12
初めてラミィに会った翌々日が俺の初訓練の日だった。
本当は昨日から始める予定だったのだが、朝俺のベッドで目覚めたラミィが目覚めて早々、「ち、ちがうのよ!これは、たまたまよ!たまたま!」と、なにがたまたまなのか聞く暇もないくらい、あっという間に転移石で帰ってしまった。
ラミィに連絡する手段もなく、仕方がないのでその日はいつも通り過ごした。そして今朝、ウィルが出掛けたのを見計らったかのように、迎えにきたラミィに連れられてラミィの家の前についたところだ。
「それじゃ、早速始めましょうか。と、その前にアンタ今日体調悪いでしょ」
「…あぁ、よくわかったな。実は立っているのがやっとだ。いつもなら寝ている位だ」
さすがラミィだ。俺の体調を言い当てた。朝起きた時から体調が悪く、ウィルも心配しながら道場に行った。
「当たり前よ。見るからに魔力の流れが淀んでるわ。アンタそんな状態でよく今まで生きてこれたわね」
呆れとも感心ともつかない表情で、俺を見ながら話すラミィ。やはり魔女ともなると色々と分かることがあるらしい。
「仕方ないわね。そのままじゃ訓練どころじゃないし、これを飲みなさい」
ポケットから取り出した錠剤のようなものを手渡してくるラミィ。受け取りまじまじと観察する。大きさは1cmくらいだが、色が紫色となんか禍々しい。
「コレ飲んで大丈夫なやつか?」
思わずラミィに確認してしまう俺。
「大丈夫に決まってるでしょ!それは一時的に体の魔力を大幅に抑える薬よ。私達でもたまに魔力が上手くコントロールできなくなる時があるの、そんなときに飲む薬よ。しかも、この天才魔女ラミィちゃんの手作りよ!感謝しながら飲むのね」
小さい胸を目一杯張って偉そうにそう話すラミィ。今日は不世出はついてないみたいだが…。わざわざ言うとまためんどくさそうだから黙っておこう。
そんなことを考えながらも、ラミィのことは基本的に信用しているので一息に薬を飲み込む。しばらくはなんの変化もなかったが、突如体を強い倦怠感が襲う。思わず地面に膝をついてしまうが、次の瞬間にはそれもなくなり先ほどまでが嘘のように体が軽くなった。
「どう?効いてきた?」
「おお!これはすごいな!すごく体が軽い。こんな快適なのは久しぶりだ!」
体調が悪い日は当然として、今日は調子がいいなぁなんて感じていた日でもやはり体は重く怠かった。が、今はそんなこと微塵も感じさせないほど体が軽い。こんな感覚は何年ぶりだろうか?うれしくなって、思わずその場でしゃがんだり跳び跳ねたり、グルグルと走り回ったりしてしまう。
「そうでしょう!そうでしょう!このラミィちゃんに感謝しなさい!そして感謝のあまり、この前のように熱く抱き締めたりしてもいいのよ。ほら、ぎゅーっと…」
「はぁっはぁ、久しぶりに走るとやっぱだめだな。すぐに苦しくなる。ん?なんか言ったか?」
久しぶりに走ったせいかすぐに息が切れてしまう。ラミィがなんか話していた気がして、そちらを見ると両手を広げて目を瞑っている。きっと魔力のコントロールの訓練に必要な、型のようなものだろう。しまった久しぶりの感覚に浮かれてしまった。ラミィが怒ってなきゃいいが…。
「すまん!せっかくラミィが俺のために時間を作ってくれているのに、浮かれてしまった。これからはちゃんとやるから教えてくれ」
素直に謝る俺の言葉に、目を開けたラミィはなぜか顔を真っ赤にしながら、
「わ、わかればいいのよ!さぁ調子がよくなったならまずは勉強よ。そこに座りなさい」
と言い、自分もその場に腰を下ろした。
「まずは魔力というものについて知らなきゃいけないわ。それが分かればアンタの体調がなんでわるいのか、今はなんでよくなったのかが分かるはずよ」
