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「いやぁ。この露天風呂は最高ですな!旅で疲れた体がほぐれていくのが感じられます!」
「まさに!このような素晴らしい夜景も独り占めできますしね。さすがはジャッジ様肝いりの風呂といった所でしょうか」
この時期にしては粘っていた太陽がようやくハートランド王国を取り囲む山々に隠れた頃、サニーとサン、そしてロックが館を訪れた。
形式張った挨拶が苦手な俺はまずは疲れた体を癒してもらおうと、しきりに遠慮する三人を引っ張るようにして露天風呂に入れた所だ。
もちろん俺とウィルも一緒だ。
「ハハハ!そうだろう!この露天風呂は俺の一番のお気に入りの場所なんだ。明日にでも会わせるけど、この国に先に住んでいる色んな部族の皆も入ったことはないかはずだ。だから内緒にしててくれ」
「おっ!ということは私達がハートランド国民では初ということですな。光栄です」
「うーん。私は早くジャッド族の方々にお会いしたいものです。相撲とやらも楽しみです!」
サニーとロックも露天風呂に浸かりながら、それぞれ思いを馳せているようだ。サンは緊張しているのかずっと黙っているが、その表情は目を閉じて恍惚といった感じだから満足しているのだろう。
「……そろそろ上がりましょうか。館ではフラー殿達が食事の準備をしてくれているはずです。冷めては申し訳ないですし」
ウィルが少し遠慮気味にそう声をかけてくる。
「そうだな。あまり待たせてまたラミィに怒られるのも怖いしな。そろそろ上がろうか」
俺もウィルの意見に賛同し、残りの三人に声をかける。
その言葉を断れるはずもない三人も、少々名残惜しそうではあったが露天風呂を後にすることになった。
露天風呂を後にした俺たちは、ぽかぽかの体で食堂に向かう。そこには、フラーやエマが腕によりをかけた料理の数々が並んでいた。
あまり我が家では食卓に並ぶことの無い料理も沢山あり、もちろん俺の大好物のソバもあった。おそらく使われている食材の何割かは、サニーから貰ったものだろう。
「おぉ!これはすごいな!さぁ、せっかくだからフラーとエマも席に着いて一緒に食べよう」
「いえ、私はご遠慮致します」
「まぁまぁ。そう言わずに座って座って!」
俺はそう言って遠慮するフラーを半ば無理矢理席に座らせる。エマもその様子を見て、安心したように席に着いた。
まずは乾杯と、皆でサニーの持参したお酒を飲んだ後、存分に色々な種類の料理の味を楽しんだ。
俺としてはやっぱりソバが一番好きだったが、あまり食べる機会のない魚介系も中々イケた。保存が効く状態でここまで美味しいなら、鮮度の良い状態で食べたら更に美味しいのだろう。これは、現地まで食べに赴くのもありかもしれない…。
ある程度腹も満たされ、少し喋る余裕が皆に出来てきた所でロックがふと思い出したように話しかけてきた。
「ジャッジ様。広場の像を拝見致しました。あそこまで精巧に作られるとは、かなり腕の良い職人がこの国にはいるのですね」
その言葉に追従するように、サニーも口を開く。
「そのことです!作りの精巧さも素晴らしいですが、もしやあのジャッジ像の材質は………デーヤモンドでは?」
「やはり見てしまったか…。俺が知らない間に建てられてたんだよ…。あぁ。そうだ、あの像はデーヤモンドで出来てる。驚いたか?」
「やはり!あそこまで巨大なデーヤモンド鉱石など見たこともありません!…いや、他の国にあると聞いたことも無いので世界初ではないでしょうか?私の見間違いかと思って、何度も見返してしまいましたよ」
サニーはお酒のせいもあるだろうが、とても興奮している様子だ。俺がジャッジ像がデーヤモンド製だと認めた途端、口から泡を飛ばさんばかりに喋り出した。
「一体どうやってあんな大物を手に入れられたのですか?あの像を売れば、それこそ国が買えますよ!いや、そもそもどうやってあんな精巧な加工を施したんですか?細かい加工など不可能と言われていたのに…」
息継ぎしてるのかな?って思うくらいの勢いで質問してくるサニーを見て、俺はデーヤモンドの販売についてサニーに相談するつもりだったことを思い出した。
