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マイノリティ  作者: 胸毛モジャ夫
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結果をみれば楽しく有意義だった相撲大会も終わって数ヵ月が過ぎ、俺はサニーの新店舗の建設を見学したり、街を囲う壁の強化をしたりとそこそこ忙しい毎日を過ごしていた。




「ジャッジ様。ケイレブ伯爵より手紙が届いております。すぐに読まれますか?」



俺が露天風呂から上がってリビングで寛いでいると、ウィルが手に手紙を持ちながら話しかけてきた。



「いや、後で読むよ。別に急ぎの用件があるわけじゃないだろ?部屋に置いててくれないか?」


「かしこまりました」



俺はウィルにそう返事をすると、改めてしっかりダラダラする為にソファにごろんと横になった。


勘違いしてほしくないのだが、俺はいつもこうやってだらけているわけではない。ちゃんと日中はそれなりに忙しく働いているつもりだ。だからこそ、風呂から上がった後はきちんとダラダラするようにしているのだ。




「ケイレブ伯爵かぁ…。なんの用かな?」



俺はソファに横になり、右手から小さな水の塊を空中に出して少しずつその形を変化させながらケイレブ伯爵からの手紙について考えていた。


この水の塊は魔力の制御訓練のひとつだ。こうやって暇をみてはやっているので、きっと細かい魔力制御も上達しているはずだ。いつかラミィより上手になって奴をびっくりさせてやるのだ。



隣のソファで縫い物をしていたエマが、俺のそんな呟きが聞こえたのか口を開く。



「伯爵様にもあれ以来お会いしていません。この国に遊びに来られる様なお暇があればよろしいのでしょうが…」


「ケイレブ伯爵も領主だからなかなかそんな暇はとれないだろうな。そんなに会いたいなら今度ラミィにヒコウキーで連れてってもらうか?」


「いえ。私はご遠慮させて頂きます」



ヒコウキーの話題になると途端に逃げ腰になるエマ。やはり高いところは苦手なのだろう。


俺も得意というわけではないが、一度乗ってみたら案外気に入るかもしれないんだがな。すごい速さで流れる景色とか、風を受ける爽快感とかはなかなか経験できるものではないだろう。







部屋に戻った俺は机に座ると、ウィルが置いてくれたであろうケイレブ伯爵からの手紙を開封して中身に目を通す。


手紙は季節の挨拶から始まり、前回俺がセカーニュの街を訪れたことへの感謝が綴られていた。



「ハハハ。伯爵も律儀な人だな」



俺はケイレブ伯爵の筆まめさに感心しながらも続きに目を通す。



手紙の内容は本題に入り、ハートランド王国産のソバの大量購入を決定した旨が綴られていた後、出来るだけ早く会って話をしたいという言葉で締め括られていた。


手紙では伝えられない重要な話でもあるのだろうか?確かに手紙は届かないことも多々あり、途中で第三者に読まれる可能性もある。重要な話は直接会って話すことが基本だ。



「うーん…。相撲大会も終わったことだし、またラミィと行ってみるかな?デーヤモンドの件もお願いしないといけないしな」



俺は手紙を机の引き出しにしまって、明日ラミィとウィルにセカーニュの街への遠出を相談してみよう。と、思いながらその日はベッドに横になった。




翌朝、早速昨夜読んだケイレブ伯爵からの手紙の内容を皆に伝え、セカーニュの街を訪れる予定を調整した。



「出来るだけ早くと伯爵が仰っているのなら、すぐにでも発った方がいいかもしれませんね」


「やっぱりウィルもそう思うか?」


「デーヤモンドの件ですが、大物の製作段階を今日にでも私の方で確認しておきます。もし一つでも完成しているなら見本としてケイレブ伯爵に見て頂いた方がよろしいでしょう」


