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実りあるセカーニュ滞在を終え、俺はハートランド王国に帰るなり国民代表者会議を開催した。
ケイレブ伯爵から聞いた情報を基に、改めて他国(主にイーストエンド王国)からの侵攻への備えを固める為だ。
「さて、俺が聞いてきた話は以上だ。つまり新王となったアルト王の考え次第では、我がハートランド王国に攻め込んでくる可能性もあるってことだ」
俺はケイレブ伯爵から聞いてきた情報を話し終えると皆の反応を伺う。
あらかじめイーストエンド王国の事情に詳しいロックはあまり驚いた様子はなかったが、イーサンやフォージ、フラーには衝撃だったようだ。
……あぁ、ちなみにタゴサックはいつものように船を漕いでいる。うん。お前はそれでいいぞ。畑を頼んだ。
「……もう一度念を押しに私が行ってきましょうか?」
しばらく沈黙が続いた後、ウィルが俺に向かってそう提案してきた。
「あぁ。それは俺も考えた。だけど今回は得体の知れない組織が後ろにいるだけに前回のようにはいかないだろう。……良くも悪くもアルフレッド王は単純だったからな」
「そうね。私の魔法を見てしょんべんちびってたものね。バターブレッドのバカ王は」
ラミィはそう言って茶化すが、アルフレッド王はきちんと約束は守ってくれた。ハートランド王国だけでなく、あれ以来一度も戦争は起こしていない。後年はまぁまぁ国民の為になったのではないだろうか。
「……とすると、守りを固める事が重要ですね。それについてはお任せください!ロック殿が軍に加わりようやく兵達にも軍としての戦い方が身に付いてきております」
イーサンは自信満々にそう話す。確かにロックの将軍就任とともに集団での戦闘というものが我が軍にも加わった。それによって、個の武力を更に活かせる戦法もとれるようになっているはすだ。
元々ジャッド族の戦士達は強い。それが兵法まで駆使するようになれば鬼に金棒だろう。ちょっとやそっとの兵力差はひっくり返してくれるはずだ。
「うん。それは心配してないよ。ハートランド王国軍は強い。俺達はとにかく守りに強くなればいいんだ。皆が暮らすこの国を守れるだけの力があればそれで十分だ。………そこでだ」
俺はそこまで話すと一度間を置き、後ろに控えていたエマに合図を送る。すると、エマは一度会議室を出ていくとすぐに両手にギリギリ抱えれる程の何かを持ってきて、皆が座る円卓の中央にそれを置いた。
俺はエマにありがとうと礼を言うと、椅子から立ち上がって話の続きを始める。
「皆これを見てくれ。これはハートランド王国の簡単な模型だ。あまり細かい所までは作り込んでないからそこは勘弁して欲しい」
そう。これは俺が最近夜なべしてコツコツ作ったハートランド王国全土の模型だ。周りを囲む山々から俺達が今いる館までが再現されている。
無属性魔法でおおまかな形を作った後、エマに手伝って貰って出来るだけ詳細に作ってある。正直思ったより大変で何度も途中で諦めそうになったのだが、エマに励まされてなんとか完成させた。
……まぁエマのベッドへの誘いを断るのは大変だったのだが、エマには感謝している。今度何かお礼をしないといけないな。
「おぉ!これは素晴らしい!なんと忠実に再現されているものか…」
「いやぁ、これは見事な作品ですね!売れば相当の値がつくでしょう」
「………しかし、この周りを囲む物は一体…。塀でしょうか?」
皆の反応は上々だ。それに俺が意図して作った部分に気付いた者もいるようだ。苦労して作った甲斐があったというものだ。
「アンタが最近エマとこそこそ部屋に籠っているのは知ってたわよ。……ちゃんとベッドの誘いは断ってるみたいだから泳がせてたのよ。私の監視魔法から逃れられると思わないことね。フッフッフ」
………こ、こえぇー。えぇ!?監視魔法とか使ってたの?てかそんな魔法あるの?
