」
「……そうです、10万です。そして私に届いた命令書にはその10万もの大軍で攻め込む国も書かれていました」
ホースはそこまで話すと俺の顔をじっと見る。
……も、もしかしてハートランド王国なのか?わざわざ直接話したいってことはそうなのかもしれない。一応準備はしてるけど、10万を相手にするのは辛いよなぁ。
俺はそんなことを考えながらホースの言葉の続きを待つ。
「……まず陛下が攻め込むつもりなのは……マフーン王国のようです」
「マフーンか…。よかった。………ん?まず?」
俺はホースの言葉が引っ掛かり、思わず首をかしげる。
「そうです。ジャッジ様が疑問に思われたように、マフーンを攻めるのは第一手です。そしてその後もクルス、パール等周辺の国々に侵攻予定です」
「なっ……」
俺はホースの言葉に思わず絶句する。
イーストエンド王国とマフーン王国は領地も隣り合っており、国力もほぼ同じの長年のライバルと言ってもいい関係だ。その為アルト王が攻め込もうと考えても不思議ではない。
しかし、イーストエンド王国から見てマフーン王国を飛び越えた場所にある、クルス国やパール国までも侵略する予定だとは…。
「そ、それは…。アルト王は一体何を考えているのでしょうか?」
俺の疑問にホースはしばらく考えるような仕草をしていたが、手元のコップをぐっと握りしめると一息に呷った後口を開いた。
「……ここからは私の推測なのですが、陛下はどうやら西の大陸制覇を本気で目指しているようなのです。そしてそれを唆しているのが例の黒装束の連中だと思われます。私はまだ見たことはありませんが、最近では新しい兵器も導入され既に実戦にも投入可能と噂されています」
「大陸制覇ですか…」
ホースの語るように、もし一国が西の大陸制覇を成し遂げたら前代未聞の偉業と言えるだろう。
今までの歴史でも大陸制覇を掲げた国や指導者は多々いた。しかし、その全てが途中で挫折してしまっている。ある程度までは順調に領土を広げることができても、領土が広がれば広がるほど他国と接する箇所も多くなり、小国の乱立するこの世界では不意を突かれて攻められる事態が多発してしまうのだ。
しかも侵略したからといって、すぐにそこに元々住む民衆が納得するわけもなく、反乱も起きれば徴兵にも従わない。そもそも圧倒的な武力や威光で統治できるようなカリスマ性のある王は今まで現れていない。
と、まぁそんな理由で未だに大陸制覇はどの国も成し遂げたことはないのだ。
「もちろんその過程でジャッジ様の治めるハートランド王国も侵攻の対象となるはずです。まずはマフーンとの命令ですので、その時期は大分後になるとは思いますが…」
ホースは気まずそうにそう話すと、一息ついて再びコップを傾ける。
確かにホースからすれば、自らの国の王が仕掛ける戦争だ。それを俺に話すのは気まずいだろう。……しかし、この人お酒強いなぁ。もう既に5杯は飲んでるぞ。しかも全部一気飲みみたいなものだし…。
俺は半ば予想していた話でもあり、話の内容よりはホースの酒豪ぶりに興味が移っていた。
「それでは私はこれで…。ジャッジ様、十分にお気をつけください。正直陛下よりも後ろにいる連中の方が上手のように思えます。連中は目的の為には手段を選ばないかもしれません。くれぐれも身の回りにはご注意ください」
ホースはそう言い残すと、あれだけ飲んだお酒の影響も感じさせず店を去っていった。あの感じだとおそらくまた仕事に戻るのだろう。戦争前だし忙しいのかもしれない。
「……だってさ。どうする?」
ホースが去った後、俺がそうウィルに問いかけると、
「ジャッジ様の御身は私が命を懸けてお守りします。もう前回のような失敗は致しませんのでご安心を」
と胸を張って答えた。
「ハハハ。そうだな。俺にはウィルもラミィもいる。これで暗殺されたらもう諦めるしかないな」
「任せなさい!また新たに開発した防御魔法をアンタの部屋にかけてあげるわ!ついでに監視魔法も…」
「……それはやめろ。監視はいらないぞ、ラミィ」
ラミィの不穏な発言に釘を刺しつつ、俺達は更に料理や飲み物をしばらく楽しんだ。