「そうだな。頼むよ」



ウィルと俺がそうやって会話している間、ラミィは黙々と朝食を平らげている。その口から文句が出てこないということはラミィも賛成と考えていいのだろう。



その日ウィルが確認すると、既にいくつかのデーヤモンドの装飾品が完成しており、そのうちの最も出来が良いとフォージが話した物を持参することになった。


更に収穫済みのソバを加工したソバ粉を大量にマジックバックにて持っていくことにして、今後の商談の為にサニーも同行することになった。


サニーにとっては初めてのヒコウキーだ。きっと驚くだろう。普段の行商にも使えればいいのだが、残念ながら俺かラミィじゃないと運転できない。緊急の商談等無い限りは、今後も今までのように馬車で移動してもらうことになるだろう。



セカーニュへの出発は3日後だ。今回も一泊以上の滞在になるだろう。ケイレブ伯爵の話というのも気になるが、やはり遠出は心が弾む。今から楽しみだ。












ジャッジがケイレブ伯爵からの手紙を受けとる約2ヶ月前、イーストエンド王国宰相ジャムズの私邸には、今夜も城を抜け出した王子アルトが訪れていた。



「アルト殿下、昨日我らの派閥への鞍替えを約束したブルーム子爵が加われば、遂に過半数を超えますぞ」


「そうか…。これで準備は整ったということか」


「はっ。後は殿下のご決断を待つばかりです」



誰にも聞かれないよう、使用人すら遠ざけた密室でアルト王子とジャムズ宰相は不穏な会話を繰り広げていた。




現在イーストエンド王国の貴族には大きく分けて3つの派閥がある。


一つ目は王派であり、今までは常に最大勢力を誇っていたのだが、アルフレッド王が内向的すぎる政策をとり始めてからその数をぐっと減らした。


二つ目はアルト王子派だ。当初は将来アルト王が誕生した後に、主要な役職に着くであろう貴族が数人名を連ねていただけだったが、アルフレッド王の政策に不満を持つ貴族が次々に加入し、今ではその数は全貴族の過半数を数えるまでになっている。


その旗頭であるアルト王子も、周囲に父であるアルフレッド王の政策に不満を漏らしており、宰相ジャムズ侯爵を筆頭とした大貴族もその派閥に多くいる。


三つ目は無所属と言われる貴族達だ。王派にも王子派にも所属していないが国や民を想う貴族の集まりであり、その多くは国政にあまり深入りせず自らの領地経営に心血を注いでいる。他の二つの派閥から情報戦で遅れをとらない為定期的に集まり情報交換は行うが、国政には基本的に関与する気はない派閥だ。


ケイレブ伯爵もこの無所属の派閥に属しており、男爵等の爵位の低い貴族が多い中で、伯爵であるケイレブ伯爵は中心的な役割を果たしている。




「……わかった。では当初の予定通り、明日の朝の謁見時に決行する。皆にはそのつもりで動く様に伝えておけ」


「はっ。遂にこの時が来ましたな!アルト陛下!」


「ハハハ。よせよせ、まだ陛下は早い」



その夜、ジャムズの私邸からは多くの密偵が放たれ、王都にあるアルト王子派の貴族の館にそれぞれアルト王子の決定が伝えられた。





そしてその翌日。イーストエンド王国ではアルト王子によるクーデターが起こされ、王位は簒奪された。


アルフレッド王は愛するひとり息子によって幽閉されることとなった訳だが、何故かあまり慌てることなくその表情は穏やかであったという。


アルフレッド王は幽閉される際に何事かアルト王子に対し言葉をかけていたようだったが、アルト王子は鼻で笑うような仕草をした後さっさと兵に命じて地下牢へとアルフレッド王を連れて行かせた。



朝の謁見時に行われたこのクーデターには、王子派の多くの貴族の他、軍も加担しておりほとんど血を見ることなく行われた。



王派の貴族も半ば諦めていたのだろう。アルト王誕生後すぐに忠誠を誓う者が続出し、権力の移譲はスムーズに行われた。


無所属の貴族達も自らの領地経営にさえ口を出してこない限りは王は誰であっても同じであり、素直に王位簒奪の一部始終を見届けた。



………ただ一人、ケイレブ伯爵だけは今後の外交政策の転換に危惧を覚え、王都に複数の密偵を残した後領地へと戻った。

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