この興奮ぶりを見るに断られることはないとは思うが、まだ国民代表者会議で話し合って無いんだよなぁ…。誰にも話してないし、勝手に俺が決めていいもんかなぁ。
俺はハートランド王国の貴重な資源である、デーヤモンド鉱石に関する事でもあり、自らの一存でサニーに相談していいものか悩んでいたが、そこであることに気付いた。
「あっ!そうか!もうサニーもこの国の一員になったんだったな」
「……?な、なんですか急に…。はい。ジャッジ様が認めて頂けるならば、私はこの国に骨を埋める覚悟はできておりますが…」
俺の言葉にサニーは当たり前の事のように、自らの覚悟を告げた。
きっと何か考え込んでいると思ったら突然不思議な事を言い出した、変な王様とでも思われているのかもしれない。
「ハハハ。いやー、ごめんごめん。それならサニーにも話していいんだって思ってさ」
「………?」
更に訳が分からずきょとんとしているサニーと、誤魔化し笑いをする俺。
もうこの国の一員となったなら話は別だ。国民に内緒にしておくことなどこの国には一つもない。それにこれからデーヤモンド販売を中心になって行ってもらう予定のサニーになら、是非知っておいて欲しいことだ。
「いや、実はな……」
そう言って、俺はデーヤモンド鉱脈が発見された事、その予測される異常な埋蔵量、ラミィの魔法による加工法、更にはデーヤモンド自体を砥石にすることにより、繊細な加工が可能になったことなどを、サニーを始めサン、ロックにも話して聞かせた。
ロックにはただすごいこととしか伝わらなかった様だったが、サニーとサンの反応は違った。
サンは、話を聞くにつれ驚きのあまり顔色が紫色になっていって、最後には固まってしまった。反対にサニーは酔いで赤らんでいた顔が更に真っ赤に紅潮して、目は爛々と輝き、充血するくらい興奮している。
俺の説明が終わってしばらく場が静かになっていたが、その静寂を破ったのはまたもやサニーだった。
「………す、すごい!!神はなんと素晴らしい機会を与えてくださるのだ!いや!きっとこれはジャッジ様を神と崇めるこの国だからこそなのだ!おい、サン!我が家も今日からジャッジ教に入信するぞ!昼間に聞いた話ではジャッジ様は火の神に愛されているとの事だったが、きっと商売の神にも愛されているに違いない!」
「……お、おう!親父!俺もそう思うぜ!」
サニー親子はどうやら自らが信じる神の鞍替えを決意したらしく、二人で肩を抱き合って喜んでいる。
……あれ?ジャッジ教って何?何かイーサンとフォージがそんなこと口走ってるのは聞いたことあるけど、あれって冗談とか物の例えじゃなかったの?もうそんな具体的になっちゃったの?
「お、おい…。その、ジャッジ教ってのはどういう…」
俺が興奮する二人に詳しいことを尋ねようと、声を掛けようとすると、
「ハッハー!アンタ達にもジャッジ教の素晴らしさが分かってきたみたいね!もうこの国のほとんどの国民はジャッジ教に鞍替えしてるわよ!これでアンタ達も真のハートランド王国の仲間になれたわね!」
と、ラミィがドヤ顔+ラミィポーズのコンボでサニー親子に向かって言い放った。
「ラミィ…。ちょっと詳しくその話聞かせてもら……」
「ありがとうごさいます!ラミィ様!」
俺の存在など無視したかのように繰り広げられるジャッジ教布教。サニーとサンは、まるで神の代言者を崇めるようにラミィに向かって手を合わせている。
……あれぇ?そのジャッジ教って俺が神様的なポジションじゃないの?それなのに無視されるっておかしくないか?あれぇ…?
俺が困惑しつつオロオロしている中、尚もジャッジ教について盛り上がるラミィとサニー親子。当然のようにそこに加わるエマとフラーもいる。
見るとロックもそわそわして耳を傾けているから、あの分だとそう遠くない未来に信者になるかもしれない。
もう俺の味方はウィルしかいないのか…。
と、傍らのウィルの様子を見ると、その頼りのウィルも吸い寄せられる様にフラフラと皆の方に歩いていきながら、
「……そ、それはどうすれば信者になれるのですか?」
などと口走っていた。