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俺が中央広場に着くと、サニーが早速店を開いていた。隣にはサンもおり、相変わらずサニーに怒鳴られながら手伝いをしている。
俺はやっと肩の震えが止まったウィルと共に、ラミィとエマがいる場所にたどり着いた。
「おーい。あんまり皆の邪魔するなよ。俺たちは後でゆっくり見せてもらえばいいんだから」
俺がそう声をかけて二人に近づくと、少し離れた場所で接客していたサニーがその声に気付き、客を放り出して俺たちの方にやってきた。
「ジャッジ様!お待たせして申し訳ありません」
「気にしないでくれ。サニー、久しぶりだな。道中困ったことはなかったか?」
「はい。天気も良く、運良く盗賊にも出会いませんでした。これもジャッジ様の御威光のおかげかと」
サニーはさすが商人といった様子で、おだて文句を並べながら揉み手をせんばかりだ。こうやって権力者にすり寄るのもこの道で生き抜く知恵なのだろう。
「ハハハ。それはよかった。あぁ、俺たちのことは気にせず皆に欲しいものを見せてやってくれ。その後でゆっくり話でもしよう」
俺が今も詰めかける住民達を横目にそうサニーに話すと、サニーは頭を下げた。
「お心遣い感謝致します。それではお言葉に甘えて商売に戻らせて頂きます。……あぁ、そうだ!実は今回私たち親子の他にも珍しい移住者を連れて参りました。ジャッジ様もきっと驚かれるはずです。後ろの馬車にいるはずですので、もしお時間があれば足を運んでみてください。それでは」
そう言うとサニーは足早に仕事に戻っていく。俺たちがこうして少し話している間にも、客が次々と詰めかけてきて広場は既に溢れんばかりの賑わいだ。
「おい。ほら!行くぞ!」
そう言ってラミィとエマを無理矢理店先から離し、サニーに言われた移住者に会いに後方の馬車の方へ歩く。
一体珍しい移住者とは誰の事だろうか?俺が知っている人物かな?サニーとサンと一緒に来たということは、ファイスの街に住む人物の可能性が高いだろう。俺はあんまりあの街に知り合いはいないから、ウィルの知り合いかもしれないなぁ。
そんなことを思いながら、まだピーチクパーチク文句を言っているラミィを引き摺るように歩いていると、広場の入り口付近に停めてある馬車の側に男性が立っているのが目に入った。
俺が近づく度に、少しずつその男性の細部が明らかになっていく。その男性は背が高く、がっちりした体型で髪は短髪だ。肌は適度に日焼けしており、正に健康的といった風貌だ。年齢はウィルと同じくらいだろうか?となればやはりウィルの知り合いに違いない。
「ウィル。あの人はウィルの知り合いか?」
俺が歩きながらそう尋ねると、ウィルは意外なものでも見たかのような表情で俺を見返してきた。
「ジャッジ様。お分かりになっていないのですか?」
「ん?何が?あれ?もしかして俺も知ってる人?」
あれ?まだ顔を見てないからなんとも言えないけど、あんな風貌の人に知り合いいたっけな?
俺たちからその人物までの距離はもう馬車一台分もない。そのガタイの良い男性はこちらに背を向けて辺りを見渡しているようだったが、ふとこちらを振り向くと近づく俺たちの姿に気付き、うれしそうに声を上げた。
「ジャッジ様!ウィル殿!それにラミィ様まで!」
「ロック兵長!?」
まさかのロック兵長の出現に驚きを隠せない俺。サニーの言っていた珍しい移住者とはロック兵長だったのか。……ん?移住者?
