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ケイレブ伯爵の待つセカーニュの街にジャッジ達が到着すると、街の門のところには長蛇の列が出来ていた。
「ん?なんか今日は妙に並んでいる人が多いな。祭りでもあるのかな?」
俺が列の最後尾に並ぼうと歩きながらそう言うと、
「……いや、これは人が多いのではなく門での審査に時間がかかっているようですね」
とウィルが列の一番前の方を見ながら答えた。
そう言われるとそのような気もする。俺には門番と列に並ぶ人のやりとりまでは見えないが、確かにいつもより列が進むスピードが遅い。
「少しお待ちください。私が門番と話をつけてきます」
ウィルはそう言うと俺達の元を離れて行こうとする。
「待て待て。そんなことしたらずるいだろ。俺達も皆と同じように待とう。遅いには理由があるはずだ」
「…かしこまりました。ジャッジ様がそう仰るなら」
俺が止めると、ウィルは渋々ながらも納得してくれたようだ。
皆も忙しいだろうにきちんと自分の順番を待っているんだ。俺達だけがさっさと通ってしまっては申し訳ない。順番待ちに王族も金持ちも関係ないからな。
「やはりジャッジ様は変わった王様ですね。普通こんな場合は貴族でさえもさっさと自分だけ行ってしまいますよ」
サニーが感心したような、呆れたような不思議な表情でそう話してきた。
サニーはさっきまでヒコウキーに大興奮だったが、どうやら少し落ち着いてきたらしい。高いところはエマと違って大丈夫らしく、飛行中も外に落ちるんじゃないかと思うほど体を乗り出して景色を眺めていた。
色々な場所を旅してきた行商人だけあって地名や街にも詳しく、道中様々な場所を教えてくれて俺も退屈しなかった。
「ハハハ。どうせ今夜は泊まりになるんだ。別に急ぐことなんてないしな」
俺はそう笑い飛ばすと、ずっとヒコウキーの運転をしてくれて体が冷えたであろうラミィの手をそっと握る。これで少しは温かいはずだ。
ラミィは少しビクッとした後、優しく俺の手を握り返してくれた。
季節はすっかり冬であり、ここセカーニュの街の外にも解け残った雪がちらほら目につく。並んでいる皆の装いも真冬のそれであり、厚手のコートや毛皮の上着を重ね着しているようだ。旅には必需品なのだろう。
やっと俺達の順番が来た。すっかり日も傾き更に寒さが身に沁みる時間帯になっていた。
「……あなた様は!もしやジャッジ王では?」
門番からそう問いかけられ、別に隠す理由もないので正直にそうだと答えると、
「律儀に並んで頂かなくとも、一声かけてくださればすぐにお通しするよう命じられておりましたのに…」
と、特に何の確認もされることなくさっさと通された。
「なんかごめんな皆。俺のわがままで待たせちゃったみたいで…。寒かっただろラミィ」
俺は呆気なく通過することができた門を振り返りながら皆に謝った。
「べ、別にいいわよ!寒くなんかなかったしね」
「私も平気です。門に並ぶのも仕事のうちですから」
サニーはそうだろうが、ラミィまで機嫌が悪くならないのは意外だった。もしかしたらずっと手を繋いでいたのがよかったかもしれない。
さすがに恥ずかしくなって門を通るときには離していたのだが、手を離した時に小さく「あっ…」とラミィが呟いたのは気付いていた。
……まったく、かわいいやつだ。この魔女は。
いつものようにケイレブ伯爵の館までの道のりを色々な店を冷やかしながら歩き、なんならラミィはいくつか買い食いしながら歩いていた。
「……やはり、デーヤモンドはひとつも見当たりませんでしたね」
もう店も少なくなり、ケイレブ伯爵の館が近づいてきたあたりでウィルがそう言って口を開いた。
「そういやそうだな。やっぱりなかなか一般には出回らない物なんだな」
「貴重な物は店先には出さないでしょう。おそらく店の奥で厳重に管理しているのでしょう」