俺を指差しながらそう言うラミィ。その手にはいつのまにか分厚い本を持っている。
「まずはこれを見なさい。えぇーっと…どこだったかな?もうちょいあとかな?…あれ?この本じゃなかったっけ?」
なかなか目的のページが見つからないようだ。手に取った本のページをめくり、進んだり戻ったりしている。
「それって最初のほうに見出しとかないのか?それか索引か」
余計なお世話だとは思いつつも、あたふたしている様子をみていられなくなり思わす声をかけてしまう。
それを聞いたラミィはハッとした表情で本の一番最初のページを開き、なにかを確認したあと、「192、192」と小さな声で呟きながらページをめくる。どうやら見出しはあったみたいだ。
「久しぶりに開いたから忘れてたわ。こんな初歩的な本なんて天才魔女のラミィちゃんには必要ないもの」
誰が聞いても分かる強がりを言いながら、開いたページを俺に見せる。
「この図をみなさい。魔力とは体の中から涌き出てきて、ここに書かれている図のように身体中をぐるぐるまわっているの。」
そのページに書かれているのは、人の全身とその身体中をなにか光の帯のようなものが巡っている図だった。不思議なことに光の帯はゆっくりとではあるが、本の中で動いている。
「この光が魔力なのか?」
「そうよ。私とかアンタみたいに魔力がある人間は、みんなこんなふうにグルグル巡っているわ」
それを聞いた俺は、おもわず自分の両手を前にだし見つめてしまう。当然なんにも見えない。
ラミィはそんな俺をみて微笑みながら話を続ける。
「なんにも見えなくて当然よ。それを見えるようにするのが訓練なんだから」
そんなもんかと頷く俺。きっと大変だろうが頑張ろうと再度決意する。
「魔力は普通の人間にはないわ。まぁ正確に言うとほんの、ちょびーっとだけはあるけど。少量すぎて特になんの影響もでないわ」
「俺にはラミィ達魔女と同じくらいの魔力の量はあるのか?」
自分に魔力があると知ってから、気になっていたことを尋ねる。魔力はあるけど少なすぎて魔法は使えません、と言われると少しショックだからだ。やっぱり手から火を出してみたりしたい。
「うーん、それがまだよく分かんないのよね。えぇーっと、魔力は体から涌き出てくるって話はしたわよね。その量は魔女によって個人差があるのよ。ちなみに私はかなり多い方よ」
自慢気にそういうラミィ。
「アンタは全然魔力をコントロール出来てないから、せっかく涌き出た魔力をずっと垂れ流してる状態ね。イメージでいうと身体中を巡る魔力が血だとしたら、アンタはずっと大量出血し続けているって感じかしら。そんなの体調悪くなって当然よ」
おお!意外にわかりやすいぞ。ラミィ先生!なるほど。俺はずっと出血しているような状態だったのか…。それならば起き上がれない程の倦怠感も納得できる。
「さっき飲んだ薬は涌き出てくる魔力自体を抑制するものよ。これからアンタが真っ先にしなきゃいけないのは、垂れ流しの魔力を体内に留めることができるようになることね」
「どうすれば、魔力を体内に留めることができるんだ?」
そう聞く俺にラミィははっきりとこう答えた。
「訓練あるのみよ!」
いや、違う…。訓練なのは分かってる。具体的な訓練方法を聞いているんだ…。天才魔女よ。
「具体的にはなにをすればいいんだ?」
かわいそうなものを見る目で聞く俺にラミィは気付かず、座ったまま目を閉じた。
「まずは魔力を感じれるようになること。それができなければ始まらないわ。私がしてるように目を閉じて集中しなさい。体の中を巡っている魔力をイメージするのよ」
「わかった。やってみる」
ラミィと同じポーズで目を瞑る。頭の中にはさっき本で見た図を思い浮かべる。身体中を光の渦がぐるぐる巡るイメージだ。
―――そのまま半日が過ぎた。