笑顔のロック兵長は、こちらに駆け寄ってくるとまっさきに俺の前に跪くき、恭しく頭を垂れた。
「不肖ロック、図々しくもジャッジ様のお言葉に甘え、ここハートランド王国へ移住して参りました。領兵としての引退を迎える前に退役しましたので、まだまだジャッジ様のお力になれるつもりでおります」
そして、一度顔をあげると俺の目をしっかりと見つめて続けた。
「ハートランド王国の住民となるからには、ジャッジ様に生涯の忠誠を誓い、この国の為に身を粉にして尽くすつもりです。戦う以外何も出来ない男ですが、どうか私の忠誠をお受け取りください」
そう言い切るロック兵長の表情は真剣そのもので、決してふざけているわけではないのは分かる。
俺もここは国王として受けるべきなのだろう。
「……わかった。お前の忠誠を受け取ろう。今後はこの国の為、そして何よりこの国に住まう全ての人々の為にその力を貸してくれ」
そして、口調をガラッと変え、笑顔で更に話しかける。
「ようこそハートランド王国へ!これからは同じ国の仲間としてよろしく頼みます。兵長」
その言葉を聞いたロック兵長も一転して笑顔に戻り、ゆっくり立ち上がると俺の差し出した手を両手でがっしり掴んで握手する。
ロック兵長の掌はゴツゴツして固かった。きっと今でも素振りを欠かさないのだろう。
「こちらこそよろしくお願いします!あ!それと兵長はもう止めてください。もうただのロックですから。それに敬語もですよ」
そう言って笑うロック。俺やウィルも同じように笑顔で笑い合う。
いやー、まさかロックが珍しい移住者だとは思いもしなかった。引退後だと話していたから、まだまだ先の事かと思ってた。それにしても、いつもの軽装の鎧姿じゃないとここまで違うものか…。ファイスの街で見ていたロックとはまるで別人だ。なんか若々しく見える。
俺たちとロックは久しぶりの再開を喜び合い、しばらくその場で語った後、夜に館で夕食を共にする約束をして別れた。
ロックはサニー達を手伝い、片付けまでしてから館に来るそうだ。
長旅で疲れているはずだから、今夜は特別に露天風呂に招待しようかな?あそこで風呂に浸かりながら、男同士親睦を深めるのもいいかもしれない。それに夜景を自慢したいしな。うん。そうしよう!
「いやー、それにしてもまさかロックがこんなに早く移住してきてくれとは思わなかったな」
俺は館に戻る道すがら、他の皆に話しかけた。
「私も驚きました。しかし、我が軍の兵達にはいい影響がありそうですね」
「そうだな。ロック程の経験者がきてくれたのは本当に助かるな」
俺がウィルと今後の軍について明るい話題で盛り上がっていると、隣を歩いていたラミィがニヤニヤしながらぼそっと呟く。
「………あの像は見たのかしら?」
「!!??」
こいつ…。人が上機嫌で話している所に水を差しやがって。今はそんなこと言わなくてもいいじゃないか。頼むよラミィちゃん…。
そんな会話を聞いていたエマだったが、落ち込んだ俺を励まそうと声をかけてくれる。
「じ、ジャッジ像は素晴らしい出来ですよ!ジャッジ様の凛々しいお顔もしっかり再現されていますし」
「……ありがとう、エマ。励まそうとしてくれてうれしいよ」
その気持ちはうれしいが、今はそういうことじゃないのだ。あの像を昔からの知り合いに見られるのが恥ずかしいのだから。
俺のそんな複雑な気持ちを知らないエマは、俺から感謝されたことに気分を良くしたのか、更に言葉を続ける。
「惜しむらくは、その引き締まったお体が服で隠されていることでしょうか。以前拝見したジャッジ様の裸体そのままの像だったら、より素晴らしい出来だったでしょうに」
「お、おい…。それ以上言うとまず…」
なんだか余計なことまで喋り出したエマを俺が止めようとしたのだが、既に遅かったようだ。俺からでもはっきり感じられる程、ラミィの体に魔力が満ち溢れていくのが分かった。
「な、なんですって!!アンタ裸見たの!?どういうことよ!?」
ラミィは鬼神のような表情でエマに詰め寄る。反対にエマは、バカにしたような笑みを浮かべながら反撃した。
「あら?まさかまだご覧になったことがありませんでしたか?これは失礼致しました。てっきり私と同じように何度も共に露天風呂を楽しんでいるとばかり…」
「キー!!な、何よ!どうせ覗いただけでしょ!この変態!覗き魔!淫乱女!」
ラミィは地団駄踏みながら怒り狂っている様子だ。そして、その矛先は当然のように俺にも向かってくる。
「アンタもアンタよ!こんな女狐にデレデレしちゃって!バカ!甲斐性なし!」
……えぇー。俺までとばっちり受けたじゃないか…。まったく、この二人は仲が良いのか、悪いのか分からないなぁ…。
そんな風に賑やかに館への道を戻る道すがら、通りかかった住民は皆苦笑いをしながらすれ違っていく。きっといつもの事だと思われているんだろう。
……どうだ?なかなか親しみやすい王族だろ?