サニーが商売人ならではの視点でそう教えてくれるが、それ位貴重だということだろう。
「ウィルの剣がデーヤモンド製だと知ったら皆どんな顔するかしら?」
ラミィが可笑しそうにそう話す。
「ハハハ。誰も信じてくれないだろうな。それか奪おうと襲ってくるかだな」
「……そして返り討ちにあうと」
サニーの一言で俺達は笑い合う。
そんな風に賑やかな俺達ハートランド王国一行は、目的地であるケイレブ伯爵の館に到着した。
「わざわざご足労頂き申し訳ありません」
「いえいえ、気にしないでください。……ほ、ほら頭を上げて。皆も心配そうですよ」
館に着いた途端、入り口まで急いで迎えに現れたケイレブ伯爵は再開の挨拶も早々に深く最敬礼しながらそう謝ってきた。
突然の主のへりくだった態度に、周りの使用人やサニーでさえも驚いて目を丸くしている。
「ジャッジ様のその海のような寛大なお心に感謝致します。……ささ、ひとまず私の書斎までお越しください」
なんとか最敬礼を止めさせた俺は、ケイレブ伯爵に案内されて書斎に招かれた。どうやら二人きりで話したい様子だったので、ウィルの同行だけを許してもらいラミィとサニーは別室で待機してもらうことになった。
初めて入るケイレブ伯爵の書斎は暗めの木材を基調としたシンプルな作りだった。大きな机がこの部屋の主であるように真ん中に鎮座し、壁には作り付けの本棚に難しそうなタイトルの本が沢山並べられている。
……なるほど。カーペットを敷くと部屋が暖かい印象になるのか。帰りに買って帰るのもありだな…。
俺が書斎の床に敷かれたグレーのカーペットを足で踏みながらそんなことを考えていると、ケイレブ伯爵は俺達に椅子を勧めてくれ、自らも机の椅子に座った。
「粗末な椅子に腰かけさせてしまい申し訳ありません。…ですが、誰にも聞かれたくない内容の話なのです」
「わざわざ伯爵が会いたいと仰る程のお話ですから当然です。それで?なんのお話ですか?」
またも謝るケイレブ伯爵に話を促す俺。すると、ケイレブ伯爵はゆっくりと話し出した。
「ジャッジ様ももしかしたお聞きになっているかもしれませんが、先日イーストエンド王国ではクーデターが起き、今まで王子だったアルト王子が王位に就かれました」
「ほぅ…。クーデターですか…。アルフレッド王から王位を譲られるのが待てなかったということですね」
「仰る通りです。アルト王は父であるアルフレッド前王を幽閉してその王座を奪い取りました」
イーストエンド王国でクーデターが起きたことは知らなかったが、ロックやサニーから色々と噂は聞いていた。アルフレッド王を脅迫して心変わりさせた張本人としてはなんとも言い難い気分だ。少し申し訳ない気持ちもある。
まぁ基本的に他国のことだからどうでもいいのだが…。散々脅したからうちに侵攻なんてしてこないだろうしな。
俺がそんな感想を抱いていると、更にケイレブ伯爵は話を続ける。
「そのアルト王なのですが、国のほとんどの貴族を味方に付け以前のように強硬な外交政策を企んでいる様子なのです」
「強硬?どういうこですか?」
「つまり、また他国に対しての侵略戦争をするつもりなのです」
「…………え?」
ケイレブ伯爵の話に言葉を失う俺。
今それは無いと考えていたばかりなのに早速戦争だって!?あれだけ脅したのにもう忘れたのか?それともアルフレッド前王から何も聞いてないのか?
俺の頭の中を様々な思いが駆け巡る。戦争となれば、またファイスの街やここセカーニュの街の住人も駆り出されるだろう。俺が知っている人も死ぬかもしれない。
………いや、それだけじゃない。
俺は思い付いた事を口に出して確認する。
「……もしかして、その対象にハートランド王国も入っているのですか?」
俺が恐る恐る訪ねた言葉に、ケイレブ伯爵は真剣な顔をしたままゆっくりと答えた。
「…………申し訳ありません」