俺は不敵に笑うラミィに怯えながらも、皆が模型を見て疑問に思った部分に言及する。
「……あ、あぁ。その街を囲む物は新たに造る予定の塀だ。今ある物に手を加えて強化するのとは別に、更にタゴサック達が働く畑の外側まで囲む塀も造ろうと思っている。前回は裏をとられて危うく街まで入られる所だったからな、思いきって街どころか国全体を囲うことにしたんだ」
俺がそう説明すると、皆も納得したように頷いている。
「……それにだ。ただの塀じゃなくてその外側は魔法で強化する予定だ。更に門にはデーヤモンドを使う。ここまですればさすがに大丈夫じゃないかな?」
俺は自らの計画を話し終えると椅子に座って一息ついた。後は皆で話し合って細部を詰めるだけだ。もちろんこれは俺一人で考えたわけだから、全部がそのまま通るわけじゃないだろう。改善案も出るはずだし、もしかしたら計画自体が却下されるかもしれない。そのための会議なのだ。
俺の計画を聞いた皆はしばらく何事か考えていたようだったが、ロックがまず口を開いた。
「……ほ、本当にこの計画通りの塀が造れるのですか?それならばおそらくどんな敵が攻め込んできてもなんの脅威にもならないでしょう」
「ですね。ラミィ様の魔法での強化の実力は、木製の鎧と盾で十分すぎる程実感しています。それを塀全体となると…、弓や投石程度ではキズひとつつかないでしょう。更にはデーヤモンドの門となるともう想像もつきません。打ち付けられる破城槌の方がかわいそうになりますね」
呼応するようにイーサンも感想を述べる。
どうやら二人は賛成のようだ。主に国防を担う二人が賛成なら他の皆も賛成と考えていいだろう。タゴサックなんかはずっと寝てるわけだし…。
「他の皆もこれで進めていいか?」
俺がそう言いながら残りのメンバーを見渡すと、ウィル、ラミィ、フラー、フォージも頷いてくれた。
「よし。じゃあ早速明日から塀の建設に取りかかることにしよう。早めに手をつけておかないと敵は待ってはくれないからな」
俺の締めの言葉で今回の国民代表者会議は幕を下ろした。もちろんイーストエンド王国が俺達の住むハートランド王国に攻めいってくるという確証はない。ただ念のために備えておこうという話だ。戦争なんてなければそれに越したことはない。
俺が会議室を出ようと、椅子を立ち上がり歩きだした時だった。ロックがすすっと近くに寄ってくると声をかけてきた。
「ジャッジ様。……実はひとつ相談がこざいます」
「ん?なんだ?」
俺は足を止めロックの方を向き直る。周りを見渡すと残っているのはもう俺とロックの他にはウィルしかいなかった。
「……実は私にはファイスの街に駐屯している国軍の将に知り合いがおります。その者を通じてアルト王の動きについて調べてみようと思っているのですが…。よろしいでしょうか?」
ロックはそう話すとじっと俺の返答を待っている。さっきの会議の場で話してくれてもよかったのだが、きっとロックも新入りなりに気を遣ったのだろう。
……新入りがでしゃばって。とか思う人はこの中にはいないんだけどなぁ。
「それは頼もしいな!是非頼むよ。ケイレブ伯爵も色々探ってくれるらしいけど、国軍内部からの情報も大事だろう」
「はい!お任せください!」
俺がそう頼むとロックも快諾してくれた。
国軍と言えば正にイーストエンド王国の主力だ。そこから得られる情報は戦争に直結するものだろう。今の俺達には大変ありがたい。
「……ただ、くれぐれもその協力者に無理はしないように伝えてくれ。アルト王もだが、背後にいる組織ってのがどんな組織なのか全く分かっていないからな。気を付けた方がいいだろう」
俺がそう釘を刺すと、ロックは頷きながら返事する。
「畏まりました。アイツの事だから大丈夫だとは思いますが、一応念は押しておきます。……まぁいざとなればアイツもこの国に引っ越しさせますから大丈夫です!」
ロックは元気いっぱいでそう言うと、さっさと会議室を出ていってしまった。
………なんかこの国って逃亡先だと思われてる?まぁ別に悪人じゃないからいいんだけどさぁ…。